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4-4 合成魔神

 札幌の地下空洞は、明らかに人口的に掘られたものであった。

 大通公園近辺にあるビルの一角に、その空洞への入り口がある。響子さんの案内で俺たちはそのビルに封されていた鉄扉から、侵入していくことになる。


「……さむっ」


 地下空洞を満たす冷気は真冬のつんざくような空気を感じさせた。吐く息も白い。ここだけ明らかに質の違う風が吹いている。


「これがシアンカムイの力か」

「残留している、と言うべきでしょうね。本体である白竜は解体されたし、いま生き残っているのはむしろあなた自身よ」


 響子さんが言う。見ようによっては、俺自身がシアンカムイと見なされてもおかしくはない。

 それを否定するのは鶴喰だった。


「縁起でもないですから、そういうのは」

「ええ、そうね。でも自覚しておくことは大切よ」

「ぱいせんは、私たちの敵ではありません」


 鶴喰は強くそう言う。響子さんは面白くなさそうな顔を浮かべている。


「……俺がシアンカムイなら、寒がりもどうにかならなかったかなあ」

「呑気ですね」

「呑気すぎね」

「そういうところばかり息ぴったりなのやめてくれませんか」


 異口同音に言う鶴喰と響子さんに、思わず声を荒げてしまう。くすり、と笑ったのは鶴喰で、表情をわずかに和らげたのは響子さんだった。

 角を曲がると、広い道に出る。どうやら入るための経路と龍脈として作られた道は別にあるようだった。

 方角など気にせずとも、向かうべき場所はすぐにわかる。明らかに気の流れが異なっている。自分たちが降りているのは、龍脈の結節点から霊気が溢れ出す方であった。

 霊気に逆らって進むしかないのだが、これは呪いに対抗するにも等しい行いであった。響子さんから守護の術を施してもらった上で、それぞれが自分のできる最大の防御を行わなければならなかった。

 まるで吹雪に抗うかのようにして進んだ。

 どれくらい歩いたか。もはや俺たちには言葉を吐く余裕などない。


「着いたわ」


 響子さんがそう言うと同時、息苦しさは止んだ。

 驚くべきことに、そこにあったのは明らかに人口的に掘削されたであろう空間だった。いままで歩いてきた道も、自然洞窟と言うには整っていたが、その空洞を言い表すならばドームである。

 球の形にくり抜かれ、八方に門が開かれている。そのうちのひとつに、自分たちは立っていた。

 凄まじい霊気が渦巻いているにも関わらず、風はぴたりと凪いでいた。


「こんなものが札幌の地下にあるなんて、どうして気づかなかったのか不思議な」


 鶴喰は驚きのあまり、そう口走った。

 自分たちが安穏と暮らしている場所に隠された秘密が暴かれる。腹の底に何かが溜まっているような不快感があった。


「無理もないさ。ここを作ったのは、君たちの与り知らぬ者たちだ。太古より、大和なりし日の本を操ってきた存在であるからな」


 声が響いた。男の声である。

 それと同時に、聞き覚えのある声でもあった。

 門のひとつよりその人物はやってくる。白衣を身にまとった、無精髭の人物だ。


「石上先生……!?」


 俺は思わず声をあげた。

 心理学の准教授として活動する傍、民俗学と精神の動きを研究している風変わりな学者であり、俺の精神面を診てくれている人物であった。

 だが、さほど大きな驚きが自分の中にはなかった。むしろ、そうなるだろうという納得感が強い。


「君がいたにしては遅かったとも言うべきかな、咲楽井さん?」

「……石上孝太郎、あなたは」


 いいえ、と響子さんは頭を振る。


「あんたから説明をすべきよ」

「そうさせてもらうさ。学者というのは、自分のことを話すのが好きなものでね」


 俺たちと石上先生は空洞の中で対峙する。

 距離にして十メートル。しかし、彼我の距離はそれ以上に感じられた。

 鶴喰は擬神器を構えているし、俺も猿神の封印をわずかに解く。響子さんとて、いつでも術を発動できる構えだ。

 しかし、石上先生は何も構えない。彼からは微塵も力が感じられない。擬神器の気配もないし、何かの術を使う準備をしているようにも見えない。


「さて、説明すべきはどこからかな。ああ、まずは僕が何者か、というところからだ。どこの生まれかというのは、この界隈では一定の力を持つ。貴族社会だからね」


 僕はね、と石上先生は言った。


「かつて、妖が跋扈していた時代に呪術の家系があり、その分家の生まれなのさ。一度は本家に刃向かったけど、それぞれが野心が強かったせいか、カリスマ的指導者に欠けていたのか、すぐに分散してしまったけどね」


