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強く儚い者達へ…  作者: 鏡由良
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強く儚い者達へ… 第15話

(ここは…)

 気がつけば、見慣れた風景…。

 ずっと、自分が育ってきた町の風景が目の前に広がっていることにリムは驚きを隠せなかった。

 今朝まで自分が生活してた空間。

 ただ、それが現実でないことを彼女はよく理解していた。

(…誰もいない…これは私の記憶?)

 周りを見渡しても、人の姿は確認できない。

 音の無い、無音の空間に自分が今存在する…。

 風の音も、鳥のさえずりも、すべての音が、ここには無い。

(…私は、死ぬの?)

 覚醒薬を飲んで、死に恐怖した。

 死にたくないと、生きたいと強く願ったはずなのに…。

 たたずむ自分。

 空に視線を移せば流れる雲が黒の瞳に飛び込んでくるのが何故か悲しくて。

 姉を、親友を、取り戻したいのに。

 壊された時間を、取り戻したいのに。

 奪われた尊厳を、取り戻したいのに…。

 それなのに、自分は何もできないまま、死に逝くというのか?

(生きたい…)

 そう願った時、突如無音の空間に風の音が。

 突風が彼女を襲い、通り過ぎる風に草木が揺れた。

「生きたいか?」

「!誰だ!」

 耳に入る何処か聞き覚えのある声。

 リムは驚き、振り向くがそこには誰もいない。

 今の声はいったい?

 リムの体を緊張が駆け走る…。

「生きたいか?」

 首に触れる他人の皮膚の感触。

 声の主は振り返った彼女の真後ろで今一度問う。『生きたい』か?と。

「あんたは…誰?」

 風に揺れるのは、鮮血のように赤い紅。

 自分を移すのは、同色の紅。

 思わず目を奪われるのは、黒い翼。

 人間では、ない。

 ここは自分の記憶の世界のはずなのに、リムは今目の前にいる人物なんて知らない。

 他種族なんて見たことが無い。

 記憶の世界でないのなら、ここは一体…?

「面白いことを言うね。私はあんた。あんたは私。なのに、ね」

「あんたが…私?」

 自分の姿ぐらい分かっているつもりだ。と言わんばかりにリムの顔が訝しそうに歪んだ。

 黒髪に黒目なのが自分。

 そして、もっとも弱い人間という種族だということを知ってしまった。

 赤髪ではない。赤目ではない。黒翼なんて…無い。

 持って生まれたかった…。

 強くなるために、他種族として生まれてきたかった…。

「私は、人間だ…翼なんて…持ってない…」

「クスッ…そんなことを言っても無駄だよ。私は、お前だから…」

 ジッと自分を見つめるリムの頬を、赤毛の女は両手で包み込み耳にソッと囁いた。

 『悪魔の血を引いた、ね…』と。

 体に電撃が走った気がしたのは、気のせいではないはず。

 リムの瞳が驚きに揺らめく。

「悪魔の血を覚醒させた、私…なのか?」

「そう。頭まで死んでなくて良かったよ。理解力はあるようだ…今一度問う。生きたいか?」

 妖艶な笑みが浮かぶ。

 今までの自分の容姿とはかけ離れた、何処か人を惑わす色気のある姿。

 リムが無くした胸の膨らみも、女性らしい腰から下半身にかけてのラインも、目の前の彼女…自分は持っている。

 カッコいいと形容するのも、美しいと形容するのも正しいような、そんな容姿…。

 彼女はただ真っ直ぐにその紅の瞳に自分を映す。

 答えを求めて。

「…生きたい……私は、生きたい!」

 それだけは、変わらない事実。

 リムの紛う事無き本音。

「…いい返事。負けないと約束してくれるね?絶対に姉さんとヘレナを助けるんだ。弱音は、聞きたくないから」

 また彼女は笑う。

 微笑む、と言った方が適当だろうか?

 リムは「約束する。だから、力を」と自分を見つける瞳を網膜に刻み付ける。

 何も言わず、もう一人の自分はゆっくりと歩み寄ってきた。

 鼻と鼻が、ぶつかるほど近くに感じる息遣い。

 それでも、彼女の足は止まらない。

「……!!」

 一体何が起こるのかと、近づく姿に目を閉じてしまった。

(…な、に…?何が起こったんだ…?)

 恐る恐る目を開けてみれば今まで眼前に存在していたもう一人の自分が跡形も無く消えていたではないか。

 リムの思考は軽くパニックに陥ってしまう。

 自分が目を閉じたあの一瞬の間に何が起こったのだろうか?

 風景は、変わっていない…。音も、止んだまま…。

(どうして……)

「戦いを、決めたんだね…」

「!!」

 また、後ろから音。

 振り向けば、そこにいるのは、また自分……。

 今度は、黒髪に、黒目の自分。

 フレアに堕とされる前の自分がいた。

「な、んで…」

 動揺を隠せないのは無理も無い。先程までは覚醒した自分の姿が現れ、今は昔の自分が現れたのだから…。

「傷つくと、分かっているのに剣を手にするの?その手を血で染めるの?」

 悲しそうに問いただされては言葉に詰まってしまう。

 戦いなど知らなかった頃の自分…。

 まだ、幼さの残るその体躯にリムは目をそらした。

 思い出してしまうから。

 引きずり込まれてしまうから。

 闇に。

 恐怖に。

 逃げ出したくなるのは、男の笑い声を脳が覚えているから。

 震えが止まらなくなるのは、男の暴力を体が覚えているから。

「それでも、貴女は戦うことを選んでしまったのね…」

 彼女のその言葉に、顔を上げたとき、その意味を理解した。

 真っ黒な黒曜石のごとき瞳に映るのは、自分が先程見た、紅。

「………」

 ゆっくりと、震える手で頭部に触れてみれば、柔らかく、細い髪の感触を確認できた。

 腰に感じる毛先の揺れに彼女が思わず手を頭に運ぶとそこには先程までは無かったはずの頭髪。

 ゆっくりと髪を確認するかのように手を動かせば、赤い髪が腰まで伸びているではないか。

「ど、いう…」

 自分が、先刻目の前にいた自分になっている。

 それは、分かった。だが、目の前の自分は…?

 混乱する頭をどうにか整理しようとするリム。

 昔の自分は涙を零す。戦わないで、と。

 昔の自分…戦いも、外の世界も知らなかった頃の、自分。

 大好きな父と母に見守られ、優しい姉と大切な親友と過ごした暖かい日々が記憶として呼び起こされる。

 永遠だと思っていた。永遠だと信じきっていた…。

「……私は、戦いを選んだ…剣を手に取り、復讐という修羅の道を歩むと決めた……もう、引き返せない…引き返さない」

 散っていった、父と母の命。

 奪われた姉と親友の未来。

 そして、堕とされた自分の体。

 無かった事にはできない。

 忘れて日々を過ごす事など、不可能。

 だから…。

「無かった事にできないなら、忘れられないなら、私は私のやり方で過去と決別する。…あいつらを殺して、私はすべてを取り戻す」

 ゆるぎない決意が昔の自分を映す。

 やめてと泣き叫び、自分を止める彼女をリムは抱きしめてやった。

 負けないから、生き延びるから…と何度も呟きながら。

「私は生きるよ。外の世界で…」

 それが、私の意志だから。

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