強く儚い者達へ… 第17話
「さてと…リム、お前は強くなりたいか?」
重苦しい空気に大きく息を吐きながら戯皇は言葉を零し、それにリムの視線は彼に映される。
何を当たり前のことを聞いてくるのだろう。
自分が何の為に死ぬ可能性の高い覚醒薬なんて代物口にしたかよく知っているくせに。
リムはハッキリと「強くなりたいです」と答えた。
迷いは、ない。
「なら、決めろ。デュカに戦いを教わるか、俺達に教わるか」
戯皇よりも先に口を開いたのは幸斗。
彼の目は相変わらず窓の外を見つめている。
視線も向けられず、ただ問われた。『どちらに戦いを教わる?』と。
意図している事が分からないのはリム。
彼女は他でもない彼等に付いて内の世界から飛び出したのだ。
今更その意思が変わるわけが無いのに何故このような事を聞いてくるのだろう?
まして戯皇達はレベルが全く違うほど強いのだ。
願いを叶える為には自分の為にこの場に来てくれたデュカには申し訳ないが、もちろんリムは彼等に戦いを教わりたいと答えた。
再び訪れた静寂に響くのはまた、ため息。
「…そっか。なら、デュラ・タチェロ、お前はこの家を出て行け」
突然の戯皇の言葉。
リムは驚き、デュカは何も言わずに彼を見つめていた。
「戯皇さん!どうしてですか!」
「俺はリムに戦術を教えると言ったが、お前に教えるとは言ってない」
確かにそうだが、ここはリムのだけの家ではないのだ。
デュカの家でもあるのに…。
あまりに横暴な戯皇の言葉にリムは理由を問いただす。
納得できないから。
しかし、そんな彼女とは対照的にデュカはとても冷静だった。
いきなり豹変した戯皇の態度に戸惑いを隠せない姉を宥める様に止めると少し淋しげに微笑んだ。
「…いいよ、姉貴。分かってた事だから…。"DEATH-SQUAD"S班ともなればこれぐらいの警戒は当然だね。…姉貴に戦いを教えてくれる人が半端な優男じゃなくて本当によかった」
デュカの言葉にリムはどう言う事だと言いたげに顔をしかめる。
「悪く思わないでくれ。俺達の教えだけでどうこうなる問題じゃないけど、"DEATH-SQUAD"S班の戦闘技術を他に流すって言うのは自分の首を絞めるだけだから」
「…わかってますって。姉貴、この人達の行動は正しいものだよ。姉貴は今、隔離保護地域から出てきたばっかりの戦いを知らない赤ん坊のような存在。でも、僕はもうあそこを出て何年も何年も経って知ってしまったから。戦いを…。正直、僕はこの人達に信用されてない。僕もこの人達を信用していない。たった一日二日で人を信用するって事は、この世界では死を意味するって僕らは知っているから…」
「"DEATH-SQUAD"在籍者…元在籍者も、そのほとんどが弟子を取らない。とってもせいぜい一人か二人だ。よっぽど信用の置けるヤツじゃないと戦いを教えない。いつ何時、その剣の刃が自分たちに向かってくるか分からないから…いや、自分達なら良いけど、自分達の大切な守りたい人に向くか分からないから、戦いを教えるのは慎重にならなくちゃいけない。俺はリム、お前を強くすると決めたから、他の弟子は取らない。他に俺の技術を教える気は無い」
はっきりと言い切る戯皇。
リムも、彼の言わんとしてることは分かったから何もいえなくなる。
他者に自分の戦闘スタイルを教えることの恐ろしさが一度でも戦いに身をおいた彼女には十分分かるから。
「…何故、私なんですか…?…貴方達は…どうして私にここまでよくしてくれるんですか…?」
ずっと思っていた疑問が唇から零れた。
何故、彼等ほどの人物が自分のように何のとりえも無い弱者に手を差し伸べてくれるのか?
何故、こんなに親身になって自分を強くしようとしてくれるのか?
