友達
少し心がもやもやとする。
おそらく、心の中で野次馬根性が「聞きたい」と叫んでいるからだろう。
けれど、他の生徒がいる中でその話題を切り出したら、きっと幸葵くんは嫌な思いをするだろう。そう言い聞かせて我慢した。
だが、放課後になると速攻で教室を飛び出した。呼び止められた気がするけれど、無視した。
自分まで無神経にはなりたくなかったのだ。
僕が向かったのは、やはり毎日の習慣からか、学校の花壇のところだった。
マリーゴールドが咲いている。あまりいい花言葉のないこの花だが、黄色や橙色といった明るい色に元気づけられる。
いつものようにさっと水をあげて、少し生えた雑草取りをした。
「あ、やっぱりまた来てた」
そこに、春子さんがやってくる。
「よっ」
「初対面相手に『よっ』はないだろ夏帆」
今日は見慣れない人物も一緒だ。
「よっ」と親しげに手を挙げた人物は手足の長いスポーティーな体格の春子さんと違い、日本人一般女子高生といった雰囲気がする。カーディガンの袖が伸びたのを所謂萌え袖のようにしているが、残念ながら全く萌えない。
夏帆と呼ばれたその人はてへっみたいな態度を取って笑う。チャラいな、というのが全体的な印象だ。
「春子さん、その人は」
「ああ、相楽、こいつは」
「えー、何々、二人は名前呼びの関係!?春子は惚れた腫れたの話に興味ないとは思っていたけど、ちゃんとマークしてるんだねぇ。うんうん、春子もいつかはアタシの元を離れて巣立っていくんだ。お母さん嬉し、いてっ」
「馬鹿は程々にしな、阿呆」
びしりと効果音のついた手刀で突っ込まれた夏帆さん。どうやら野次馬根性全開のようだ。
「ちょ、春子ひどいっ、今『夏帆』のイントネーションで『阿呆』って言ったよね!?ね!?」
「こいつ南夏帆。サボり魔の一人ね」
「無視!?」
そんなコントのようなやりとりに思わず和んでしまう。
「南さんですか。汀相楽です」
「夏帆でいいよ! あとタメね! ところで右が相楽なら左は何なの?」
「汀って苗字じゃど阿呆」
お馬鹿全開の夏帆さんに突っ込む春子さん。なんだかお疲れさまです。
「サボり魔ということは、夏帆さんも緑化委員会なのかな?」
「何を隠そう、書記である!」
「胸張って言うなサボり魔」
よくもまあすぐにツッコミが出てくるものだと感心する傍らでふと思う。
書記ということは夏帆さんは字が綺麗なのだろうか。……いや、「馬鹿は字が綺麗」は迷信のはずだ。
それはさておき。
「で、相楽が噂の七不思議?」
「実在する人間ですけどね」
「わあ、春子本当に七不思議っていたんだね」
「だから人間だっちゅうに」
どうやら夏帆さんも七不思議の真実を確かめに来たらしい。
「これを期に緑化委員会の意識改革を図ろうかと」
「なるほど」
春子さんの言う通り、「緑化委員会」という委員会があるのだから、ちゃんと機能させることは大切だ。花の世話は好きだから僕がやってもいいのだけれど。
「再来年には七不思議もいなくなるからな」
「あーっ、春子だって、相楽のこと七不思議扱いじゃん!」
「まあまあ」
言葉は選ぶべきかもしれないが、春子さんの言う通り、僕は来年三年生になり、再来年の三月には卒業するのだ。
緑化委員会が機能しないままでは、この美しい花たちも綺麗に咲けなくなるかもしれない。それは可哀想に思えた。
春子さんもそれを案じているのだろう。いい人だ。
「というわけで手始めに友人で緑化委員のこいつを連れてきたんだ」
「なるほど」
「そんなことより相楽の目、綺麗だねぇ、外国人みたい」
「そんなこととは何だそんなこととは」
そこから、春子さんのツッコミも交えつつ、夏帆さんに花壇の世話について説明していく。
まずは簡単な水やりから。雑草は、目立ってきたら、取ればいい。今のように花が咲いているときなんかは、見分けをつけやすいので、草取りにはうってつけだ。
そんなことをわいわいと話していると、心の霧はいつの間にか晴れていて、気にならなくなっていた。二人に感謝だ。
やっぱり、土いじりをしているときが一番心が安らぐ。
それを言うと、夏帆さんが首を傾げる。
「そうか? 雑草取りとか、水やりとか、地味の極みだと思うけど」
「その地味なところがいいのさ。地道にやっていけば、こうして綺麗な花が咲く」
「相楽女子力高いー」
「何故あたしを見ながら言うんだ夏帆」
そんなほのぼのとした空気が続く中、ふと、僕に何か刺さるような冷たいものを感じた。……視線?
