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強く儚い者達へ…  作者: 鏡由良
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そして時は動き出す 第9話

「そこまで。勝者、《ベリオーズ》」

 審判の声にリムは踵を返し、特設のステージを後にする。

 どれぐらい時間が経ったのだろう?数百居たボディーガード志願者も、もう100人弱まで減っていた。

 とりあえず、仮眠室と、食料等はカスター卿が用意してくれているので体力疲労の心配は無い。とはいっても、さすがに長時間戦いを続けると精神的疲労は一向に回復の兆しを見せてくれない。

 特にリムの場合、周りが男ばかりということもあり、他者より疲労の色は濃いようだ。戦いが終わるたびに真っ青な顔をして壁にもたれかかる様にしゃがみこむ姿にジェイクも烈火も心配そうだった。

「大丈夫かよ、だんだん死人みたいな顔色になってきてるぞ?」

「…平気だ…俺にかまうな…」

 触れられる事を極端に嫌うリムは烈火の手を払いのけて蹲るように身を抱きしめる。会場には男の匂いが充満しており、さらに彼女の体調不良に拍車をかける。

(情けない…こんなことぐらいで…)

 触れられたわけじゃないのに、何故こんなに苦しくなってしまうのだろう?

「仮眠室で休んできたらどうだ?」

 ジェイクの提案にも、いい。と首を振りただ、ジッと次の番を待つ。ただ、変えられない現実にもがく。忘れられない、過去を抱いて…。

 額には冷や汗が粒となり、赤い髪が張り付いている。呼吸を整えようにも、思うように心は落ち着いてくれない。

「大丈夫ですか?冷たい飲み物でも持ってきましょうか?」

「…ありがとう…でも、一人にしてくれ……」

 壊れてしまう前に、離れて欲しい。匂いを届けないで欲しい…。

 胸の十字架も、これほどまでに長時間男の中に居たことの無い彼女にとっては効果を発してはくれなかった。ただ、時が過ぎることをじっと待つリム。

 リムの属する13ブロックは次の試合で予選通過者が決まる。後、一試合。だが、その後も選抜は続くことを考えると気が重くなってしまう。

 剣の刃がこすれる音、魔法が放たれる空気の流れ、そのすべてが、今は感じたくない。

「《煉》君、呼ばれてますよ。…《ディック》さんも」

「あ…帝、こいつのこと頼んだ。さっさと片付けてくるからさ」

 余計な心配はしなくていいから。と心の中で悪態を付くリム。

 そんな彼女に気付かずに、烈火とジェイクはまだリムの心配をしているのか、何度も後ろを振り返りながらステージへと足を運んでいった。

「随分、お二人と親しいみたいですね」

「…そんなこと無い…今日あったばかりだ」

 正確には、昨日だけど。と小声で漏らすが、帝には聞こえていないようだ。

「女性が無茶をするのは好きじゃありません。…棄権したらどうですか?今からでも遅くないですよ?」

 帝も本当に心配しているようだが、その言葉に従うわけにはいかないから、悪い。とだけ返す。

 こんなところで負けてられない。姉や親友は、もっと辛い目に合っているかもしれないのだから、自分だけが甘やかされてはいけないのだ。

 と、その時、突然視界に影が落とされてリムは弾かれた様に顔を上げた。一体何が起こったのか?

「あ、すみません、驚かせてしまいましたか?」

 驚いたどころの騒ぎじゃない。息が止まったかと思うぐらいの衝撃に返事なんて返せない。

 リムの額に張り付いた髪を帝の手が、そっとどかしてくれて…。

(触れないで…触れないで……思い出ささないで…)

「!……大丈夫ですか?本当に…」

 大きく見開いた瞳が帝を食入る様に見つめていて、その表情は圧倒的強者に怯える小動物のようだった。

 こんな風に自分に触れてきたのは師以外では初めてで、リムはしばらくジッと固まってしまった。

 なおも帝はリムを心配そうに見下ろし、今度は頬に手を添えて伝う汗を拭ってやる。彼にしたら好意かもしれないが、彼女に取ったら悪意にしかとれない彼の行動。触るなと言っているのに、どうして触れてくる?