ずっと、疑問だったから…。
リムのその言葉に、戯皇の顔が悲しげに歪んだことにリムもデュカも驚いた。
「…女が虐げられるのは我慢なら無いから、な…。自ら命を絶ってもおかしくない状況に居たお前だが、死より復讐を選び生きることを望んだ…どんな動機だろうと、強くありたいと願うお前をどうして放っておける?」
この星に長きに渡り戦いに身を置いてきた戯皇は知っているのだ。
弱者の中でも女・子供がどのような扱いを受けるか…。
デュカはポソッと呟いた。「貴方は女性を狙う野盗や犯罪者の殲滅担当だったもんね…」と。
戯皇は"DEATH-SQUAD"時代の主な任務は女性保護だった。
虐げられ、性奴隷として扱われ家畜以下の生活を送らされた者を救う為第一線で戦ってきた人物だから、リムの身に起こったことを誰よりも深く憎んだ。
堕とされ、穢された誇りを、取り戻してやりたいと願った。
だから彼は今、ここにいる。
「…女だけじゃない…誇りを奪われた者達を救いたいと戯皇は願っているから、リム、お前が誇りを取り戻す手伝いをしてやるだけだ」
男でも女でも誇りを奪われた者を放っておけないと幸斗は続けた。
(…なんて、優しい人…)
こんな優しい人が、戦いに身を置かなくてはいけない混沌の世界。
それが、自分がこれから身を置く世界…。
「…姉貴をよろしくお願いします……たまに顔を見に来るぐらいは許してくださいね」
デュカが真っ直ぐに戯皇を見据える。
自分が引くのだから、それ相応の力を姉に…。と言っているかのようで、戯皇は「顔見に来るくらいなら」と笑いながらも彼の想いを確かに受け取ったのだった…。
安心したように笑い、部屋を出てゆくデュカ。
幸斗は窓からデュカの姿を確認するとリムに向き直りきっぱりとこう言った。
「泣き言は一切聞かないぞ。強くなりたければ死ぬ物狂いでついて来い」
「!はい!」
リムの声が部屋に響く。幸斗は彼女の意思の強さに笑った…。
優しい微笑から、彼もまた戯皇と同様にリムに誇りを取り戻してやりたいと思っていたことが読み取れる。
「さてと…とりあえず、今まで教えたことは覚えてるよな?」
ベッドに腰を下ろし、彼が今まで説明した事柄を全て覚えているかと少女に尋ねる。
この星の事、内と外の世界がある事、個々人のステータスの事とそれを刻む特殊な金属の事などなど。
短時間で説明して理解させるには多すぎる情報を、覚えているか?と。
「はい。今まで説明してもらった事はきちんと理解してるつもりです」
「よし。なら、もう少しだけ、頭に入れておかなきゃいけない事がある。生き残る為に。…説明してなかったが、覚醒は第二が終わりじゃない。第三覚醒まである」
「さらに、パワーアップできるんですか?」
嬉しそうに尋ねるリムに、第一覚醒、第二覚醒のことを考えるとそういうことになるなと戯皇は苦笑した。
もしそうなら覚醒の話をした時に説明してるだろう。が、説明しなかったのはそれらと違う変化だから。
「確かにお前が今言ったようにそれまでと同様パワーアップはするんだが、生物によって起こる現象が違うんだ。変化せず力だけが溢れてきて常にその状態でその後は覚醒は二度と起きない者もいれば、覚醒がある一定時間内しか起きず、たびたび覚醒する者もいる。生物によって第三覚醒は何度も起こる可能性があるってことだ。…特に、純血の悪魔、天使、ヴァンパイアの第三覚醒は気をつけろ。この三種だけは一部の例外も無く全員が一定時間のみパワーアップするタイプの第三覚醒を起こすんだが、その覚醒中の力は強大で第二覚醒のままじゃもちろん、他の純血種が第三覚醒状態で戦っても勝てる見込みはほとんど無いぐらいだ。もしこの先、純血種の第三覚醒に出くわしたら迷わず逃げろ。万が一そいつが戦闘タイプだったらお前は絶対に勝てない」
「え?どうして…?」
何故逃げなければならないのだろう?こちらが戦いを吹っかけない限り、戦闘にはなりえないのに…。
「一定時間のみパワーアップするタイプ第三覚醒は別名『自我の暴走』とも言われている。理性も知能も全て無くし、戦うためだけに存在する本能が呼び覚まされ目の前に存在する者全てが攻撃対象として認識される。例え仲間でも、だ」
自分が望む望まないに関わらず、起こる戦闘…。
「絶対に他者の第三覚醒を見かけたら逃げろ」と戯皇は繰返しリムに念を押す。
