そして時は動き出す 第6話
キッパリと言い切るリムに、烈火がちょっと待てとばかりに立ち上がる。
「!何だと!?」
調子に乗んなよ…と彼を纏う空気が一変し、シーザがハラハラしながらそれを見守っていて…。ジェイクも氷華も何も言わず彼女の出方を待った。そして、リムは…。
「て、言いたいところだけど、一応『仲間』だし、約束するよ。所持者が悪党じゃなかったら盗む以外の方法を考える。それでいい?」
そう言いながらニッと笑えば、烈火も一瞬驚いたように目を見開いて、破顔し「一応かよ」と笑う。意地っ張りな彼女らしい発言だった。
ホッと胸を撫で下ろすシーザと氷華。ジェイクはやっぱりとばかりに笑っていた。
「それで、レーデルまでは結構距離があるけど、どうやって?」
「シーザに頼もうと思ってるんだけど、いいかな?シーザ」
ジェイクの問いにリムは隣にいた幼い少年の頭を撫でながら尋ねれば、元気よく「うん!任せといて!!」と笑顔が向けられる。
シーザはリムに頭を撫でられる事が好きらしく、気持ち良さそう。その様子に、烈火はやっぱり犬みてー…と心の中で一人思うのだった。
「『シーザに』って…え?でもどうやって…」
シーザがドラゴンに変身できると知らない者からしたら当然の疑問。
これといって魔法力が高いわけではない一番幼い少年に一体何が出来るのだろうか?
「オイラ変身型の竜族みたいなんだ。だから、ドラゴンに姿変えるから、背中に乗ってよ」
「えぇ!?竜族!?ていうか、『みたい』って何?!」
「オイラ、1年前にリムにあったんだけど、それ以前の記憶がないんだ~。記憶喪失らしいよ」
ねーっとリムに相槌を求めると、彼女も頷いてくれて。
シーザは一年前、デュカの眠るフランジュの樹の下で傷付きボロボロの状態で気を失っていたところをリムに発見されたと言う。
傷は癒えても頭を強く打っていたらしく、それ以前の記憶が全く無い。自分が何処の誰でどんな生物なのかという事も、分からない。
分かるのは、ドラゴンに姿を変えられる変身型だという事だけ。名前はリムが付けてくれたと嬉しそうに語るシーザに、氷華は、
「…深刻な問題だと思うんだけど、あっけらかんと言われると軽いモノに思えるわ…」
と呆れと驚きの入り混じった顔でそう呟くのだった。
「だって別にこれと言って困ったことないから~」
困る困らないの問題なのだろうか?
「自分に関する記憶が無いだけで、基本的な知識はあるみたいだし、問題無し☆…あ、でもネームプレートが無いって言うのが少し不安…リムと出会った時にはもう無かったらしいし」
「それ結構大問題だろ」
烈火の言う通り、ネームプレートが他者に渡る事は極力避けるべき事態なのだが、無いものは仕方ないと開き直るシーザ。
シーザのネームプレートがないと分かったとき、リムと一緒に探してはみたが、どうしても見つける事が出来なかった。だから、仕方ないともう半分諦めていると少年は言う。
「記憶が戻れば何か分かるかもしれないし、今は気にしなくていいと思うよ」
リムはこの1年でシーザを狙った輩がいないことから他者に渡ったとは思えないという。シーザは「だよね~」と調子よく答えていた。
「それより、私は一刻も早くレーデルに向かいたいんだけど」
付いて来るなら、早く支度しろよと言いたげな彼女の目にジェイク達は笑った。
*
「潮の匂いがするー、気持ちいい…」
さすが港町というだけあってレーデルの空気はリムの家のあるフォールデンとは異なり潮の匂いを運んできていて海が近い事を感じさせる。
そして、伸びをする氷華が何処となしか嬉しそうに見えるのはリムの気のせいではないはず。なんと言っても彼女は氷女だから。
氷女は水系の精霊とも言われるぐらい纏うエレメントが水属性なのだ。海が近いこの町では水の精霊が多く存在しているはずで、彼女も本能的に懐かしさを感じているのだろう。
しかし、氷華が氷女と知らないシーザは不思議そうに「そんなに嬉しい?」と尋ねる。氷華は笑顔を見せ、
「あたし海とかとっても好きなんだ~。だから、きてよかった」
懐かしさが心を攫ってゆく気がしてとても好きだと語る。