 それは近石の家のことも、そうであった。

 彼の家系と同じくするのが石上先生の家系ということなのだろうか。


「本当の家の名前は……物部さ。まあ、それも本当かは知れないな。曾祖父さんが勝手に名乗っていただけだから」


 もはや何が本当で何が嘘なのか。それはおそらく、石上先生にもわかっていない。

 だが、名こそが重要である世界だ、というのはその通りである。


「ならばどうして、コックリさんなんてものを流行らせたのです。物部と言えば呪術の大家、その子孫ともなれば、分家と言えど優れた術者に違いないですよね。それがなぜ、コックリさんなんて」

「実験だよ。新しい術のね。けれど術の大半は喪失してしまった……。だから、うん、いまの怪異を使わせてもらったんだ」


 ああ、コックリさんだけじゃない。石上先生は言う。


「きさらぎ駅、カシマさんだってそうだとも」

「…………」


 思わず絶句。恨み言のひとつでも吐くべきか。

 だが言葉は腹の中で溶けて消えていく。代わりに湧き上がってくるのは、吐き気のような罪悪感だった。


「それで、何が目的なのかしら。あなたの行いは不用意に呪いをばら撒くもの。そんな行為にいったい何の意味が」

「珍しく察しが悪いね、咲楽井さん。それとも、ああ、古来の呪術者からは想像もできないか。それこそが狙いなのだよ?」

「……まさか、あんた、本当にただ呪いをかけたかっただけなの? ふざけないで。それでは過程が目的になている」

「その通りだとも。葉沼くんはわかってくれるんじゃないかな?」


 石上先生は俺にそう言葉をかける。鶴喰と響子さんの視線も、わずかにこちらへと向いた。

 しゃべりたくない。でも、俺の口は勝手に言葉を紡いでいく。


「石上先生はその術で何かをしたかったわけじゃない。ただ、ただ術を使いたかっただけ……」


 なんという身勝手。なんという利己的理由。

 世界を救うため、滅ぼすためだなんて大それたことは期待していない。けれども、人を傷つけたにも関わらず、その傷は彼の中に何も残していない。

 そんな自分勝手があってたまるか、とすら思うも、その気持ちがわかる自分もいる。


「その通り。葉沼くん、君はよく、人の心を映してくれるね」


 はっ、と呼吸が苦しくなる。

 見抜かれているのだ。明確に俺の劣等感を。

 それもそのはず。一ヶ月に一回の頻度であっても、石上先生はずっと俺の精神と向き合ってきたのだ。ともすれば、俺以上に。


「それは猿真似とも言えるのかな。人の心を映さなければ、人のフリができないんだ。さあ、君はいま、()()()()()()()()()()()()?」

「……ぱいせん?」


 鶴喰がいよいよ、俺の方を真正面に向いた。俺もまた、鶴喰の方を見てしまう。

 しばし見つめ合う。それは決して心地よいやりとりではない。見つめ合う時間の分だけ、体が端から凍りついていくような感覚を覚える。

 息が止まる。吐き出すものも腹にたまり、飲み下したいものは胸で止まる。

 ……それは、敵の前では大きな隙である。


「……火天よ!」

「遅かったね」


 俺たちの知らぬところで繰り広げられていた、暗黙の応酬の決着がついていた。

 石上先生が話している間もずっと響子さんは呪いをかけ続け、一方の石上先生もまた、響子さんに対抗していたのだとそこでようやく気づく。

 響子さんが炎を散らす。だが、その炎を裂くように一本の槍が降ってくる。

 ろうそくの火が搔き消えるように、響子さんは姿を消した。彼女が吹き飛ばされたのだと気づくのに一瞬遅れる。

 壁にうちつけられた響子さんを見る。その腹には槍が刺さっており、腰まで貫通しているのが見て取れた。血は際限なく溢れ、ぴくりとも動く気配はない。

 そして、その槍を持っているモノを見る。

 四本の腕が生えた鬼神だった。手に持っているのは響子さんを刺している槍、そして刀、鎌、金槌である。

 並々ならぬ霊力を放つ存在であったが、なぜいままで気づけなかったのかは明白だ。この空洞を包む霊力の奔流が覆い隠していたのだ。

 その異様が振り返る。首と胸に顔が二つある。ひとつは目を開き口を閉ざしており、胸にあるものは目を閉ざし口を開いている。


「あ、れは……」

「あえて名付けよう。合成魔神リョウメンスクナ。僕の曽祖父物部(もののべ)天獄てんごくが遺した式神だ」


 異形の鬼神が、吠えた。

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