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3-10 もうちょっと空気は読んで

 コックリさんの騒ぎから次の日、俺はいつも通りPIROの事務所にいた。

 事件は無事に解決し、キムンシラッキを回収してきたことで終結したとされているが、俺たちはそのさらなる黒幕に迫るべく活動することが決まっていた。

 怪しげな術を流行らせる者、それは誰なのか。まったく見当がつかないが、その辺りは響子さんがどうにかすると言っていた。古い術を使う彼女からすれば、許せないこともあるだろう。

 一方で俺と鶴喰は、しばらくの休養を言い渡される。猿神の封印の様子見と、解けたとは言え鶴喰にかかっていた呪いの影響を見るためだ。

 そのために事務所にしばらく通う羽目になったのは、少し面倒であるが、それも仕方ない。業務も合わせてやれば生活費の足しになるというものだ。

 俺と鶴喰はいま、会議室に二人でいた。

 企業の会議室を思えば狭いかもしれないが、中学生と高校生の二人が使うには広すぎるだろう。

 その広い空間で、俺と鶴喰は隣り合って座っている。

 俺は上半身裸になって、右腕を鶴喰に預けていた。あえて封印を解いているからか、猿神の腕が表出してしまっている。

 鶴喰が右腕に包帯を巻きつけていく。そのたびに猿神の力が弱まっていくのがわかる。戦いで消耗した分はすぐに補充され、元の長さを取り戻していた。

 呪具の巻き直しは、俺が高校に入学して少しするまで、監視役としてずっと鶴喰が担っていた作業だ。高校に入れば必然、鶴喰と離れる時間が長くなるから、自分一人でできるようにしていた。

 それからも何度か、他人に巻いてもらった方がきつくできるという理由で鶴食に巻いてもらってきたが、いまはその日ではなかった。

 鶴喰の方から、やる、と申し出てきたのだった。

 無言の時間が続く。昨日のコックリさんにまつわる出来事で、鶴喰は大いに傷ついたのだろう、と思う。

 そこにかける言葉はなかった。下手な慰めの言葉をかけたら余計に傷つけてしまいそうで、そして俺にはきっと、鶴喰をそうやって傷つける資格なんてないのだ。

 だから、彼女がやりたいと言ったことをやらせるしかない。

 俺には鶴喰がわからないのだ。


「……今日、みんなに謝ってきました」


 包帯を何度も巻きながら鶴喰はそう言った。


「ちょっと強引だったかなと思いましたし、迷惑だったと思うので。田城さんは素っ気なく、ならいいよってだけ言ってくれて。荒木さんとはちょっと仲良くなったりしました」


 ぽつぽつ、と鶴喰は今日の出来事を語っていく。

 田城さんとは元どおりの関係に。バスケ部の主将である荒木さんとはそれなりにお互いのことを知ることができたようで、笑顔をこぼしていた。


「矢部さん……由貴ちゃんともお話して、少しずつわかり合おうということになりました」


 それはきっと、生まれのことだ。自分がどこからやってきた者であるのか、というのは時に励みになり、重みになる。どう折り合いをつけるかは人それぞれだ。鶴喰は背負うことを選び、矢部さんは下ろすことを選んだ。

 どちらも尊重されるべきことで、でも違う選択をした者とどう生きていくかは難しい問題だろう。

 それでもきちんと、向き合うことを決めたのだ。


「琴音ちゃんとも、話したんです。昨日のこと、私のこと、コックリさんのこと」


 自分がいかなる者であるか。何と戦っているのか。親友と呼べる人にさえ隠していたことを伝えるのは、何よりも大変なことのように思えた。

 ……そして、俺はひとつ、確かめていないことがある。

 それはコックリさんを使って、春日井さんが何を知ろうとしたのか、ということだった。

 鶴喰はその核心に触れない。俺もまた、そこに踏み入るのを良しとしていない。

 だが推測は立てることができた。それを口にするのはあまりに恥ずかしいけど。


「お前はよかったのか、それで」


 つい、俺は言葉を漏らしてしまう。鶴喰はくすり、と笑う。


「よかったんです。どんなときも味方してくれる人がいるみたいですし」

「へえ……」


 思わず視線を外してしまう。

 いつか俺も、近石や柊さんに告げる時がくるのだろうか。

 妖怪たち……時に怪獣とも呼ばれる巨大生物とも戦わなければならないということを。

 そしてこの身には恐ろしい獣を宿していることを。

 唸っている俺に、構わず鶴喰は話し続けた。


「あと、聞いてください。克くん、よくわかんないけど急に告白してきたんですよ」

「えっ!?」

「断ったんですけどね」


 そのことに、どうしてか無性に安心する俺がいたことに、自己嫌悪を覚える。

 鶴喰が誰といるかなんて口出しすることではないだろうに。


「意外でした。私、あの人苦手なんです。いつもまっすぐじゃないというか、回りくどいんですよ。いちいち行動するのに噂流したり、告白するのに断れないように空気作ってたり」

