強く儚い者達へ… 第2話
「そろそろ夕飯の時間だから帰ってきなさいっておばさまが」
空を切る剣の音が静かな夕暮れに鳴り響く。
紅い光に包まれ、少年の様な青年の様な面もちでただ黙って大剣を片手でふるう姿に女は微かに頬を染めた。綺麗だったから…。
「ねぇ…」
「ああ、聞こえてるよ」
静かに、ただ静かにそう呟く。
汗が額から頬をつたい顎から滴となって落ちる。
剣を振るうたび腕から汗が夕日に反射して輝く。
ただがむしゃらに剣を振るう毎日。
細い腕には均等な筋肉がつき、引き締まった体躯には艶っぽささえ感じた。
「1万…」
ただそれだけ言うと大剣を鞘に戻し、女に向き直る。
「ヘレナ、行こうか」
「…うん」
あれからどれぐらいの月日が経ったのだろうか…幼い少女だったヘレナはもう立派な大人の女に成長していた。
あどけない笑顔は憂いを含んだ笑みに変わり、愛らしい姿は美しい姿に成長を遂げていた。そして…。
「リム、毎日続けてるよね…剣術の稽古…」
「ああ、続けてるよ…」
ヘレナとならんで可愛らしい人形のようだと周囲から言われていたリムは、その愛らしい姿の面影はほとんどなかった…。
女性とは言えない姿に青年だと勘違いされる事もしばしばあった。
「…まだ、復讐なんて考えてるの…?」
「まだとかいうな」
親友の言葉にリムの眉がぴくりと動く、不愉快だと言わんばかりに。
「だって…」
「ここ数年何回同じ事で私を怒らせたら気が済む?」
「怒らせるつもりなんてないよ。あたしはただリムが心配なだけ…あの悪夢を忘れて幸せになって欲しいのに…」
病院を退院してからリムは毎日父の残した大剣を持ち独学で剣術を学んだ。
生体の急所も勉強した。戦いの中で生き残るための知識・技術も身につけてきた。それもこれも、すべては復讐の為、彼女の誇りの為に。
「ヘレナ、復讐以外に私の幸せなんてあり得ない」
「それも何度も聞いてる。でも、おばさまだってデュミヌカさんだってそんなこと望んでない!」
感情的になりすぎてヘレナの瞳に涙が潤む。
リムはため息をついた後冷静に「私が望んでいる」とだけ呟き帰路についた。
夕日は遠く山へと姿を隠す。のどかな田舎町に静かな夜が訪れる。
何故か、それが心細くてヘレナは俯いたままリムの隣を歩いた。
沈黙だけが辺りを支配する。沈黙、沈黙、沈黙…
もう空には星が瞬き、夕日を追いやる。
月が顔を覗かせ、闇が姿を見せた時、リムは妙な胸騒ぎを感じた。
何故か分からないまま足を止め辺りを警戒する。柄を握り、大剣を構える。
「リム、どうしたの…?」
いきなり足を止められ困惑したようにヘレナが振り返ったその瞬間、彼女の背後に影が…。
「ヘレナ伏せろ!」
大剣が姿を見せ、リムはそれをヘレナの顔めがけて振り払った。
リムの声に、行動に驚いた彼女は腰が抜けてしまいその場にしゃがみ込んだおかげで髪が2、3本地面に落ちただけで怪我をせずに済んだようだ。
リムの剣は怪しい影の腕を掠っただけで致命傷を負わせることはできなかった。
反撃体制に入るのを確認し、リムは迷わず剣を構えてヘレナを守るために接近戦に持ち込む。
「貴様何者だ!」
「!クッ…」
「!!」
首に刃を当て凄むリムに謎の男が隠し持っていた短剣を振りかざす。
リムはとっさにそれを避けて男の腕めがけて剣を振り下ろした。
「リム!!」
微かに耳に届いたのはヘレナの叫び声だった。
初めての実戦に鼓動がやたら五月蠅く脳に鳴り響く。
自分の息づかいが分かるほど緊張していると頭の片隅で冷静に分析している自分がいる。
鮮血が飛び散る。男の腕はものの見事に切り落とされた…。
「うわ―――――――――っ !!!」
片腕を無くしもがき苦しむ男の姿を呆然と見つめた。
「どうして…どうしてこんなひどいこと…リム、ねぇ、り…」
リムは…笑っていた。
初めて人を傷つけた…。人を殺すことができるかずっと不安だった。
どんな理由があるにせよ、殺しはやってはいけないことだと本当は分かっていた。
だが、自分の選んだ生き方は人を殺して進む修羅の道…殺せないなどとは口が裂けても言ってはいけない獣道…。
不安だった、本当に人を傷つけることができるのか、殺すことができるのか…。
(よかった…殺せる…)
「リム…ねぇ、リム!」
ヘレナの声などまるで聞こえていなかった。リムはただ、安心したように笑っていた。
「ちくしょう…何がただの小娘だ…とんだ狂犬じゃねーか」
「答えろ、貴様は何者だ?」
苦痛に顔をゆがめ、男は無くした腕を押さえたまま忌々しそうにこうい言い放った。「うるせー売女」と。
「残念だ、質問に答える知能さえ持ち合わせていなかったとはな…」
薄ら笑いを浮かべ、男の首に刃を喰い込ませる。
「!…アーハット・ディックス…」
「そんな名の知り合いはいない。私達を誰かと勘違いしてないか?」
「勘違い?はっ…俺はリム・フェルリア、貴様を始末しろと言われてきた。ジュピター・スタンの命により…」
アーハットと名乗る男の言葉にリムは血が一気に頭に上ったような錯覚を覚えた。
『スタン』。確かにアーハットはこの名を口にした。父を殺した男の名を…。
「!リム!ダメーっ!」
「お前は、逃げられない。一生、俺達からは逃げられない」
ヘレナの悲鳴、アーハットの哀れんだような言葉が聞こえた気がした。
(全て…壊れてしまえばいい…)
リムはアーハットの首に当てていた大剣に迷わず力を込めた。そして…。
「イヤァ―――――――――――――! 」
胴体から切り離された首がゴロリとヘレナの足下に転がってきた。
彼女は叫んだ後、フッと気を失ってしまったように倒れ込んだ。
「……」
リムは無言でその風景を眺めている。
彼女は全身に男の返り血を浴び、まだ血の滴る大剣を鞘に戻すことなく歩き出した。家への帰り道を…。
(…人を殺した…敵を殺せた…)
気を失ったヘレナさえ眼中にはいることはない。
ただ血の色一色の世界…。
血まみれになった首のない死体と青白い顔で倒れている女。
その足下には、目を見開いた男の生首が転がっていた。
血の滴る剣を片手に、クスリと笑いをこぼした時、リムはもう戻ることの許されない修羅の待つ復讐という名の旅路を歩み始めたのだった。




