そして時は動き出す 第5話
「変身型って…?」
「口で説明するより、見せたほうが早いな」
そう言うと烈火は上着と靴を脱ぎ捨て、魔法力を高めてゆく。そして…
「!!うわぁ…」
目を大きく見開いて烈火を喰い入るように見てしまうのは、目の前の光景が信じられないから。リムのその様子に烈火は満足そうに笑って、「こういう意味」と言った。
リムの腰辺り…およそ100cm強だった彼の身長が、一瞬にしてリム以上となっては誰だって驚く。少年というよりも、青年といった方が適当なその容姿にリムはただ言葉を失って…。
「私達、これが本当の姿なのよ?」
隣には、幼い少女の容姿をした氷華はどこにも見当たらず、自分よりおよそ頭一個分低い少女がニコニコ笑って立っていた。どうやら、これが二人の本当の姿らしい。
変身型とはその名の通り容姿を変える能力を持つ生物を指しており、烈火や氷華のように子供の姿から大人の姿にトランスできる者もいれば、シーザのように人型からドラゴンへとトランス出来る者もいる。
「力を温存する為に普段は子供の姿なわけ」
そんな大した魔力があるわけじゃないんだけどね~と苦笑している氷華。しかし烈火が言うには、"TYPE"こそ『学者』だが、氷華の魔力は戦闘タイプでも上に位置するほど高いモノらしい。
そういう烈火も、リムより戦闘クラスは上なのだから凄いと思う。もっとも、二人ともまだこの世界では強い、弱いで分類するなら弱いに属するのだが。
「あ、驚いた?」
「驚くだろう…普通…、餓鬼だと思ってた奴がいきなりこんなにでかくなったら…しかも、二人も…」
苦笑するリムに烈火も氷華も笑った。
三人を包むのは少し肌寒い夜風。相変わらず血の匂いが微かに混じったこの風にリムの赤い髪が舞い踊る。
「こんな夜中に、屋根の上で三人仲良く談笑か?」
静かな空間に響く穏やかな声の聞こえる方向に目をやれば、そこには宙に浮かんでいるジェイクの姿。どうやら飛行呪文を使っているらしい。
月明かりを背後に受け、表情は読み取れないが、その声から彼が笑っている事が読み取れる。
「ジェイク…あんたこそまだ起きてんだ?」
「俺は闇系生物の血しか体に流れていないから、夜の方が目が冴えてしまうんだよ」
そう言いながらリム達の前に足を着く彼は、やはり笑っていた。心が、安心する笑みに警戒心の強いリムも笑ってしまった。
普段は長い夜も、人が周りにいるから時間が経つのが早いと感じる事ができる。
「…後、リムに聞きたい事があってね。探してたんだ」
「私に?何だよ?」
急に真顔に戻るジェイクにリムはびっくりする。
夜中に自分を探すなんてよほど急用だったのだろうか?
