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強く儚い者達へ…  作者: 鏡由良
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強く儚い者達へ… 第18話

「ディヤ――――――!!」

「だから、何度も言っている通り声を出すな。声を」

 余裕の表情で振り下ろされる剣をよければ、刃は自分の動きにあわせて追撃をかけてくる。

 長身な男の懐に飛び込んで器用に体を回転させる動きに、離れた場所から人知れず満足そうな笑みを零す女性…いや男性の姿。戯皇だ。

 追撃さてもなお余裕の表情のまま軽くそれをあしらうのは、他でもない幸斗。

 そして、ただ一心に剣を振るってくる赤い髪のこの少女は、リムだった。

 あれから数十年の月日が流れ、リムもすっかり外の世界に慣れ、毎日修行に明け暮れる日々を送っていた。

 強くなりたいと願っていた彼女は最近では幸斗に剣を持たせて相手をしてもらえるまでになった。

 もちろん彼は手加減をしているが、彼女にしてみれば大した進歩だ。

 内の世界に住んでいた為に独学で学んだ戦闘はそこでは最強と呼ばれるまでになっても、外の世界では赤子にすら負けてしまうかもしれない低い戦闘力。

 それを手加減してもらっているとはいえ"COFFIN"最強と名高い"DEATH-SQUAD"に所属し、その中でも戦闘のスペシャリストと言われる者たちが集うS班の7thに在籍していた男に剣を持って相手をしてもらえるまでになったのだから。

「どうしたリム!動きが鈍くなってるぞ!幸斗、たまには反撃してやれ!修行になら無い」

 笑みを顔から隠し、厳しい口調で叱咤を送るのはリムの成長が楽しみだから。

 相棒の言葉に「なら少しだけ…」と笑い、剣を鞘に収めると少し力を入れて向かってくる少女に長い足を振り下ろす。

 それは避けることも叶わずものの見事にリムの肩に入ると、彼女は膝を付き、剣を地に突き刺し完全に倒れる事を防ぐが、衝撃は半端じゃなかった。

 激痛に顔を歪め、立ち上がろうとするリム。

 しかし、それで攻撃が終わるわけではなく今度は逆の足が顎に痛烈な一撃を送ってくる。

 遠くで戯皇が怒鳴る声が聞こえるのは気のせいではなく、どうやら幸斗に顔はやめろと言っているようだ。

「それこそ修行にならないだろう?女だからと言って手加減してくれる連中じゃないのはもう分かりきっている事だ」

 幸斗が言う『奴等』とはスタントフレアの事だろう。過去彼女が受けた行為からも、女だからといって顔を殴らないと言うフェミニストでは無いのだから。

「お前は、戦いに男も女も無いことをもう少し理解しろよ。戯皇」

「馬鹿。リム見てみろ」

 呆れ口調で彼が指差すの方向にはまともに幸斗の蹴りを顎に喰らって気を失っているリムの姿。

 幸斗は、しまった…と言う顔をして慌ててリムに駆け寄った。

 口角から一筋の血を滴らせ、ぐったりとしているリム。顔は血の気を失い首がだらしなく垂れるのは骨が折れているからだろう。

 急いで回復魔法をかけてやると、傷自体は綺麗に消えてなくなり顔色も生気を取り戻してきた。

「お前やりすぎ。もう少し手加減してやれよ」

「悪い。大丈夫かと思ったんだが、予想していた以上に防御力が無かったらしい」

「そりゃそうだろ」

 何て言ったって、まだ第二覚醒を起こしていないのだからと戯皇はため息を零す。

 普通第二覚醒の状態でも幸斗の蹴りなんてまともにくらったら最悪一撃死してしまうかもしれない程の威力なのに、それより劣る状態で防御力があるも無いも無いだろう…と。

 リムはまだ第一覚醒を起こしただけで、次の段階へはパワーアップしてない。そろそろ起きてもいい時期らしいが、まだ起こらないのは精神的なモノだろうと戯皇は解釈してる。

「!!うわ―――!!」

 いきなり飛び起きるのは意識を取り戻したリム。幸斗の腕の中だと気づかづに思い切り飛び起きたせいでどうやら呼吸の有無を見ていたらしい彼の手に思いきりぶつかってしまった。

