届かない、君に
カーテンの向こうから返ってきた声は些か固い。それから、ひょっこりカーテンから顔だけ覗かせる。両開きのカーテンなため、なんというか、可愛い。萌える。
「ま、間違っていても笑わないでくださいよ、春さん」
「笑わない笑わない」
「じゃあ……」
普段なら見られないであろうかなくんの恥ずかしがる様子やちょっと気弱な様子が可愛くて仕方なかった。あたしの異常性がそう見せているのかもしれないけれど。
かなくんが多分な躊躇いを持ちつつ、カーテンをオープンする。するとそこには可愛らしいメイドさんがいた。
黒いシックなドレスに白のエプロンドレス。ミニスカなんて邪道はいかず、膝を覆うほどの正統派メイド服。黒ドレスの裾にはレース加工がしてあり、仕事が細かい。
白のフリルカチューシャをかけたかなくんが不安げに首を傾げる。
「これで合ってますか?」
「うん、合ってる。萌え死ぬ」
「燃え死ぬ!?火の気はないですが」
彼も案外天然だ。
久しぶりの感情だ。
……夏帆に感じていたものに似ている。
かなくんは夏帆とは違うベクトルで、あたしの好みだ。でもきっと、この想いが叶うことはない。
あたしだって、わかっているんだ。かなくんの心はいつも、兄の相楽のところにあるって。
それが世間からすれば異常なことも知っていた。けれど引かずに彼と向き合ったのは、ひとえに自分も異常だったからだろう。
今日は滅茶苦茶に遊んで、相楽のことなんか頭から消えるくらいにして、かなくんが悲しそうなんじゃなくて、楽しそうに笑うのを見たかった。
姑息だけれど、かなくんが一瞬でも相楽を忘れて、あたしを見てくれたらなあ、なんて思いもした。
けれど、さっき、押し倒したときに確信した。本当は、最初からわかっていた。
こんなのは間違っているって。
だからあたしもただ楽しむことにした。
「春さん、異様に似合ってますね。もはや風格があるというか」
「それは褒めているのかい?」
「褒めています。一般男性が見たら卒倒するのは確実でしょう」
あたしのバニーガール姿をかなくんはそう評した。
体のラインをしっかり象る赤いレオタードに、黒い網タイツ、頭の上にはウサ耳だ。似合っているのかどうかわからないが、自分の体型は悪くないらしいし、足は長い方だから、網タイツは効果的に機能しているのだろう。
目の前の彼が卒倒しないのは、彼が暗に示した通り、彼が「一般男性」ではないからだ。
それほどにかなくんが相楽を想う気持ちは強い。
相楽は優しくて、いいやつだ。その優しさ故に、自分や周囲が傷つくのに気づけない、愚かだけれど罵れない、優しすぎるやつだ。
あたしは17年前を後悔していた。
あの時、相楽と二人きりの状況で、白崎のことを警告していなければ、
白崎は過ちを犯すことはなかったかもしれないのに。
勝手にではあるが、責任を感じていた。
17年、かなくんに会いに来られなかったのは、あたしの弱さだ。
たまたま、親戚があの学校に入学するから、それを理由にかなくんのいるクリーニング屋に行ったのだ。
かなくんは相変わらずだった。
よくわからないが、相楽は記憶を失ったらしい。
それに一番傷ついているのは、かなくんだろうとあたしは勝手に判断し、滅茶苦茶に連れ回し、果てにはメイド服やら何やら、着せ替え人形にした。
「メイドだけじゃないんですか!?」
「猫耳になってしまえー」
写真をぱしゃりと携帯端末で撮る。
今度は着ぐるみを取り出した。三毛猫がある。なんてマニアックな衣装部屋だ。
あたしはかなくんチョイスで狐になった。
「三毛猫の雄は稀少だー」
「そうですけど! ただの三毛猫の着ぐるみ着たおっさんですから」
その後、男物もあるんだから着てみましょうよ、というかなくんの提案に乗って、かなくんは執事服、あたしはタキシードを着ることになった。
そこで問題が発生する。
「入ら、ない」
胸が。
一人でなんとも言えない気分になる。
あたしはたぶん、同性愛者であり、性同一性障害なのであろう。俗に言う女の自覚のない女だ。
まさか、そんなところに出ているとは……
それでもなんとか入った。少し苦しいけれど、外に出る。
既にかなくんが出ていて、慣れた様子で立っていた。背筋がぴんと伸びていて立ち姿が美しい。
「あ、春さん、遅かった、です、ね……」
かなくんも気づいたらしい。胸の不自然な盛り上がりに。
「……着痩せするタイプだったんですね」
「どういう意味かな!?」
半泣きのあたしにかなくんは戸惑いながらいやいや、と否定した。
そこから気まずくなって、元の服に戻すことにすることになった。コスプレパーティーは終了だ。
まあ、楽しめたからよかったか、と衣装たちを元に戻す。
「かなくん、楽しかったかい?」
「まあ、そこそこに」
そんな冷めた言葉を交わしながら、衣装部屋から出ていく。本当に面白いゲームセンターだと思う。
出口手前、ふと、UFOキャッチャーが目に留まる。
そこには猫のぬいぐるみがあった。三毛猫だ。……さっきのかなくんと重なった。
すると、かなくんがあたしに気づいて、財布を取り出す。
「欲しいんすか?」
「あっ、いや……」
「取りますよ」
300円を投入し、器用に操作し始める。
難なく三毛猫が出口に投入されようとしたそのとき。
サイレンの音がした。
ぼとん、と三毛猫が落ちると同時、かなくんが振り返る。
タイミングが最悪だった。
やってきた救急車。それに乗せられる担架の上に乗っている人物は今は閉じているが、瞳の色はわかる。
「兄貴っ」
かなくんは外へ出ていってしまった。
その場にはあたしと三毛猫のぬいぐるみが残された。