これだけは絶対に守れと彼が言うのはリムを死なせたくないから。
だからリムも黙って頷いた。
「後…まぁ出会う事は無いだろうけど"死日"に生まれた者とは何があってもどんな状況でも戦うな。確実に死ぬから」
「戯皇、まず"死日"の説明をしてやれ。面白い顔をしているぞ」
クスリと笑いを浮かべるのはリムの顔が本当に面白かったから。
初めて聞く言葉に、もしかしたら説明されていて忘れただけかもと必死に思い出そうとしている彼女の表情は幸斗の言葉に真っ赤になってゆく。
「あ、だな。忘れてた。"死日"って言うのは、およそ1000年に一度起こる何人たりとも生まれてくる事が出来ない日だ。俺等生物を創り出したとされる神々の中でもっとも禍々しい力を持っている破壊の女神・デューンが新生児の命を喰らう日と言われてる。ただ極稀に生き残る新生児も居るんだが、そいつらはデューンの強大な魔力を逆に喰らって生き残ったと言われるほど凄まじい力を持って生まれてくる。その生き残りの事を"死日"生まれっていうんだ。そいつらはめちゃくちゃ強い。マジ反則ってぐらい」
「戯皇さんでも勝てないんですか?」
リムの問いにキッパリと「無理」と言い切る。
全ての能力の桁が違うのだ。
勝てるわけが無い。
「もしかして…姉さんを攫った奴らは…」
「"死日"生まれかもってか?ありえない。言っただろ?"死日"に生まれるなんて本当に稀なんだ。そうポンポン生まれてたまるかよ」
その言葉がリムには引っかかった。
まるで戯皇は"死日"に生まれた者と出会ったことがあるかのような口ぶりだ。
そして、彼女はハッとした様に口を開いた。「ジェイス・スイクルド・サデレイ…」と。
ジェイス・スイクルド・サデレイ…"COFFIN"最大最強の暗殺組織"DEATH-SQUAD"の頂点・S班1stに君臨していた男の名前。
戯皇が言うには彼こそがこの星で最強の戦士らしい。
彼は何人たりとも生き残れない日に生まれたのでは?
「お、冴えてるな。そうだジェイクは"死日"生まれだ。今現在確認されている"死日"生まれの生物は4人。これでも多い方だ。ジェイクを含めて"DEATH-SQUAD"上位3席、元1stジェイス・スイクルド・サデレイ、元2ndで現1stマダル・イビルロード。元3rd葵咲昴がそうだ。残り1人は桜咲幸。彼女は"DEATH-SQUAD"に属して無いが、ジェイクの為だけに生きるジェイクの部下だ。四人とも桁違いに強いぞ」
愉快そうに笑う戯皇を見てリムはただ呆然としてた。
住んでいる世界が違いすぎると。
「話が反れてるぞ」
「あ、ワリ。…とにかく、いいかリム。生き残りたかったら今言った奴等とは絶対に戦うな」
急に真顔に戻る彼。
それは第三覚醒を起こした生物の恐ろしさ、"死日"に生まれてきた者の戦闘力の高さを物語っているようだ。
"DEATH-SQUAD"4thという輝かしい経歴がある戯皇ですら勝てるか分からない生物もいると言う。
リムは分かりましたと力強く頷いた。
「…後魔法について説明して、明後日から修行に入るか」
「そうだな」
「え?明後日から…?明日からじゃないんですか?」
一刻も早く強くなり、姉と親友を取り戻したいリム。
しかし、幸斗はダメだと言う。
「とりあえず今日詰め込んだ知識を本当に理解してるか確認して、その後屋敷付近を歩いてみよう。いろんな生物を見ておくといい」
「…はい…」
優しく彼女を宥める。
言葉だけでは分からないことも多々あると分かっているから、彼女を外の世界の空気に触れさすことが第一だと戯皇は考えたのだった。
「魔法は使う為には契約と魔力が必要不可欠だ。契約は魔方陣を書いてエレメントを司る精霊を呼び出して契約すれば済むんだが、魔力は自分の戦闘力の一種だ。魔力レベルを満たしていればどんな魔法も使えるが、逆に魔力レベルを満たしていなければ契約済みの魔法も絶対に使えない。つまり、戦闘力…魔法力が高ければ高いだけ使える魔法の幅も広がり、使える回数も多くなる。あ、契約は誰でも出来るみたいな言い方になっちまったけど、センスが必要だから。魔法レベルが高くなるほど精霊を呼び出す為の魔法センスも必要になってくる」
「私に魔法力なんてあるんですか…?」
今まで魔法と言うものになんて触れた事も見た事もない自分に魔法力なんてもの、あるのだろうか…?
