1-7 八尺様
八尺様という怪異もきさらぎ駅と同様に、ネット上で語られた怪異である。
けれども、その原型は日本全国どこでも見られるものだ。
車で移動している短い間に、鶴喰と響子さんの二人は、八尺様について教えてくれた。
話によれば、ある田舎に封じられていた怪異なのだそうだ。その姿は様々であるが、多くは若い女の姿をしており、異様に背丈が高いことが共通の特徴で、塀から頭部だけを覗かせるのだという。そして年若い男や子供を中心に捕食の対象としている。
さらに、固有の能力とも言うべきか、声音を真似て獲物をおびき出すという手段さえ用いるようだ。俺も以前は、この能力にやられていた。
ある高校生がかつて祖父母の家で遭遇した、という体験を語っており、その際は地元の言われを守ることで難を逃れた。
地蔵、道祖神によって封じられていたものの、いまは封印のための地蔵が破壊されており、どこにでも現れる存在になってしまった、というオチで八尺様の話は締めくくられる。
「奇妙な点も多いですけれど。地蔵というのは、内側を外側から守るためのものであって、内側に押し込めるものではないのですし」
「その人がちゃんとした知識を持ってるとは限りませんよ。あくまで封印結界を生み出すための礎として設置されたものかもしれません」
「そう考えるのが自然ね。無論のこと、すべてを本当のこととするのも、これから相手にする八尺様がいま語った通りのものとも思うべきではないわ」
隣に座る響子さんは釘を刺すためにあえて言う。
だが、それでも八尺様のことを何も知らないよりずっとマシだ。
「けど不思議ですよね。白いワンピースにつば広の帽子って、どうにも変なイメージですけど」
「変、というのをもっと具体的にしてもらえる?」
「そうそう見たことある人いないと思うんですよ、そんな女の子。でも、その姿は既視感がある」
「私にはよくわからないわね。支局長はいかが?」
運転手を務める支局長に話題を振ると、彼もまた俺と似た感想を抱いているようだった。
「葉沼くんの意見はわかるな。もしかすると、姿そのものも彼らの意図するところがあるかもしれない。なにせ、彼らにとって服も帽子も装飾に過ぎないはずだ」
「そうですね。何かを選んで纏っているのであれば、戦略的、いいえ、呪術的意図があってもおかしくないです」
助手席に座っている鶴喰が支局長の意見に同意した。
「……もしかして、女子ってそれくらい考えて服を選んでたりするのか」
「まさかー、そんなことないですよ?」
目が笑ってないぞ鶴喰。
ごほん、と響子さんは咳払いをして、場を引き締める。
「八尺様の原型として、山姫や山姥の妖怪が語られるわ」
「それなら聞いたことある。確か地元でも……」
「これも全国に見られる話ね。山に現れる大女の妖怪。男の血を吸い尽くすとも言うわ」
日本版吸血鬼、とも言うべきか。いいや、語られる年代を考えれば山姫の方が古いかもしれない。
「吸うのは血に限らない、とも言うけれど」
「え、そうなんですか?」
俺が言うと、響子さんは窓の外を眺める。鶴喰はびくりともしなかった。
「血は生命力の象徴よ。男は他にも、そういうものを持っているでしょう?」
「……ああ、つまり」
言いかけたところで、響子さんのチョップが頭に直撃する。
危ない、自爆するところだった。
「それで、倒し方は」
「さあ? 山姫でさえ、倒し方がわからないのだもの。物理的に殴るほかないでしょう。雪花ちゃんの擬神器は通用したようですし」
「いつも通り、ってことですね」
そこまで話すと、響子さんが目星をつけた駐車場に到着する。
コンクリートでできた四階建の駐車場だった。夜も九時ごろになると出入りもめっきり減るだろう。俺たちにとっては好都合だ。
俺たちの車は中にまで入らず、入り口で停車した。俺と響子さん、鶴喰の三人で車から降りる。
この一番上に、八尺様がいる。ここまで近づけば俺も明確に気配を察することができる。
けれど、妙だ。昨日遭遇したときよりも気配が大きい。
「響子さん、何か変です」
「同意見よ。あんたの勘は正解」
お墨付きをもらう。妖的直感、すなわち第六感とも言うべきものについて、北海道支局で一番鋭いのが俺だった。次いで響子さんが得意であり、彼女と意見が同じということはほぼ確実と言っていいだろう。
「……私にはわかりませんが」
「行けばわかるわ。急ぎましょう」
俺たちはエレベーターを使い、屋上まで上がる。
扉が開くとそこには、八尺様がいた。
見間違えるはずがない。帽子に白いワンピースを身につけた怪異なんて他にはないし、俺は昨日も出会っている。
でも、なんだこのサイズは?