「それはよかった。…で、今から情報を集めようかと思うんだけど、いい?」
彼女の様子に微笑するのはリム。人ごみが苦手な烈火は人が多いと少しゲンナリしている。
「あ、ごめんごめん。何時でも大丈夫だよ。とりあえず、何か分かってる事って無いの?」
「この町一番の富豪が娘の為に"マーメイドの涙"を入手したって話らしい。この話自体が本当かどうか調べる必要があると私は思ってるんだ。それで、各々で情報収集してもらいたいんだけど」
「おっけー、分かった!」
氷華は本当に元気がよくて、見ているこっちまで笑顔になれる。
ジェイク達は3時間後に同じ場所で、と残し、それぞれ各方向に散らばって情報を集めに歩き出した。
(さて、私も情報を集めに行くか…)
4人の後姿を見送った後、リムは小さくため息を零して気合を入れなおす。
シーザはともかくジェイク達には警戒するべきだとは思うが、何故か氷華の笑顔やジェイクの声を聞くと信用してしまう自分に笑ってしまう。
烈火は単純…もとい、真っ直ぐな性格で分かりやすいという事もあって、リムと一番似ているかもしれない。
(でも、まだ完璧に信用したらダメ、だよな…)
人を信じれないわけではないが、恐ろしいと思うから…。人は人を平気で殺せると知ってしまったから、その力が強ければ強いほど、警戒してしまう。
リム自身、過去に一度だけ、人を殺めた。まだ、この世界から隔離された内なる世界で生活をしていた頃、自分を狙った一人の男を憎しみに任せて殺した。それを罪だと思わない自分に恐怖を覚える事もある。
人を殺し、人を騙す事に罪悪を感じない者がいる。自分と同じように…。
だから、まだジェイク達を信用するわけにはいかない。そう思っているはずなのに…。
(それでも、信じたいと思う…氷華の笑顔を嘘だと思いたくない。烈火の真っ直ぐな瞳を偽りだとは思いたくない。…ジェイクの声が師匠のように優しいから、3人を信じたい…)
一人で過ごす時間は孤独と恐怖の戦いだったから、誰か、傍にいて欲しい…。
人通りの多いメインストリートをそんな風に物思いにふけって歩いていたら、どうしても周りに対する注意が散漫になってしまっていて、前から歩いてくる男と思い切りぶつかってしまった。
「いって……」
思わずよろけてしりもちをついてしまった。
(なんか前にもこういうことあった気がする…)
リムが思い出すのはジェイクとぶつかったときの事。あの時は、何処見てあるいてるんだ!とキレてしまったが、今回は明らかに自分が悪いと思うので素直に謝る。
「いえ、僕の方こそすみません。怪我はありませんか?」
差し伸べられる手に驚いたが、「平気」と笑ってその手を取る。
着ていたコートに付いた砂を払って「ありがとう」と笑った時にようやく自分がぶつかった相手の顔を見たら、長い白髪を一つに束ねて後ろで縛った何処か女のような雰囲気を持った小奇麗な男だった。
「すみません。天気がよかったので少しボーっとしてて」
「いや、私も考え事しながら歩いてたから、気にしないで」
照れたように笑う男に釣られて笑ってしまう。以前のように攻撃的な態度が出ないのは、気を張っていないせいだろうか?それはとても自然な笑みだった。
「あ、…手から血が…」
その言葉に左の手を見てみれば、擦り傷が…。おそらく転んだときにとっさに手をついたからその時に切れたのだろう。リムは「本当だ」と傷口を見て笑っていた。
「全然気が付かなかった。すごいね、あんた。本人も気付いてなかったのに」
「いえ、チラッと赤色が見えたんで…ちょっと失礼します…癒しの風よ…」
リムの手を取り紡がれるのは回復呪文の詠唱。
「エメル【主に重度の傷の回復に使用される上級レベルの回復呪文】」
「何もこんな小さい傷に上級回復呪文使わなくても」
下級レベルの回復呪文でも十分…むしろ放っておいても影響の無い小さな傷なのに、上級レベルの回復呪文を使うなんてと苦笑してしまう。
「いえ、この怪我は僕のせいですからね。他は何処も怪我、無いですか?」
「平気平気。ありがとう。今度からお互い前見て歩こうな」
屈託の無い笑顔で男を見ると、彼もまた笑って見せた。「それでは」と彼は立ち去ろうとするのに、リムはそうだ!と何かを思い出したように彼の動きを追う。