追って、顔を上げると、そこには幸葵くんが立っていた。
途端に、昼間のことが思い出される。僕は気まずくなって口を閉じた。代わりのように開かれた彼の口から出たのは、思いがけない言葉だった。
「楽しそうですね」
言っていることは普通なのだが、
どこか、冷たい。
温度がない、と言ったらいいのか。
びゅう、と寒風が抜けた気がした。
「あ、神童サマだー!」
能天気な声が、空気を読まずに谺する。夏帆さんだった。
幸葵くんの姿を見て、面白そうにしている。
「うっわぁ、本当にどっから見ても美男子。女子が虜になるのわかるわぁ~」
かくいう彼女は全然靡いていないようだが。
幸葵くんが不愉快そうな渋面を浮かべながら訊ねる。
「貴女、誰ですか?」
「アタシ? アタシはねぇ、四組の南夏帆。夏帆でいいよー。あとタメね」
「敬語は仕様です。貴女は?」
幸葵くんが春子さんに水を差し向ける。春子さんは無表情で答えた。
「あたしは東雲春子。緑化委員だよ」
しゃがんで作業をしていたのだが、春子さんは立ち上がって、幸葵くんと目を合わせている。
二人の中間くらいにばちばちと火花が見えるのは気のせいだろうか。……気のせいであってほしい。
何故だか緊迫した空気。幸葵くんの不機嫌さと、春子さんの元々持つ威圧感が成している業だろう。
しかし、そこを突き破る要員が一名。
「そういえば、二組の鈴音ちゃん振ったって本当?」
よくこの沈黙を破れたなというより、突然の爆弾の投下により、僕は夏帆さんを二度見することとなった。
本当に唐突で、実に今出されたくない話題。
確実に地雷を踏む姿にむしろ感嘆してしまう。
ただ、本人は気づいていなかったらしく、何も言わない幸葵くんの姿に首を傾げる。
「あれ? なんか駄目だった?」
「……いえ」
幸葵くんはそれ以外何も言わず、僕の腕を引いた。
「相楽、一緒に帰りませんか?」
「え、ああ、うん」
春子さんと夏帆さんに、ごめんね、とジェスチャーを送り、僕は幸葵くんに腕を引かれていく。……なんだか強引な気がする。
「ねぇ、幸葵くん、どうしたの?」
「……いえ」
俯き加減に彼は言った。
「ただ、なんとなく今日は、一緒に帰りたいと思っただけです」
「そっか」
じゃあ、一緒に帰ろう、と、特に何も深く考えずに僕は幸葵くんと手を繋いで帰った。
教室より近い彼からは石鹸のような清潔感のある匂いがした。
もしかして、哀音が言っていたのはこれかな、なんて、軽く考えた。深く考えることをしなかったのだ。
僕はあの関係を友達だと思っていた。──あの日までは。
けれど、もう少し考えていたら、わかったはずだ。省みてみれば、思い当たる節なんてたくさんあった。
それを見過ごしてきたために、僕は──