「…これは、どういうことかな?先日カルテラス美術館で盗まれた"伝説の石"の一つ、"風のハート"だろ?」
そう言って見せられたのは確かにリムが盗んだ"風のハート"だった。ただし、偽物の。
烈火も氷華もジェイクの言葉に驚いた様子。二人とも"伝説の石"がどういうものか良く知っていたからだろう、「そんな危険な物がなんで!?」と困惑している。
ジェイクは何も言わず、ただジッとリムを見つめて彼女の答えを待った。
「てか、カルテラス美術館から魔石を盗んだのって、《ケイ》って名乗ってる怪盗なんじゃ…あ!…」
言いかけて何かに気付いたように烈火が声を上げる。そして、氷華も…。
赤髪の怪盗、《ケイ》…。
リムは美しい鮮血色の赤髪。そして、彼女が尊敬している師の名前はフェンデル・ケイ…。リムと、怪盗…まさか…。
「お前が怪盗か?!」
指をさすな、指を!とリムが怒る。そして、まだ無言でジッと自分を見つめるジェイクに向き直ると「私が盗んだ」ときっぱり答えたのだった。
その瞳には何を言われても怪盗業を辞める気は無いと言わんばかりに真っ直ぐで、ジェイクは思わずため息を零してしまう。
「…何故"伝説の石"を?この魔石は危険度がトップクラスの代物なんだぞ?知らないわけじゃないだろう?」
「…私のネームプレートを見たのなら知ってるはずだ。私は"三賢者"の末裔だ。…石を求めても不思議じゃないだろう?」
この魔石の力を引き出すことが出来る能力を持っているわけではないが、少なくとも、他の連中よりは魔石を手にすることで力を得ることが出来るからとリムは続ける。…"伝説の石"を狙う本当の理由は他にあるが、それはまだ出会ったばかりの彼らには話すことが出来ない。話す気になれない…。
「おいおいおい!あまり目立ちすぎると"DEATH-SQUAD"に目をつけられるぞ!?」
「そうだよ!危なすぎるわよ!!」
無法の星と呼ばれる"COFFIN"で犯罪者と呼ばれ、"DEATH-SQUAD"に狙われる輩は皆恐ろしい程高い戦闘力を持つ者達か、星の存続に関わる秘宝を追う者がほとんど。特に"伝説の石"については気の遠くなるほど昔の事であるにも関わらず、未だに危険度が高い秘宝を取り扱っている文献に載っているぐらいだ。
「私は、……」
何を、言おうとしているのだろうか…?
―――姉と親友を取り戻すために、魔石を集めることをやめるわけにはいかない
と、出会ったばかりの輩に言う気だったのだろうか?自分の傷を、露呈する気だったのだろうか?
「…私が決めたことだから、何を言われても"伝説の石"を集めることをやめない。"DEATH-SQUAD"に狙われたくなかったら、さっさと出て行けばいいだろう?」
「…リム…」
なんて瞳をするのだろう…。氷華は言葉を失ってしまった。
冷たい、眼光…、この世のすべてを恨んでいるかのような、憎悪で溢れた、瞳…。
「はー…勝手に話を進めないでくれないか?オレは、確認しただけだよ。リムが盗んだという事実と、"伝説の石"の危険度を理解しているかどうかという事をね。…やめないのなら、ますますリムを放っておけないよ…」
「ダンナ?」
なんで?と首をかしげる烈火にリムも訝しそうに顔を歪ませる。
何故ジェイクはリムをこれほどまでに放っておけないのだろうか?
「フェンデル・ケイの弟子というだけでなく、"伝説の石"を狙う怪盗なんて、"DEATH-SQUAD"に目をつけてくれと言っているようなものだろう?リムは曲げられない信念を持って行動してるみたいだから、オレ達がサポートしてあげるよ」
彼は笑いながら、「もっとも、"DEATH-SQUAD"相手に勝つのは無理だけど」と続けた。
氷華が言うにはジェイクは最低でもAクラスの力を持っているらしいが、その彼ですら、"DEATH-SQUAD"に属している輩には勝てないというのだから、リムが狙われたらひとたまりもないだろうに…。
リムは、難しい顔から一転、破顔して「ありがとう」と笑った。
「でも、ダンナ、"DEATH-SQUAD"に目をつけられたら…」
「まだ大丈夫だよ。もっと名が知れ渡ればどうなるか分からないけど、今のところはまだ"DEATH-SQUAD"に狙われるほどじゃないし、…烈火もリムもこれからまだまだ強くなる可能性を秘めてるから、目をつけられても大丈夫なぐらい強くなれるよう頑張れ」
不安が隠せない烈火だが、ジェイクの言葉に笑顔で頷く。本当に彼を尊敬しているのだと分かった。
二人のやり取りを見ていたリムが思い出すのはもちろん、自分が何よりも誰よりも尊敬している戯皇と幸斗のこと。二人は今、何処で何をしているのだろうか?