「あんたこの町の人?」
「え?いえ、違いますけど…」
立ち去ろうとしていきなり掴まれた腕に男は驚いたようにリムを見ている。男の戸惑いを隠せない言葉に、リムはそっか…と肩を落とす。おそらく、"マーメイドの涙"に関するの情報を知っているか聞こうとしていたのだろう。
男は彼女の目に見える落胆振りに申し訳なさそうに「僕は仕事でこの地に来たので」と言葉を零した。
「あぁ…そっか。ありがとう。引き止めて悪かったな」
「いえ。それでは…また」
ニッコリと微笑む男にリムは「またって」と笑って歩き出した。星の数ほどいる生物が生息するこの惑星で、偶然出会った者達が再び巡り合う確立は1%にも満たないと分かっているから…。
*
「で、3時間で分かったことは?」
「まずあたしね。リムの言ってた噂は本当らしいよ。レーデル一のお金持ち、アルストラ・カスター卿が末娘のミルク・ルイラ・カスターの第一覚醒のお祝いに"マーメイドの涙"らしきモノがはめ込まれたチョーカーを贈ったらしいよ」
ジェイクの言葉に、見るだけで胸焼けが起きそうな生クリームたっぷりのケーキを頬張っていた氷華が集めてきた情報を喋りだす。
「俺も聞いたところじゃ、氷華と同じ。ただ、カスターっておっさんは今ボディーガードを募集してるらしいぜ。今日がその募集期間の締め切りらしいけど」
「リムとシーザは?」
氷華は烈火の報告を聞き終わった後に黙っていた二人に話を振る。リムは何故か難しい顔をしていて…。
「私も氷華と烈火の言った内容とほとんど変わらない。本物かどうかは分からない…ただ、カスター卿は残念ながら悪党じゃないらしいそれどころか、貧しい人達や弱者の救済に力を入れてる超善人だった…。烈火との約束だし、盗めないな…」
その言葉に、彼女がどうやって石を手に入れようか困っているのだと4人は知った。
赤い髪をぐしゃぐしゃいじりながら、本物かどうかも分からない石を得るためにボディーガードになって機会を伺うのはあまりにも効率が悪すぎる、と愚痴を零す。
「オイラも聞いてきたよ~。そのミルクって子、すっごく可愛いんだって。でも、昔男の人にひどい目に会って現在は上に超が10個は付く男嫌いになったらしいよ。後の情報は皆と同じ」
氷華も、烈火も、シーザも色々と聞きまわったがミルク・ルイラ・カスターが持つ"マーメイドの涙"が本物かどうかは分からなかった。
「ジェイク、あんたは?」
人に聞くだけ聞いて、自分の得た情報を明かさない男にリムは期待しないで話を振ってみる。どうせ自分達と大して変わらない情報であるだろうから。
「オレの情報が一番有力かな?」
「それ本当か!?」
予想しなかった答えにリムは身を乗り出す。烈火も思わずジェイクに詰め寄る。
一体どんな情報を得てきたのだろうか?ジェイクの表情からかなり有力なものだと思われる。
「カスター卿がその石を手に入れる直前、石を奪おうとした使用人の一人の体が跡形もなく消えてしまったらしい。これこそが"マーメイドの涙"が本物の"伝説の石"の証だろう?カスター卿はすぐに緘口令を敷いたが、人の口に戸は立てれないとよく言ったものだ」
「どういうこと?」
意味の分からないのは氷華とシーザ。二人そろって首をかしげる姿は可愛らしかった。
ジェイクは笑いながら二人に説明してくれる。
「"伝説の石"は"三賢者"の一人、封印する者と呼ばれたデリア・ケン・シュートに封印されて常人でも触れることが可能になったんだが、あまりにも強大すぎる力を封じ切れなかった魔石もあってね。その一つが"マーメイドの涙"だったんだ。漏れ出す力と封印が共鳴して新たな力を微量に纏った。そして…」
「…何かの文献に書かれていた…"マーメイドの涙"に触れた男の体が蒸発したと……触れた使用人ていうのは…」
リムが喜びに震えてジェイクに答えを求める。どうか、男であってほしいと願って…。
「男だった。どうだ?」
「本物だ……ようやく見つけた……ようやく…」
何年も探していたのにずっと見つからなかった本物の"伝説の石"が、今、見つかった…。




