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青い景色に空いた穴  作者: 香久山ルイ
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緑化委員と距離感

 神童くんと少し会話ができたことに謎に役得を感じながら、放課後、日課の花壇の様子見に向かう。




「ん、土の状態はよさそうだね。あ、誰だよ、ガムポイ捨てする奴!」




 花壇の影などに隠すようにポイ捨てする輩は結構いるので、対策にいつも三角袋を持って歩いている。僕は部活にも委員会にも入っていないので、これは慈善活動だ。

 花ってやっぱり綺麗だし、見ているだけで気持ちがよくなる。こうやって整備するのも清々しい気持ちになるし。




「あ、この花もうすぐ咲くかな」

「この具合だと来週には咲いてるんじゃないの?」

「そうだよね……ってえっ!?」




 何気なく会話していたことに気づき、驚いて振り向くと、そこには女子にしては背の高い美脚さんがいた。ローアングルだった僕は慌てて立ち上がる。




「あの、君は?」

「そりゃこっちが聞きたいよ。あたしは東雲春子(しののめはるこ)。緑化委員だよ」


 そういえば、花壇を整備したり、校外で木を植える活動をしている緑化委員会っていうのが、この学校にはあったんだっけ。

 あまり活躍を聞かないし、これまで毎日花壇を見てきた中で遭遇することもなかったから、サボタージュの多い委員会なのかな、と入るのを遠慮していた。やる気のない人の周りで頑張るのはちょっと気が引けたし。

 けれど彼女……東雲さんが現れたということは、全く活動していないというわけでもないようだ。


「あんただったんだ。いつも花壇を整備してくれてたの」

「ええと……」

「あ、ごめんね、急に馴れ馴れしくて。あたし敬語とか苦手なんだ。

 不思議に思ってたの。緑化委員会より早くてきぱき行動してる誰かがいるらしいって。委員会じゃ、あたしらの学年の神童並の扱いよ?」




 まさか知らぬ間に僕まで都市伝説化していたとは驚きだ。




「汀相楽です」



 

 とりあえず挨拶を返した。


「といってもまあ、うちの委員会はやる気ない勢が多いからね。あたしは割り振られてる曜日にいつも来てるんだけど……

 緑化委員会で噂になってんのよ。当番行ってないのにいつも花壇が綺麗! って。いやまず当番行けよって話なんだけど」




 ご高説ごもっともである。

 まさか都市伝説というか学校の七不思議化しているとは思ってもみなかった。昔花が好きだった生徒が病で死んで思い出の花壇を整備しているという非常に和やかな七不思議がまことしやかに囁かれたらしい。




「でもよかったです。東雲さんみたいに真面目にやってる人もいるんですね」

「ちょ、その東雲さんってのと敬語は止してくれよ。同い年なんだし、タメでいいし名前呼び捨てで構わないから」




 鳥肌が立つから、と慌てる東雲さん──春子さんはぞわぞわしているようだった。

 まあ、さん付けは春子さん女の子だし、多目に見てもらおう。


 春子さんが今日来たのは当番だったの半分、興味本位半分なのだそうだ。




「七不思議の正体とか確かめてみたいじゃない」

「好奇心旺盛なんだね」




 怖いもの知らずとも言うが黙っておこう。




「それに、いつも先越されてばっかじゃ癪じゃない。緑化委員の名が廃るわ」




 もう廃ってるけどね、と春子さんはからから笑う。

 快活で素直な人なんだなぁ、と好印象を抱いた。同い年だけれど、クラスはちょっと離れているらしい、なんてことない情報交換までした。




「物は相談なんだけどさ、花の世話の仕方とか、教えてくれない? あと、こういうの、一緒にやろうよ」

「もちろん」




 願ってもない。花が好きな人に悪い人はいないからね。

 会って数分だけれど、こうして気楽に話せる人ができたのも収穫だ。


 快活でいい人だ。春子さんは。

 色々教えているうちに日が傾き始めて、また、と解散し、下校しようとしたところで、人影に気づく。




「あれ、白崎くん?」



 

 たまたまだろうか。そこには白崎くんが立っていた。どこかむっとしたような表情だ。心当たりはないから何かあったのだろうか。




「相楽」

「何かな」




 名前を呼ばれたので返事をすると、渋面が広がった気がする。本当にどうしたのだろうか?




