1-5 相対性理論
……アホなことを言うな、と一蹴するのは簡単だろう。
いや、いつもだったら未来からの電話ですと言われて、あ、そうなんですね、とはならないだろう。
けれども、柊さんの切羽詰まった様子を聞いていると、本気であることがうかがえた。
「もっと詳しく教えてほしい」
『え、ええっとね。私、東西線乗ったでしょ? 気づいたら寝ちゃってたんだよね。慌てて降りたら、知らない駅だった』
「駅名は」
『しんあさぶ駅、だって。新しいに、南北線の方じゃなくて、麻に布で、麻布』
いよいよもってわからなくなってきた。札幌に来てから半年近く経つが、そんな名前の駅は知らない。
いや、いや。俺が落ち着かないでどうする。まずは柊さんの状況をしっかり把握しなければ。
これでも、PIROの妖怪ハンター、なのだから。
「いま柊さんは、その駅にいるんだな?」
『う、うん。どこなんだろうここ』
「周りの景色は……地下鉄なんだったか」
『地上駅なんだよね。周りは住宅街で、遠くに何か塔みたいなものが見える。でもあれ、何なんだろう。百年記念塔にしては、なんか変というか。あと、誰もいないんだ。薄気味悪いくらいで。ついさっきまで誰かがいた、っていうわけでもなさそう』
なるほど、と状況を頭に入れつつ、俺は狸小路の方へと向かった。
目指す先はPIRO北海道支局だった。時刻は夜八時。鶴喰と響子さんは九時まで待機のはずだ。
「その、未来っていう確信はどこから」
『それが聞いてよ。今度公開されるアメコミあるじゃん? あれの次回作ポスターが貼ってあってさあ、ホント、ショックすぎるんだけど。ネタバレされた気分』
すまん、笑ってしまった。
『2017年夏公開って書いてある』
「一年後か……」
それがなにを意味するのかはわからない。だが、確かに未来にいるようだ。
『ごめん、電池がまずいかも。本当にやばくなったら、また連絡する』
「そう、だな。連絡手段がなくなる前に切った方がいい」
『うん。……ごめん、めちゃくちゃ言ってるよね。ありがと』
俺が返事するより先に、電話が切られた。仕方ない、と思いながらも俺はまっすぐ狸小路を抜けていく。
大きな通りから一本抜けた中にある雑居ビル、その二階にあるのがPIROの事務所だった。札幌チームの活動拠点であり、北海道中の人員を管理する場所でもある。
郵便ポストには超常現象対策捜査局北海道支局と書かれている。多くの人が首を傾げそうな文字列だった。
俺は階段を駆け上がり、勢いよく扉を開けた。
「え、あ、ぱいせん? どうしました?」
ソファでのんびりしてるのは鶴喰と響子さんだった。向かい合ってケーキを食べている。響子さんの表情を含めて、明らかに不健全な現場を目撃してしまった。
「ずいぶん騒々しいわね」
制服姿のままの二人に加えて、もうひとり、珍客がいる。
戸来菜々実、国籍不明、自称「天使」の女の子。見た目は中学校にあがったくらいだが、人種なども判別できない、不思議な子だった。
鶴喰は立ち上がると、こちらに目線もくれずに、刺々しい口調で言う。
「響子さんからは合コンに行ってると聞いて……」
「鶴喰、助けてくれ」
「……え?」
そんなに意外な言葉だっただろうか。
いや、自分がオフの日であるにも関わらず。夜になって押しかけていくのは確かに、異様だったかもしれない。
「どうしたんですか、一体」
「俺のクラスメイトが、未来に飛ばされた!」
三人が三様に怪訝な表情を浮かべる。
たぶん、その反応は正解だ。
「落ち着いて話をしてください。未来って、正気ですか」
「俺を疑うな。かいつまんで、要点を話す」
俺は三人に向けて説明をする。同級生と駅で別れたこと、地下鉄に乗っているうちに未来世界にたどり着いたこと、見たことのないポスターと日付のこと。
ううん、と首を捻る鶴喰だったが、答えを出したのは響子さんだった。
「異界駅の怪異ね」
「……なんですか、それ」
「ぱいせん、勉強不足すぎますよ。響子さん、その線は濃厚ですね」
異界駅、と言うと紛らわしくなる。多く存在する、電車の駅にまつわる怪異のことだ。
電車に乗っていると見知らぬ駅に着き、さまよっているうちにそこから抜け出せなくなるというものだ。
この怪異が語れるのはネット上のみだ。多くの人が掲示板などに書き込むことによって自らの窮状を知らせるものの、助かるかもしれない、と言ったあとにまったく連絡がとれなくなる、というのがパターンのようだ。
きっかけは有名な『きさらぎ駅』という怪異だ。静岡県に現れた怪異であり、それはインターネット上のみならず親にも救援を求めたのだという。しかし、翌朝に出会った車に乗ったきり、行方が知られなくなったという話だ。
