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青い景色に空いた穴  作者: 香久山ルイ
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花屋の一日

 今日は日曜日。稼ぎ時だ。

 そう心に決めて、呼び込みをする。もちろん、いつもより声を張り上げて。

 街中を通る人々は、花に興味を示したり、示さなかったり。それでも買っていってくれる人はいた。




 そんな中、ふと知った顔が現れた。




「あれ、汀さん?」

「っ」




 呼ばれると汀さんは肩を跳ねさせた。仕方ないだろう。昨日の今日では忘れられないようなことをその人はやってのけたのだから。

 僕から咎められると思ったのだろう。汀さんの顔は浮かない。けれどきちんとこちらを向く辺り、昨日の一件とは向き合う意志があるようだ。

 それでも怯えた様子の瞳を見て──僕は汀さんの頭を、ぽん、と撫でた。

 汀さんは驚いたように顔を上げる。僕と同じくらいの背丈の彼に僕は微笑んで、ぽんぽんと撫で続けた。




「今日はどのようなお花をお求めで?」


 汀さんは驚いたように目を見開いた。その眦からほろりと零れたものがあったけれど、それは見なかったことにした。

 震える声で彼は注文を口にする。




「リナリアを、花束で……」




 どこかで聞いたような言葉だ。

 リナリアはちょうど今が盛りでもうすぐ時期が終わる。そんな花だ。売れ残りが出ないのは嬉しい限りである。


「花束ですね。ラッピングはどうします?」

「普通ので」


 紙に包み、ピンクのリボンで根元を軽く結う。

やはり、花束にすると愛らしい花だ。

 そう思いながらお題を受け取り、僕は汀さんに花束を渡した。

 リナリアの花言葉は「この恋に気づいて」




「上手くいくといいですね」


 こっそりそう囁くと、汀さんは泣きそうな顔になりながら、ありがとうございます、と返してきた。


 花屋を出たおれは、リナリアの花束を抱き抱えて、必死に涙をこらえた。




「上手くいくといいですね」




 兄貴のあの言葉に、なんとか返すことはできたが、痛みは消えない。

 胸を締め付ける痛みは止まない。


 おれの恋が、叶うわけがない。上手くいくわけがない。

 おれが恋い焦がれる相手は他でもない、血の繋がった兄で、同性の兄で、既に想い人のある兄だった。




 けれど、この花束を捨てることはできなくて。なんで買ってしまったんだろう、と思いながら、おれは愛しい兄から手渡されたその花束をそっと抱きしめた。

 それから、店の裏へ回る。

 兄貴の店の裏は自宅になっており、そこに郵便受けがあった。




 もう、届かなくていい。

 そう思ったけれど、諦められないのはおれの弱さで。




 それを捨て去るように郵便受けに花束を優しく添えた。


 恙無く休日が進んでいく。何故か今日は若いお客さんが多い。特に女の子。

 まあ、女の子って花が好きっていうのが一つのステータスになりつつあるかもしれないから、いいことなのだと思う。

 ただ一つ気になるのは、女の子たちが花に囲まれた僕の写真を撮って「映えるー」と口にしていることだ。別に写真を撮られるのはかまわないけれど、そういうのって普通被写体の人に許可取ってからするものだよね? と疑念を抱いた。

 現代人からマナーというものが失われているのか、と考えると、嘆かわしい限りである。




 そんなことを考えているうちに夕方になった。そういえば幸葵くんが帰ってこないなぁ、と頭の隅で考えつつ、そろそろ店じまいしないとな、と時計を見上げた。

 そのとき、




「薔薇っ、薔薇はありますかっ!?」


 必死な表情の女の子が僕の腹に突っ込まん勢いでやってきた。すんでのところで思い留まってくれたからよかったが、この頭突きが成功していたら、さぞや致命傷になったにちがいない。

 僕がそっとほっとしていると、可愛らしい黒髪の女の子が鼻息フンスで「薔薇! 薔薇!」と唱えるものだから、何事か、と辺りの衆目を買ってしまった。




 薔薇なぁ、と僕は考え込む。

 今日はいつもより売れ行きがよかった。経営者としては嬉しい限りだ。

 だが、そのため、薔薇はあと一本しかストックがない。


「一本だけだけど、いいかな?」

「そんなぁ……21本欲しかったのに」


 残念ながら、やはり一本しかないのだ。薔薇はやはりポピュラーな花だから売れやすい。

 21本の薔薇……確か花言葉は「真実の愛」

 さては誠心誠意な告白が希望かな? 女の子から告白って珍しいパターンだけど。

それなら。




「いいこと教えてあげるよ」




 その子に耳打ちした。


「いいことってなんですか?」


 初対面のその子は訝しみながらも耳を貸してくれた。

 そこにこっそり、花屋ならではの知識を披露する。


「薔薇は一本でも、『愛』や『美』といった意味を持つよ。告白にはうってつけだ」

「それは知ってます! それじゃあ洒落が利いてないから……」

「ところで、一本の薔薇の花言葉って何か知ってる?」

「へっ?」


 本数を気にするのなら、他の本数の花言葉を知っていてもおかしくない。けれど、駆け込みでやってきた彼女の知識は付け焼き刃のように思えた。偶然知った「21本の薔薇」の花言葉を使おうと思い立ったばかりのように見える。

 案の定、首を傾げた女の子に僕は告げた。「一本の薔薇」のなかなかロマンチックな花言葉を。




「一本の薔薇はね、『あなただけ』っていう意味なんだ。それも素敵だと思わない?」


 それを聞くなり女の子はがばっと顔を上げ、口元に手を当てて、少し頬を赤らめ、ずざざ、と後退った。そこには知識不足の羞恥の他にも様々な感情があるように見える。




「薔薇はね、君が知っているように本数で様々な花言葉を持つ。どれが特にいいか、なんてその人の価値観によるものだよ。

 洒落を利かせたいって気持ちもわからなくはないけどさ、




 シンプルにいったっていいんじゃないかな?」




 すると、しばし女の子は考え込み、うんうんと頷いてから、やがて顔を上げた。




「……薔薇、一本ください」

「まいど」


 お誂え向きに薔薇の色は赤。愛の象徴たる色だ。

 透明なフィルムで包み、赤いリボンを添えて、その子にあげた。21本買うよりよかったんじゃないかな、と個人的に思う。高校生っぽかったから、懐事情とか踏まえると。




 そんな女の子を見送ってシャッターを閉めていると、幸葵くんが現れた。

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