強く儚い者達へ… 第13話
「あ、そうそう。昼間言ってた『マダル』って、"DEATH-SQUAD"S班の現1stを張ってる男の名前だ」
「!それって、この星で一番強いって事なんじゃ…」
驚きから途中で言葉をつまらせしまう。
この星最強の生物なんて、今の自分には無縁だと思っていたから…。
そんなすごい人物が自分の間近に迫ってきていたなんて…。
リムは少しだけ、会ってみたかったかもと思ってしまう。
それが、顔に出たのだろう。戯皇は苦笑しながらも「俺等を犯罪者にする気か」と言う。
そして、改めてリムは戯皇達が危険を冒して自分を助けてくれたのだと理解した。
戯皇と幸斗は自分の傷を癒すために隔離保護地域で魔法を使い、"DEATH-SQUAD"に目をつけられる犯罪者となったのだ。
戯皇は「ま、捕まらなかったからセーフだけどな」と笑うが、リムは言葉では言い表せない感情が湧き上がってきた。
感謝とも尊敬とも言える不思議な気持ちだった。
出会って間もないはずなのに、彼女は戯皇には素直に自分を出せた。
この人なら信じられる。
確信にも似た直感が自分にそう叫ぶかのように。この人に、惹かれている…。
「ちなみに確かにマダルってのが最強の座に今はいるけど、事実上の最強は別の奴だから」
「え?」
"DEATH-SQUAD"に属していない者が最強と言うことは、もしかしたら自分の敵がそうかもしれない…。
(そんな…私じゃ姉さん達を助けられない…)
リムの絶望に戯皇が笑う。「違うよ」と。まるで心を読んだかのように…。
「ジェイス・スイクルド・サデレイ。こいつが元"DEATH-SQUAD"S班の1stで事実上惑星最強の男だ。この先よく耳にするだろうから覚えとけ」
「…その人はどうして…」
「どうして組織を抜けたかって?」
先回りされる思考にリムは理由を知りたくて頷く。が、戯皇は知らないと首をふった。
戯皇と幸斗が組織を抜けたのはもう500年も前のこと。
そのジェイスという男が組織を抜けたのは戯皇達が組織を去ったさらに200年後のことらしい。
「俺も噂でしか聞いてないから詳しくは知らないが、ジェイクは組織を抜けたと言うより、組織から姿を消したと言ったほうが正しいらしい。あ、ジェイクってのはそいつの呼び名ね。」
「あの、噂って?なんで…まさか、他人の情報がそこら中で流れてるんですか?」
「違う違う。言っただろ?この星では戦闘力こそすべてだと。戦闘力の高い奴らや、"DEATH-SQUAD"に所属している奴らは基本的に有名人なわけ。なもんで、連中に関する情報は本人の意思に無関係で流れて行くんだよ。…ジェイク級の男になるとこの星で知らない奴はいないとまで言われてるぐらいだ。でも、ま、さすがに300年消息不明だと話題もマダルに変わったけど」
ジェイクという人物は生きているのか死んでいるのかさえ分からないらしい。
戯皇が言うには、彼ならどんなに名が知れ渡り、顔を知られていても、誰にも知られず生きる事ができるらしい。
普通、個々人が持つ独特の魔力・気配を他者…特に"DEATH-SQUAD"S班クラスの強者に悟られないように消すことなど不可能に近いらしい。
しかし、それをやってのけるほどジェイクという男は戦闘センスがずば抜けているのだとか。
「距離が離れてれば俺だって気づかれない自信はあるけど、すれ違ったりしたら一発でばれるだろうよ」
「戯皇さんは"DEATH-SQUAD"じゃどれぐらいの位置にいたんですか?」
S班と言うのはわかったが、今自分の目の前にいる人物はどれほどの強さを持っていたのだろうか…?
リムは、今から戦いを教わる相手がどういった人かまだ知らなかったから…
「あ、そっか、説明するって言って俺達のこと何も言ってなかったな。俺と幸斗はさっきもデュカって餓鬼が言ったように元"DEATH-SQUAD"S班に所属してた」
500年前の事だけどなっと笑って。付け加えられると、思わずリムもつられて笑ってしまった。
「組織を抜けた理由はそのうちお前も気がつくだろう。今は気ままに世界を回ってる。観光気分で。隔離保護地域…お前の住んでた町に立ち寄ったのはただ単に、隔離保護地域に興味があったからたまたま立ち寄ったんだ。そしたら、強い戦闘力を感じたもんで急いで駆けつけたら、お前が血まみれで倒れてたわけだ。お前のおふくろさんも微かに息は合ったが、回復魔法でも助からないレベルだった。今にも消え入りそうな声でお前に戦闘を教えてやって欲しいと頼まれた。どうやらお前のおふくろさんも元々は外の住人だったみたいでオレのことも幸斗のことも知ってたみたいでな。安心して息を引き取ったよ」
「…母さんまで外の…」
「改めて自己紹介するよ。元"DEATH-SQUAD"4thフェンデル・ケイ、今は改名して戯皇だ。そんでもって…」
「元"DEATH-SQUAD"7thロキア・ハブパッシュ。幸斗と呼んでくれ」
玄関に目を向ければ弟と幸斗の姿。
二人の言葉にリムは驚きを隠せない。
4thと7thだとは思っても見なかったから。
いや、幸斗は強いと納得できる。ガタイもいいし、力だって強い。
だが、戯皇が4thというのが驚きだった。
自分より小柄で細身で女の子のようなこの人物が、幸斗よりも強く、この星では4番目に強いと言うではないか!