響子さんの解説を聞いて、俺は大いに納得した。未来である、という点を除けば概ねの筋は合っている。
「柊さんが着いたのも、その『きさらぎ駅』なんですね」
「だから、異界駅よ。あくまで駅の怪異のこと。インターネット上で言われている全てが真実というわけではないけど、呪術的な話をすれば不可能ではない。結界内であっても、電波までは遮断できないですし」
「でも、それは大結界の呪術ですよ。駅の空間を丸ごと変えるなんて」
鶴喰は言った。結界の呪術は比較的簡易なものであるが、駅を丸ごと変貌させるほどの呪術となれば、相応の準備が必要となる。
「ええ、もちろん。だからまだあくまで可能性。それに、結界だと解釈するにしても強引よ。他に人がいない、とは言うけど、じゃあ電車はどう運行されるのよ」
「そうしたら、本当に異界へと行った?」
「そっちの方が妥当よ、残念ながらね」
呆気なく、響子さんは言った。俺が助けを求めるように鶴喰の方をみると、彼女は神妙な顔を浮かべている。
「ぱいせん、私もその線が濃厚だと思います。そもそも、どうして現代怪異がこの札幌で多く起こるのかを考えれば、呪術であるよりもそっちの方がより強い可能性が高いです」
「札幌が、現代怪異に溢れる理由?」
「……この間、講義したはずですけど」
「わかってる、わかってるんだが」
くそっ、こんなときに俺の不真面目が出るなんで。
もしかすると、電話をしているうちに解決策を伝えることだってできたかもしれないのに。
「古来からの妖怪が、本州と比べれば圧倒的に少ないこと。和人の歴史はここ百年程度のものですから、神道に言われる神々や江戸時代にまで伝わる妖怪の類がまったくいないんです。すると、縄張り争いが起こりにくくなり、現代妖怪が生きやすくなります」
「ああいうやつらも、古来からの妖怪には負けるのか」
「地勢、信仰など様々な事情はあります。あと、誠に遺憾ながら、アイヌ由来の神の力が弱まっているということもあります。空白地帯なんです、本来は」
そこにやってきた現代怪異たちは、さぞかし生きやすいだろう。
「次に、都市開発によって接している異界面が変わります。橋や門というのはわかりやすい異界との接続面ではありますが、札幌のそれは真新しいものばかり。まったく未知のものが現れやすいんですよ」
「柊さんの電車も、それに巻き込まれた?」
「むしろ、その柊さん、が巻き込まれたと考えるべきでしょうね」
響子さんが補足する。あくまで人を狙った怪異であることを強調したのだ。
「それに、シアンカムイのこともあって龍脈が乱れてます。何が起こっても不思議ではありませんが……未来?」
「いいえ、未来でしょうね」
口を挟んだのは、それまで黙っていた菜々実だった。
俺たち三人が彼女の方を向けば、優雅にお茶を飲んでいる……けど、カップは少女アニメの絵が描かれているので様になってない。
「どういうことだ?」
「おかしな話なんてしてないけれど。その子が光を超える速度で移動したなら、未来に着くわよ」
「それこそ、非現実的なんじゃないか」
「退魔師が非現実的、なんて言葉を使わないことね。あなたが戦っている相手は、元より現の者たちではないでしょう?」
確かにその通りではあるが、限度はあるだろう。光の速度で移動して、肉体が無事であるかなどはわからないし。
「まあ、これはさすがに冗談なのだけれど」
「いまは冗談なんて言ってる場合か」
「もちろん、違うわ。でも、少しは頭が柔軟になったんじゃないかしら」
「……そりゃどうも」
「ちなみにさっきの理屈だと厳密には未来に行けたことになんかならないわよ。だって、周りの時間が勝手に経っているだけだもの。片道切符なんて意味ないわよ」
なんだよそれ。あれか、相対性理論ってやつか。
だが、菜々実の言いたいことはわかった。どうして柊さんが未来へ行ってしまったか、なんて話しても仕方がない。
それよりも、いま彼女がどこにいて、どうやったら助けることができるのかが重要だ。
「そしたら、未来に飛ばされたとして、どう連れ戻すかですね」
鶴喰が場を仕切り直す。
目下、課題はそこだ。仮に柊さんの元へ行けたとしても、戻る手段がなければどうしようもない。
「けど、未来だとして、どうしてそこには誰もいないんだ」
俺の疑問に答える者はいない。
それと同時に、電話が鳴る。柊さんからの着信だった。
鶴喰と響子さんは、黙って頷いた。それを合図に、俺は二度目の電話に出る。