三メートルは優に超えている。
前に遭遇したときよりはるかに大きい。
そうか、こいつは、大きくなっているんだ。
「八尺、なんて大きさじゃない……」
鶴喰が思わず口をついた。尺、というのはおおよそ三十センチメートルのことを言うらしい。
いまのこいつは、十尺はあった。
「ぼうっとしない! 散開!」
響子さんの指示で、俺たちは動き出す。
八尺様はすでに俺たちの存在を認知している。隠れたところで無意味であったが、車の陰にそれぞれ身を潜めるのはもはや癖だった。
ぽぽぽ、とまた鳴いた。泡の割れる音のような、男の低い声のようなその鳴き声は八尺様のものだった。
駐車場の縁に座るようにしていた八尺様は、ゆっくりと立ち上がる。なんと、さっき見て取った大きさはまだ座ったときのものだったのか。
全長は六メートル弱。でかい、でかすぎる。
成長しているとでも言うのだろうか。昨日の鬼はよほどいい栄養分だったのか。
現代妖怪と呼ばれるものたちは、古の妖怪との縄張り争いに負けてしまう傾向にある。だが、この札幌という地では別だ。
鬼を食らった八尺様は、その力を取り込んで増長したのだ。
「あんな急にでかくなることなんかあるのか!」
「わかりませんけど、異常ではあります! あれが真の姿であったならばわかりますが!」
鶴喰が答える。その通りだ。急成長、って言ったって限度がある。
だが、八尺様の怪異のタネは割れている。声音を操ることでおびき出す。姿を誤認させる力である。
ぽぽぽ、と八尺様がまた鳴いた。
もう騙されないからな、と俺は八尺様を見据える。
白い帽子、白いワンピース。見たこともないのに、既視感を抱かせる姿だ。
俺は八尺様に向けて走り出す。右腕に封じられた猿神をわずかに解放した。溢れる霊力は神威によるものだ。いくら現代怪異とは言え、妖怪であるならば、猿神の力で倒せないはずがない。
鶴喰が飛び出すのと同時に、俺も駆け出した。
短刀と拳という、怪異に対して不利になりうる得物を扱う俺たちだったが、利点もある。短い武器は取り回しがよく、連携がとりやすいということだ。
鶴喰の一撃目は空を舞った。しかし、雷を纏った一振りは周囲へも影響をもたらす。霊力の雷撃が八尺様へと追いすがった。
雷の範囲から逃れようとする八尺様を追う。
だが、八尺様は思ったより機敏に動く。彼女は浮かんでいた。足をつけていないから、巨体であっても素早い。
右腕が空振る。八尺様が避けてみせたのだ。だが、それは逆に、猿神の力を恐れていることの証拠でもある。
「すまん鶴喰! 次は合わせる!」
俺は車両の陰に隠れて叫ぶように言った。
なるべく八尺様と目を合わせないようにする。気配はしっかりと掴んでいた。
右腕の包帯をさらに少し解く。力を解放するということは、俺が猿神に近づくことを示しているものの、制御は上手くいっている。
「ぱいせん、今度は私が合わせます! 好きなタイミングで出てください!」
返事があった。俺は少し安心する。
ひとりで戦っているわけではない。鶴喰は俺より年下であるが、怪異と戦うのであれば俺より巧者だった。
息を大きく吸って、吐き出す。この戦いに柊さんの命が懸かっている。助けられるかもわからないが、ここで倒すしかいまは道がないのだ。
心の中でカウントダウンを始める。集中力の高まりとともに霊力の高まりを感じた。
三、二、一……いま!
俺は車の裏から飛び出そうとした。
パシン、と乾いた音が響く。
次いで襲ってきた頬への痛みで、自分がビンタされたことに気づく。
いったい誰が、と顔を向けると、そこにいたのは響子さんだった。その顔は呆れと怒りが混ざったものだった。
「目、覚めた?」
「……え?」
そう言われてようやく気づく。
俺は車の陰なんかには隠れていなくて、駐車場の真ん中に立ち往生していた。
それどころか、いますぐに八尺様へと歩いていこうとしていたのだ。