懐かしそうに十字架を見つめるリムの表情は、穏やかで、氷華はただ何も言わずに見つめていた…。
「…何?」
「え?あ…、ううん。なんでもない!でも、すごいねーこんな大きな家にシーザと二人で住んでたんでしょ?」
自分を見つめる視線に気付いたリムの問いかけに慌ててしまうのは彼女の横顔に見惚れていたから。穏やかで、それでいて美しいのに、何処か、危ういリムの横顔に見惚れていた…。
不自然に会話をかえるが、リムは特に気にしていない様子で笑った。
「そうだよ。…あ、約束、守ってるよな?」
「え?あのどの部屋を使ってもいいけど、5階の部屋だけはダメっていうやつでしょ?守ってるよ。私はリムの部屋の隣だし、烈火とジェイクはシーザと一緒で2階だし」
「そう。ならいいんだ。入ってもいいけど、あそこには他の人の跡を付けたくないから…」
今日からリムの屋敷に住み始めたジェイク、烈火、氷華。リムは、屋敷に住むにあたり、一つだけ条件を出した。その条件が、今氷華が言った『5階の部屋は使わないで』というもの。
5階には戯皇と幸斗が使っていた部屋があるから、誰にもそこに立ち入って欲しくない…。戯皇と幸斗がこの地を建つ前に残してくれた思い出が詰まった部屋だから、それを他の人の気配で消されたくないから、誰にも使わないで欲しい。
「うん。分かったよ~」
深く理由を聞かずに頷いてくれるのが、リムには楽だった…。
*
「おはよう、リム」
昼下がりにようやく起きてきた彼女にソファーで寝そべりながらテレビを見ていたシーザが嬉しそうに笑いかける。飼い主に尻尾を振る犬みたいだと思うのは、テーブルで朝食もとい、昼食を食べていた烈火。
(耳と尻尾が見えるのは気のせいじゃねーよな)
シーザはもともと人懐っこいらしく、昨日いきなり仲間だと紹介された烈火達にも臆することなく笑顔を見せてくれた。もっとも、何も考えていないだけかもしれないが…。
「おはよう、シーザ。ごめん、寝過ごしちゃったね」
「ううん。平気だよ~」
リムが毎晩"伝説の石"の情報を集めたり、調べたりしているのを知っているから、シーザは気にしなくていいよ~と彼女に抱き付きに駆け寄り、それを見ていた烈火は本当に彼女に懐いている奴だと苦笑が漏れた。
開け放された窓から暖かな風が草木の匂いを運んで来る。夜とは違う空気の匂いに、リムは軽く伸びをしてジェイクと氷華の姿を探すが何処にも見当たらない。
「ダンナなら外だよ。天気もいいし、木陰で本でも読んでるんじゃねーの?氷華は知らねー」
「私、口に出してたか?」
「いや、きょろきょろしてたし。まだ俺等は信用ならねー存在だから目の届く範囲にいた方がいいだろってダンナが言ってたから近くにいるとは思うけど」
見透かされていることに言葉に詰まる。別に敵だとか疑ってるわけじゃないが、三人を完璧に信用しているわけではない。まだ一日しか経っていないのだから当然といえば当然だが。
「…師匠達に挨拶して来る」
とりあえず、起きた後の日課となっている戯皇と幸斗への挨拶をするべく再び階段を上って師が生活を送っていた部屋へと向う。後ろで烈火のどういう意味だという問いかけが聞こえたが、説明はシーザに任せると足を進める。
「あれ?」
「あ、……おはよう…」
ドアを開けると、そこには窓から見える空と同じ色の髪をした少女の姿。氷華が何故か師の部屋にいてリムは正直驚いてしまった。そして、氷華は氷華でしまったといわんばかりの顔をしていて、それにリムは怒らないのにと苦笑してしまう。
師がこの地を後にして以来、部屋の物を動かしたりしたことがない為、ここに入るとまだ師の匂いが微かにして自分がひどく落ち着くのが分かる。