リムの赤い瞳は不安げに揺れる。
戯皇は「大丈夫だ」と微笑んだ。
僅かではあるが彼女の体内に眠る魔法力を感じるから、後はそのレベルを上げてやればいいだけのことだから。
「魔法ってのは、魔術と法術に分かれてる。普段『魔法』と呼ばれるのは魔術で、法術と呼ばれているものは単純に『術』とよんでる。術は特殊だから魔法レベルが高くないと最低レベルの術ですら契約できない。リムが術の契約をするのはまだまだ先だな。とりあえず、5年以内に上級レベルの魔法の契約まではいけるか?」
「…余裕だろう」
幸斗はジッとリムを見つめて答えた。今は鍛えた分だけ伸びるからと笑った。
「ただ、第一覚醒が5年以内に起きればの話だが」
「私まだ覚醒してないんですか!?」
「当たり前だろ。覚醒薬はあくまでも眠っていた血を目覚めさすもので第一覚醒を起こすものじゃない。でも、まぁそれも大丈夫だろ?外部から力をかけ続けてやるんだ、すぐに覚醒は起きるさ」
幸斗は相変わらず呑気な相棒にため息を付かずにはいられない。
リムの修行を担当するのは戯皇でなく彼なのだから。
戯皇より戦闘力が劣る幸斗からですら、教えることが何も無いと言うレベルに達するまでは何百年何千年はかかるだろうから。
それはリムに限ったことではなく、戦闘レベルが高いとされる者ですら下手したら一生そのレベルに達することが出来ない可能性があるらしい。
それほどまでにこの二人のレベルは高いのだ。
「とりあえず、今のところはこれぐらいでいいか…後は修行しながらおいおい教えていけばいいし。…そろそろお前は休め、目覚めたばかりでまだ体も本調子じゃないだろうから。明後日からは泣いても叫んでも絶対逃げられないきびしー修行が待ってるから」
おどけて言う戯皇にリムは笑った。
それで早く強くなれるのなら、どんな厳しい修行にだって耐えてみせる。
絶対に弱音は吐かないと決めたから、絶対に強くなると決めたから。
決意も新たに、彼女は言われた通りにベッドにもぐりこむ。
戯皇と幸斗は「しっかり休めよ、おやすみ」と言い部屋を後にした。
目覚めたら、新しい明日が待っている。
…そう考えたら気持ちは高ぶり眠れなくなってしまう。
それでも、これから始まる戯皇曰く『きびしー修行』に備えて瞳を閉じれば、肉体は疲労を訴え眠気を誘う。
緩やかに微笑を浮かべながら眠りに付く少女。
(…明日から、戯皇さんと幸斗さんのこと『先生』って呼んで…み、よ。戦いを…教えてくれる…て言うのに『さん』づけなん、て…失礼…だ、…も…ん………ね…………)
惨劇から死の淵に立たされ、それでも這い上がってきた幼かった彼女がようやく前に進みだす。
―――― 悪魔として目覚め、人生を踏み荒らして去った輩に復讐する為だけに戦いを学ぶ日々が今まさに始まろうとしている…。