大切にされている。
がくがくと震えながらも、彼女は俺を見上げ、必死に答えを口にした。
「あや、謝ります、何度でも。もう、しませんから、もう、しませんと、土下座、してでも」
ふむ。土下座と来たか。
「ありがちですね」
俺はそうばっさりと斬って捨てた。
謝るなんて当たり前だ。悪いことをしたら謝る。二度としないと誓う。幼稚園児でもわかる論理だ。
だが……土下座、土下座か。
俺は鼻で嘲笑う。
「知らないんですか。土下座というのは立場の上の者がやるからこそ価値があるのであって、普通の人間がやったところで、意味なんてないんですよ」
とさり、と崩れ落ちる北見。それを俺が拾い上げることはない。ただわざとらしく目線を合わせてやる。
そこにある絶望の色に俺は歪んだ笑みを浮かべた。
「そ、れでも」
北見は掠れた声で告げる。
「それでも、謝ります。謝るしかないんです。許してもらえるまで、謝ります。謝り続けます。もうしません、もうしませんから……」
語尾が涙に滲むのを俺は見下していた。そこには少々愉悦が混じっていた。
そうだ。相楽を貶めた分、堕ちてしまえ。
そんな感情に囚われていた。
俺に北見を許す気はなかった。だが、今回被害者は相楽だ。相楽が許すのなら、それ以上怒りようがない。
俺はそう思って、相楽の眠る保健室に北見と共に向かった。
相楽が目を覚ます頃には、もう日はだいぶ傾いていた。夏は近いというのに。
目でそれとなく促せば、北見は飛び出すように土下座で謝った。意味はないと教えたのに。
だが、相楽は。
「いいよ、別に。色々不安定だったのもあるんでしょう?」
そんなあっさりと、許してしまった。
目が覚めるとそこは保健室で、怠さもなくて起き上がると、半途にかけられたカーテンの向こうには幸葵くんと北見さんがいて、
北見さんとばっちり目が合ったその瞬間、
「ごめんなさい!!」
……スライディング土下座という言葉は聞いたことがあるが、女の子がするものなのだろうか、と見当違いなことを考えた。
それくらい北見さんの土下座はスピーディーで滑らかだった。
僕は目が点になった。奥の幸葵くんはそんな僕の様子に鈍いですね、とでも言いたげな目を向けてくる。 きっと呆れられているのだろう。
しかし、何のことやら、さっぱりだ。僕が首を傾げると、幸葵くんは打って変わって絶対零度の視線を北見さんに注いだ。それを感じ取ったのであろう北見さんは、口早に告げる。
「死ねって手紙も花壇の花を千切ったのも水をぶっかけたのも全部私がやりました。ごめんなさい」
なんだ、そんなことか。
「いいよ、別に」
僕が微笑むと、幸葵くんは信じられないものを見るように目を剥いた。
「相楽? 何言ってるんです? 倒れるくらいまでのことをやられたんですよ?」
「え、倒れたのはたまたまだと思うし、そこは因果関係なくない?」
倒れた原因は不明だけれど、そこまで気にしてはいない。死ねという手紙だって、捨てればいいだけだから、さしてストレスにならなかったし。
唯一怒るとするなら、花を引きちぎって荒らしたことだろう。
けれど、花はまた植えればいいし、植物は僕らが思うより強かだ。もうマリーゴールドは復活しているし。
相楽は鈍い、みたいに幸葵くんは言いたそうだけれど、僕だって、ちゃんと考えている。
「ほら、僕ら高三だし、受験とか近くてぴりぴりしているんでしょ? なら仕方ないよ」
うちの学校では就職は少数派で、ほとんどが大学進学を選ぶ。進学校なのだから当たり前だ。大抵の人は進学を選ぶにちがいない。幸葵くんがそうであるように。
僕みたいな既に就職が確定しているやつの方が少ないのだ。ちなみに伯父の花屋で働くのだが。
受験生には受験生の緊張感がある。大学に合格できるかどうかはもちろんのこと、いい大学に行けるか、とか、もう先のことが決まっている僕には知りようのない不安と重圧があるのだろう。
そうとわかっているならば、余裕のある自分の方が察してあげるのが当たり前というものだ。
あっさり許されたのがあまりにも意外だったのか、北見さんはきょとんとしていた。だから僕はもう一度、別にいいよ、と告げた。
「気にしないで。悪いってわかったんなら、もうしないでくれればいいだけだから」
「でも……」
相当悔やんでいるらしく、僕はそれから北見さんを宥めるのに時間を割いた。
日が傾いて、下校時刻が迫ってきた頃、ようやく落ち着いた北見さんを見送った。夜道は危ないから気をつけてね、と。
幸葵くんには呆れた顔をされた。というか、呆れた、と溜め息を吐かれてしまった。
「相楽、ちゃんと理解してます? つまり君は彼女から陰湿ないじめを受けていたんですよ?」
「わかってるよ」
「疑わしいですね。あの子は悪くないとか言い出しそうです」
「なんでわかったの?」
僕が先んじられて驚くと、再び幸葵くんは溜め息を吐く。
「相楽は甘いですよ。優しすぎます。いじめの定義はいじめと感じたら、と言いますがね、君の場合はこう……取り返しのつかないところまでいかないと気づかなそうです」
「あはは、そうかも」
「笑い事じゃありません」
むすっとする彼に僕は微笑みを向ける。
「そうだね。ありがとう。幸葵くんが気づいてくれたから、僕は今無事なんだ」
もう一度、ありがとう、と繰り返した。
すると、彼は。