「いててて…」

「起きた早々元気だな。死にかけたのに」

 いや、殺しかけたのお前だから…と戯皇の突っ込み。

 リムは鼻を押さえて「えぇ?」と驚いていることから、どうやら自分が首の骨を折って、しばらくすれば死んでいたかもしれない状況にいたことを認識していないことが分かる。

「まぁいい。…今日はこれぐらいにしよう」

「え!私まだいけますよ?」 

 全然大丈夫と言って立ち上がる彼女に戯皇の一撃が入る。大人しく言う事を聞けと言う事らしい。

 リムはよろめき、足が震えてその場にしゃがみこんでしまい、それに戯皇も幸斗も呆れてしまう。早く強くなりたいのは分かるが、無茶をすれば取り返しのつかないことになりかねないから。

「馬鹿野郎!本当に強くなりたいなら時間をかけろって何時も言ってるだろう!」

「師匠……すみません…」

 自分の身を心配してくれていると分かっているから、素直に言葉が出る。でも、リムはこの頃伸び悩む自分の力に焦りを感じていた。

 姉とヘレナが攫われてもう随分経つが、未だに二人の行方はおろか、安否すら分かっていない。それなのに、自分だけがのんびり修行出来るわけが無いから…だから、焦る。早く強くなりたいと、願う。

「再三説明しただろ?お前の姉貴は目覚めていて第一覚醒だって。敵の狙いがセスト・ミセルの力なら、強制覚醒薬を使う事はまず考えられない。時間はかかるが別の方法を取るはずだから、石を発動させる力もまだ持ってないから安心しろって俺は説明したよな?」

 戯皇が言うには、敵がデュミヌカを手にかける事はまず無いらしい。

「はい。もう何度も聞きました…」

 セスト・ミセルの力を覚醒させるためにはデュミヌカが第三覚醒を起こさないと話にならない。というのも、三賢者の意志を継ぐ者がその能力を開花する為には、純血生物並みのパワーアップが必要だから。最も能力の上昇率の高い第三覚醒がソレに当たり、能力が目覚めるという仕組みだ。

 姉・デュミヌカもリムと同様に覚醒を抑制されていたからそう簡単には血も目覚めないだろうし、血が目覚めなければ覚醒も起きないと言う事。それはつまり、敵が目的を達成する為には彼女を生かしておく必要があることが容易に推測できる。そして、死なれないように丁重に扱わなくてはいけないと言う事も…。だから、安心しろと戯皇は何度もリムに言ってきた。

「…でも、ヘレナが今どうしてるかって考えると…」

 自分のせいで巻き込まれた親友の事を考えなかった日など無い。早く、見つけて助けたい。だから、自分ばかりぬくぬくと生きている事などリム自身が許せない。

「…なら、救いたいと本気で願っているなら言う事を聞け。無茶をして体を壊すとお前は二度と戦えなくなるぞ。焦っても伸びるときは伸びるし、伸びないときは伸びない。奴らに勝ちたいなら、確実に強くなることだけを考えろ。いいな?」

「はい…」

 強くなると実感するたび、戯皇と幸斗の力を知る。決して自分には追いつけないと感じる圧倒的な力を秘めた2人に戦いを教わっているのに、自分は伸び悩んでしまう…それが、情けない。

 悔しそうな、悲しそうな顔をして頷くリムの赤い髪を戯皇が優しく撫でてやる。

「第二覚醒が起これば、また元通り伸びだすだろうから気を病むな」

「幸斗さん…」

「第一覚醒の状態で幸斗に剣を使わせるのはなかなか無いぞ」

 お前は筋も良いしまだまだ伸びるから、と戯皇は続ける。それにリムは困ったように顔を歪めながらも笑った。

(まだ、大丈夫…二人とも、私が助けるから…)

 早く…と焦るけど、師の事を信じてるから今日は休もう。と、リムは頭を切り替えて頷いたのだった。

「あ!今日はもう終わったところなんだ?僕タイミング良いね~」

 雰囲気が一転して明るくなるのはデュカが遊びに来たから。彼は戯皇との約束通り、修行には関わる事も無く、こうしてたまにリムの様子を見に来るだけだった。

 しかし、リムが修行を始めて数十年経っているのに、デュカの全く変わらない容姿に驚かされる。

「デュカ、久しぶり。元気だった?」

「うん。元気だよ~姉貴も元気そうだね。お二人も、ね」

 嬉しそうな姉に満足そうに頷けば、とってつけたように戯皇と幸斗にも挨拶をする。まだ仲が悪いようだ。

 いつものように、笑顔で皮肉交じりで返事が返ってくると思っていたが…。

「餓鬼、余計な奴まで連れてきたな…」

 険しい顔である一点を見つめる二人。突如生じる突風は、幸斗のもの。

「!な、何?!」 

 以前のリムなら発せられる力すら分からなかっただろう。が、今のリムは幸斗が剣を鞘から抜き、一瞬にして視線の先に移動した事を認識するまでになっていた。

(幸斗の動きを目で追えるか…いい動体視力だ。これからも伸びるな)