「白崎くん?」

「その、白崎って呼ぶの、やめてもらえます?」

「えっ?」




 ふいっと顔を背けて白崎くんはぶつくさと続ける。




「だから、下の名前で呼んでくださいってことです」




 そう告げた顔が赤いのは、果たして夕焼けのせいだけなのだろうか。

 僕はくすりと一つ笑うと、こう返した。




「幸葵くん」

「……はい」




 呼ぶと彼は微かにだが、笑った。


 その後から、幸葵くんとの距離はぐっと縮まったような気がした。

 やはり何かにつけて、前後の席というのはプリントを配ったり、提出物を前に送ったりで接する機会が多い。それゆえに、与太話をするくらいの仲にはなったのだ。




 放課後。


「相楽は残って勉強ですか?」

「家に帰るとやる気なくすからね。今のうち」

「へぇ」




 すると背もたれを前にして、幸葵くんが座り直す。僕のノートを覗き込まれて、ちょっと恥ずかしい。

 お世辞にも頭がいいとは言えない僕のノートを見られるのは気恥ずかしかった。




「字、綺麗ですね」




 予想外に褒められた!?




「そ、そんなことないよ!」

「いえ、字の綺麗な人は」


 一瞬、憐れみを帯びた目で見られる。






「頭がよくないというらしいので」


「そ・れ・は!」


 僕も似たようなのを聞いたことがある。叫んだ僕の顔はきっと夕焼けに負けなかっただろう。


「天才は字が汚いの間違いだよ!?」

「えっ、そうでしたっけ?」

「そうだよそれに何気傷つくよ!」


 頭悪いとど直球で言われるとは思ってもみなかった。そりゃ、相手は生徒職員全員が口を揃えて神童と呼ぶ人だけれども! 比較対象を間違えている気がするよ。




「天才は字が汚い。確か脳の処理速度に手が追いつかないからって理由じゃないっけ」

「ふむふむ」




 まさか僕が幸葵くんに教えることがあろうとは。少し絶句した。

 こういう雑学には詳しいと思っていたのだが。

 すると幸葵くんはむっと眉根を寄せる。




「つまり俺は凡人と」

「いやいやいやいや、言葉の綾だから」




 ちなみに見せてもらった幸葵くんの字はすこぶる綺麗だった。

 字は読めるに越したことはない。


 憎たらしいほどに綺麗な文字とにらめっこ。




「いつまで見てるんですか、相楽」

「メモまで丁寧で見易いとか……さすがというか……」




 今日の数学の授業範囲についてだ。要所要所に下線が引かれ、場所によっては、「他は全てこの公式の応用」と書かれている。

 正直見易い。その証拠に幸葵くんの教科書を見ながらだと、解く速さがいつもより速い気がする。するすると答えが導き出せるのだ。




「魔法みたいな教科書だね」

「それ俺のですってば」

「もうちょっと貸してよ」

「……仕方ないですねぇ」




 呆れたように言いながらも貸してくれる辺り、幸葵くんはいい人だ。




 けれど、気になることがある。

 そう、それは今日の数学の授業でのこと。幸葵くんの隣の席の北見さんと言ったか──が、数学の問題を教えてほしいと言ったとき、幸葵くんは素っ気なく、「自分で考えてください」と突っぱねた。

 少しだが、人と距離を置いているように見えたのだ。


 まあ、自己紹介もあんなにこざっぱりとしていたから、あまり人と関わることに興味がないのかなとも思う。

 今日の数学の授業のみならず、他にも勉強を教えてほしいといった類の誘いは断っていたはず──




「さーがーらー!」

「うにっ」




 頬をぷにっとつつかれる。そこにはどこか膨れたような顔をした幸葵くんがいた。普段は鉄面皮だが、最近表情がわかりやすくなってきた。




「どうしたんです? 心ここに在らずといった感じで」

「あ、いやなんでもな」

「なんでもないなら教科書返してもらいますね」

「ちょ、タンマタンマ」




 取り上げられそうになった教科書を引っ張る。幸葵くんはあまり力を入れていなかったのか、すぐに教科書は僕の前に落ち着いた。




 気のせいかな。




 僕とはこうして普通の距離感を保っているし、他人を避けているだなんて早とちりだったかな、と思った。


 結局その日はなんだかんだで幸葵くんは終わるまで付き合ってくれた。仕方ないですね、相楽は、と言いながらも、わからないところは解説してくれる。やっぱりいい人だな。

 日が傾いて、空が藍色に染まってきたところで、さすがに今日は終わりにしよう、と席を立った。




「付き合ってくれてありがとね」

「……いえ」




 暗がりの教室で、幸葵くんの表情は窺えなかったが、嫌がっているわけじゃないといいんだけど……

 なんせかんせここまで付き合ってくれたのだから気を悪くしていない……と思いたい。




 校舎を出ると、空は半分藍色で、半分橙色。中間が紫になっていて綺麗だ。




「今日は助かったよ」

「それならよかった」




 半分夜空の夕焼けの下で、そのとき幸葵くんは笑った気がした。

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