「…やめろ!」

「!《ベリオーズ》さん?」

 手を振り払われ、勢い良く立ち上がるリムに帝は戸惑いを隠せない。彼女の過去を知らない彼にとっては当然の反応だろう。

 ちょうどその時、13ブロックのステージから自分を呼ぶ声がして、何か言いたそうな帝の視線を振り払いリムは踵を返してステージに向った。

(この試合が終われば、後はゆっくりと仮眠室で休ませてもらおう…)

 さすがに、今の自分の状況はまずいとようやく認識したリムは、ステージに手をかけ飛び乗ると剣を鞘から抜くと、意識を戦いへと集中させてゆくのだった。




*




「選抜試験通過おめでとう。あれほどの人数から選ばれたんだ。君達はそれなりの実力者だと言うことだな」

「だが、我が主達を狙う輩の中には君達以上の力を持ったものがいる。日々の鍛錬は忘れないでくれ」

 丸一日以上かかった選抜試験ももう終わりを告げようとしていた。

 あの後、リムは当然といわんばかりに勝ち進み、次ぐ二次選抜も難なくクリアし、ようやくカスター卿の末娘、ミルクのボディーガードの一員として今、この場に立っていた。

 選抜試験通過者のみが通された部屋は先程のありえないぐらい広々としたホールとは違い、いたって普通の応接室だった。と言っても、やはり広いことには変わりない。

「今日は疲れただろう?部屋を用意させてもらったからゆっくり休んでくれたまえ」

「明日、ミルク様にお目通ししていただく予定だから、間違っても昼過ぎまで寝てるんじゃないぞ」

 カスター卿の護衛兵らしき2人が明日からの予定を説明してくれる。

 退屈そうにその話を聞く者も居れば、意気揚々と質問までする者もいた。リムはただ早く一人になりたいと思いながらもなんとか地に足をつけて立って…。

 リムのやや後ろにジェイクと烈火の姿があり、帝も何故かリムの隣に立っていて。どうやら無事に選抜試験を通過したらしい。

「それでは、また明日。…各自の部屋へは係りの者が案内するからもうしばらくここで待っていてくれ」

 まだ一人になれないのか…と、とりあえず、ため息を殺しながら近くにあったソファに体を預けるともう一度深呼吸を繰り返す。

 息苦しさは幾分かマシになったが、まだ完全に普段通りとはいかない。

「お疲れ様です。本当によく持ちましたね。…貴女の気力には驚かされますよ」

「集中力が違うんだよ。集中力が」

 なんとか普通に接することが出来るし、笑うことも出来る。

 リムの隣に座る帝に向けられる子供みたいなおどけた笑顔に、やっぱり女だなと烈火は人知れず思うのだった。

「あんなに体調悪そうだったのに、試合が始まると途端に冷や汗も震えも止まってるとは、オレも驚いたよ」

 ジェイクの言葉に同意する烈火と帝。

 リムは二次選抜も相変わらず体調が戻らず、フラフラの状態で試合に望んだのだった。しかし、試合中以外は冷や汗を伝わせ真っ青な顔をして壁にもたれて蹲っていた彼女も、いざ試合開始の合図が送られると体調不良など嘘のように華麗な動きを見せて見る者の視線を奪わせた…。

「その集中力、素晴らしいものですね。…よほど良い師に恵まれたみたいで」 

 意味ありげなその言葉にリムの動きが止まる。

 忘れていた。…自分の師がこの星でどういう存在かと言うことを忘れていたなんて信じられない…。

(ありえない…師匠の身を危険に晒す気か!!)

 自分の失態に深く後悔して項垂れるリムに、わけの分からない帝と烈火はまた気分が悪くなったのかと心配そうだった。ジェイクはどうやら彼女の行動の真意を理解したようで笑っていた。

「そんなに気にする事じゃないと思うぞ。帝だって他意はなかっただろうし、たまには素直に言葉を受け取ったらどうだ?」

「!…わるかったな。捻くれてて」

 恨めしそうに睨むリムに、そうは言って無いだろうとまた笑うジェイク。烈火も帝もやはり意味が分からなくて一体何なんだと言わんばかりに顔を見合わせて肩を竦ませて見せた。それでも、4人を纏う空気は穏やかそのもので…。

「緊張感が無い奴等だね。不愉快だ」

 そんな空気が鬱陶しいとボディーガード選抜通過者の一人が心底嫌そうに顔を歪ませてリム達を見下ろすように視線を向けていたことにようやく気が付いた。他の通過者達もこんな風に仲良しこよしをする為に勝ち残ったのではないと言った表情だ。

 しかし、こうも明らかに敵意を向けられてるといくら気分が悪いと言っても引き下がることができないのがリムの性分だった。

「弱い奴程よく吠えるって言う言葉を知っているか?」

 それ、お前のことだ。と皮肉めいて笑う姿に男の顔が逆上したように赤くなって、手は剣にかけられた。空気は一気に緊迫したものになり、辺りに緊張が走る。

 男はどう出る?リムは?

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