「おはよう。そんな顔しなくてもいいよ。別に入るなとは言ってないだろ?」
「だって~…もう!笑いすぎ!」
顔を真っ赤にして怒る姿にまた笑えてくる。そして、可愛いなぁ…としみじみ思ってしまう。思い出すのは、行方知れずの親友の姿。彼女もよく笑い、表情が豊かだったから…。
「ごめんごめん。…ちょっと待ってて」
ようやく笑いが収まって、リムはベッドサイドに置いてあった写真の前に立膝をついてしゃがみ、「おはようございます。師匠、幸斗さん」と笑った。もちろん相手は写真なので返事は返ってこないが、リムは毎日起きると必ずここに来ている。夜はデュカの墓前で今日の出来事を話し、朝は師と幸斗に挨拶をする。これが彼女の日課となっていた。
「あ、やっぱりこの写真に写ってるのがフェンデル・ケイなんだ?」
「うん。そう。…はは、やっぱり慣れないなぁ…」
「えっ、何が?あたし何か変な事言った?」
「いや違う違う。師匠の改名前の名前聞くのが慣れないって話。私はずっと幸斗さんが呼ぶ『戯皇』が耳に残ってるから…だからフェンデル・ケイって他の人が言うと別人かと一瞬思うんだ」
笑いながら立ち上がると、下に行こうかと促す。別に此処にいてもいいが話があるから、と。それには氷華も分かったと頷く。
話とは一体なんだろうか?
「あ、下に行く前に…」
リムは部屋を出る寸前に引き返し、バルコニーへと出てゆくと大声で「ジェイク!話しあるから中に来い!」と叫んだのだった。
昼と夜で全く空気の違うこの星。のどかで戦いと無縁だと思わせる昼と血生臭さが絶えない夜という二つの顔を持つ惑星…。太陽が顔を出しているこの時間は戦闘力が高い者達は何故か殆ど動きを見せない。だから、こんな風に緊張感なく大声を出したりできる。
姿は見えないが、「分かったよ」というジェイクの返事が聞こえたので、リムは「よし!」と再び下に向うべく踵を返して歩き出した。
「で、話って何だよ?」
リムがリビングに着いたと同時にジェイクが屋敷の中へと戻ってきた。彼女の大声での叫びを聞いていた烈火は話せよと催促してくる。
「私はこれから準備して"伝説の石"の一つである"マーメイドの涙"を奪いにレーデルに向おうと思う」
今いるフォールデンより南に位置する港町レーデルに本物の"マーメイドの涙"を持つ人物が住んでいると言う噂があるらしい。リムは早速それを手に入れる為そこへ向うと言うのだ。随分急な話だった。
もちろん、ジェイク達も驚いていて、烈火なんてあまりにも突然だったリムの言葉に「はぁ?」と間抜けな声を上げていて。
だが噂が本当なら本物の"伝説の石"が手に入るとだけあってリムは今すぐにでもレーデルに行きたい思いで一杯だった。まだ一つも本物の伝説の石にめぐり会っていない事実が彼女を焦らせる。奴等に奪われるかもしれないから…。
「それで、どうする?私に付いて来る?それとも…」
「つ、付いていくけど…なんか、あまりにも急だからビックリしちゃった…」
「てか、また盗むわけ?情報の信憑性も疑わしいのに?」
珍しくまともな事言うのねと、氷華が驚いている。彼女を軽く睨むと、烈火は「向うのは別に賛成」と話を戻す。
「でも、情報集めてから盗むかどうするか決めろよ。悪党以外から盗むのは俺、御免だから」
それは生真面目な彼なりの譲歩。
何故かリムは危険を承知の上で"伝説の石"を集めていると知り、協力すると言った師に逆らうことも出来ないので、一夜悩んで出した彼の結論が『悪党からなら盗んでよし』だった。
しかし…。
「…あんたに従う義理はない」