これが、驚かずにはいられるか。
「もう500年も前だって言ってるだろうが」
驚いて口をパクパクさせてるリムに苦笑する。
予想していた通りの反応で可笑しかったのだろう。
幸斗も珍しく笑みを浮かべていて。
「よく言うよね。"DEATH-SQUAD"S班のレベルは昔に比べたら格段に落ちてるっていうのに。貴方達を超える生物はまだ確認されてないんですけど」
デュカは「謙遜も時には嫌味に聞こえるよね」と誰に言うでもなしに、吐き捨てる。
その表情はバカにするなよと言いたげで、戯皇と幸斗が気分を害さないかリムは心配そうに三人を見回す。
戯皇は挑発には乗らないよと笑っていて、幸斗は煩い餓鬼だと鬱陶しそうながらも口には出さず、再び険悪な雰囲気になることは避けられた。
デュカの言葉から、500年もの長い年月を経ても、戯皇を超える人材などこの"COFFIN"には現れなかったことが推測される。
多くの生物が生息し、生命を育むこの惑星では日々進化した生物が誕生している。
それなのに、戯皇を超えるほどの戦闘力を持つ生物はまだ生まれてきていないと言うことは、彼が非常に希少な存在だと言ってるようなもの。
「純血じゃないのにその戦闘力なんて、化け物じゃないか」
「天才と言え。天才と」
「純血って…?」
またも知らない言葉…、いや、言葉自体の意味は分かるのだが、それが示す意図が分からない言葉にリムは説明を求めて余裕の笑みでデュカを威嚇する戯皇に視線を移した。
純血とは、その言葉通り一滴も他種族の血が混じっていないことだと幸斗が説明してくれる。
「それは、言葉のニュアンスで分かります…でも、純血だと何なんですか?純血じゃないと…」
「人間以外の純血種は恐ろしいほど高い戦闘能力を持って生まれて来るんだ。特に悪魔、ヴァンパイア、天使の三種の純血種は他の純血種から群を抜いて高いな。戦闘力がトップクラスの連中はほとんど純血、もしくは純血に近い奴だ」
「まぁ、純血種は"DEATH-SQUAD"じゃ珍しくないが、惑星全体で見たら希少な種だな。混血児に比べて純血は今となっては極わずかしかいないし」
"COFFIN"には婚姻に関する法が全く無い。
その為他種族間でも子供を儲ける事ができ、結果として混血児が生まれる。
そして、混血児が混血児と、もしくは混血児が純血と姦淫し、また混血児が生まれるという生命の連鎖は星に生物が生息し始めた時から始まっており、今現在では純粋な"BLOOD"…つまり、一滴も他種族の血が混じってない生物はほとんどいないと言われている。
ただし、純血を重んじる生物もいるわけで、代々異種間との姦淫を禁止したりする一族も存在した。
その代表と言われていた純血一族は神の使いである天使の葵咲家と桜咲家、そして魔王の血筋である悪魔のイヴィルロード家とドルフォード家。ヴァンパイアのサレデイ家。この5つの一族には他種と姦淫してできた混血児も存在したが、ほとんどが純血種だったらしい。
「でも、まぁ…純血を重んじるのは良いことだが、諸刃の剣ってやつでな、生まれて間もない赤子の戦闘力が一族の当主の戦闘力を上回ることもあるんだ」
「それの何処が諸刃なんです?より強い跡継ぎがいて良いんじゃ…」
「純血種の一族当主はプライドが高くてな。成長段階で抜かれたらまだ格好が付くが、赤ん坊に抜かれたとなると恥だと考えるらしい。後、一族当主になるとその一族のすべて…金も、権力も、生物すらも自分の所有物になるっていう甘い蜜の虜になって自分より優れた者が現れ、当主の座を失脚させられることを恐れるあまり、その才能が開花する前に殺される。実の親や兄弟の手によって…な」
衝撃的な事実が告げられる。
この世に生まれ、成長する前に殺される赤子がいると言う。
戯皇は「純血じゃなくても殺される赤ん坊は多いんだけど」と続けた。
親に愛され、成長するのが当然だと思っていたリムはショックの色を隠せない。
「そんなことはどうでもいいよ。外に出たら嫌でも分かる事実なんだから。…姉貴、この人は本当に強いよ。恐ろしいぐらいに。この人と知り合えただけでも幸運なのに、修行してもらえるらしいじゃない。"DEATH-SQUAD"S班の人に戦いを教えてもらうなんて、本当はありえない話なんだよ?まして、あのフェンデル・ケイ直々に修行をしてもらえるなんて…」
弟のその言葉に辛そうに歪められていた彼女の顔が驚きに変わる。
改めて戯皇のすごさを知った気がしたから…。
この星でも強いと称される生物ですら、戯皇達のようにトップに君臨する者に弟子入りはおろか、手合わせすらしてもらえないのが実状。
それを、戦闘レベル最低ランクの生物に属される人間の血を色濃く引いているリムが修行を受けるなど、奇跡中の奇跡だ。
「生き残れれば、な。さて、これだけ説明しておいてなんだが、覚醒薬で死んじまったら元も子もないし、これ以上の知識は覚醒後にしよう。知りたければ死ぬ物狂いで生き延びろ」
「!…はい!」
表情を輝かせ、元気よく返事をするリム。
そんな姉とは正反対に、デュカはただ何も言わずに俯いた。
覚醒薬で命を落とすのではと姉の心配をしているのはもちろんだが、それ以上に彼は姉が戦いに身を投じるのを快く思っていなかったから…。
内の世界で何も知らないままで、綺麗なままでいてほしかったから…。
(姉貴だけは、純粋なままでいてほしい…僕は、汚れているから…)