 驚くリムをよそに、戯皇は満足そうだ。デュカはただ申し訳なさそうに「ごめんなさい」とだけ謝っている。

「師匠、どういうことですか?」

「こいつの後をつけて来た奴がいたんだよ。…デュカが気付かなかったんだ、おそらく多分戦闘力Sクラスの連中だな」

「Sレベル!?」

 驚くのはリム。それは以前、師が教えてくれた事を思い出したから。

 生物はそれぞれ戦闘力が弱い者からH、G…B、Aとランク分けされ、"DEATH-SQUAD"S班が相手をするレベルになるとその上のSクラスと分類される。デュカのレベルは戯皇が見たところAクラスだと推測されるので、今幸斗が始末しに向かった輩は、彼に気付かれない気配の消し方を身に付けたAクラス以上の戦闘力を持っていると見てまず間違いない。

「ま、Sレベルの中では下の連中だろうけど…大方デュカから俺等の気配を感じ取った連中が名を上げに来たってかんじかな?」

「やっぱり師匠達を倒したってなると凄いんですか?」

「腐っても元"DEATH-SQUAD"S班上位保持者だからこんなの日常茶飯事だよ。今はお前を育てる為に邪魔が入らないようなるべく気配を消してたんだが…こればっかりは仕方ないか」

 何時か来るとは予想していたと苦笑すれば、リムは不安そうな顔をする。

「幸斗さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。SSレベルが出てこない限りあいつが負ける事はまず無い」

 言い切るのは事実。SSレベル…つまりSレベルより更に上の戦闘力を持つ生物と戦わない限り幸斗は負けない。SSレベルなんて"DEATH-SQUAD"S班5th以上の力を持っているということで、そんな奴はこの星にはほとんど居ないだろうから。

 戯皇の言葉通り、幸斗は血まみれの剣を片手に戻ってきた。衣服にはほとんど血はついていない…。

「片付いた」

「おう、ご苦労さん。…さて、リム今日は絶対に隠れて修行なんてするなよ」

 前科持ちの彼女に釘をさして、戯皇と幸斗は家の中へと姿を消した。

 リムは、見透かされたことにうっ…となりながらも、分かりましたと答えたのだった。


*


「ヤバイな…」

「あぁ」

 静まり返った真夜中の空間に響く2つの声。戯皇と幸斗の声。

 リムも今日は泊まっているデュカも寝ているので、この広い屋敷で起きているのは二人だけ…。

 月明かりが綺麗で、バルコニーに出れば明かりが無くても互いの顔を確認できるほど澄んだ月光。

「これから、来ると思うか?」

「来るだろう…確実に」

 やっぱり…とうな垂れるのは幸斗の返答が自分と同じだから。

 今日の昼間、自分達を狙って襲ってきたのが下っ端だったからまだよかったが、Sクラスの上位に攻めてこられたら正直きつい。リムを建てにされると厄介だということもあるし…。

「今、万が一、SSクラスが現れたら…俺等も死ぬよなぁ」

「あぁ…」

「俺等はともかく、リムを巻き込むわけにはいかない…あいつにはまだやるべきことがあるから…」

「そうだな…」

 昔なら、SSクラスと言えど、"死日"生まれの生物じゃない限り負けるなんてありえないだろうが…今は、確実に殺されるだろう…と戯皇は言う。

 幸斗の無言の視線に、彼は「まだ無理」と儚げに笑った。

 何が、『まだ無理』?

「…最悪の場合を想定しておくべきだな…」

「頼む…迷惑かけるね、お前には…」

 苦笑に近い笑みが零れてしまう。そんな戯皇に幸斗はこの上なく優しく無言で笑って見せた…。

「でも、リムだけは命に代えても守ってみせる…」

 それは、誰にも揺るがすことの出来ない、戯皇の決意…。

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