「女子って、そういうの敏感なんだな。俺にはわからない」

「ぱいせんはそれでいいんです! いや、もうちょっと空気は読んでほしいですけど」

「なん、だと」

「本気で心外そうな顔をしないでください!」


 それでですね、と鶴喰は強引に話を続ける。


「まあ、少しは見直しました。琴音ちゃんも由貴ちゃんも任せられないですけど」

「……俺が言うのもなんだけどな。そういうギャップ狙いだぞ、そいつ」

「え、ほんとですか?」

「ちょっと殊勝なところを見せればドキッとするかなあってやつだな」

「なるほど、確かにそういうことも……まあ、ぱいせんが男前なところ見せてくれたらドキッとするかもしれませんけど?」

「いつも俺が男前じゃないみたいな言いようだな」


 俺が言い返すと、鶴喰はくすりと笑う。少しこそばゆくなって、よそ見をした。

 いつもの調子、と思うも、果たしていつもとはどういうことだったかわからなくなっていた。

 この数ヶ月の間繰り返される騒動に、俺も鶴喰も疲弊しているのかもしれない。それとも、何か強引な変化が訪れるているのだろうか。

 俺は高校に入学したし、鶴喰だって友人との関係が変わりつつあるかもしれない。

 そんな風に考えをめぐらせていると、ぽんと肩を叩かれた。


「できました。いかがです?」

「ん、悪くない」


 肩をぐるりと回す。動かしにくさはあるけれど、しっかりと巻かれていた。

 自分のワイシャツをとってボタンをはめていく。すでに六月だが、まだ気温はあまり上がらない。しかし北海道も、札幌を含む地域のみらしく、冷夏だとはニュースでは言われていない。

 肌寒さから腕をこする俺に、おずおずと鶴喰は声をかけてくる。


「あの、前から気になってたんですけど」


 傷ついたらごめんなさいね、と前置きをしてから、鶴喰は言った。


「ぱいせんって、脇に毛は生えてないんです……?」

「いや、剃ってるんだけど」


 何を聞いてくるかと思えばそんなことか。もっと大事なことでも聞いてくるかと思ってたが。

 ぽかん、とした顔を鶴喰は浮かべるが、途端に堰を切ったように吹き出した。


「ぷっ、あ、あはははっ。うそ、まじですかぱいせん!」

「笑うな! お前に腕の面倒見せるっていうから剃ってるんだぞ!?」

「か、かわいい、可愛いですね?」


 俺の反応を見て鶴喰は笑っている。よほど意外だったか、腹を抱えるほどだった。

 むっとした俺は、つい思ったことをそのまま口にしてしまう。


「……見せろ」

「えっ? な、何をです?」

「お前も見せろ」

「な、なな」


 俺の言葉に鶴喰はたじろぐ。ががっ、と椅子の引く音ともに少しの距離が開いた。


「馬鹿なことを言わないでください! 変態猿ぱいせん!そういうところが男前じゃないって言ってるんです!」

「人のを見て笑っておいて、それはないだろ!」

「うぐっ、そ、そうですけど! 私は女の子ですし! 見せるとなると、その、上を脱がないといけないですから」

「じゃあシャツの上からでいいから」

「そこまでして見たいんですか!?」


 わかりましたから、と言って鶴喰はカーディガンのボタンに指をかけた。

 ……ちょろい、ちょろすぎる。押しに弱すぎやしないか、と不安になるほどだった。

 勢いに任せて言ってしまったが、まさか本当に見せてくれるとは思わなかった。

 ひとつひとつ、俺の様子を伺いながら鶴喰はボタンを外していく。その様はなんか色っぽい。

 カーディガンだけとはいえ、女の子が自分のために服を脱いでるというシチュエーションはかなりまずいのではなかろうか。

 脱いでカーディガンを椅子にかけた鶴喰は、腕を上へとあげた。


「ど、どうですか」


 ふむ、と俺は顎に指をかける。

 顔を真っ赤にしながら鶴喰は、ちらりと俺を見る。


「夏服の時にもう一回頼む」

「……バカ!」


 ストレートな罵声とともに、グーが顔に飛んでくる。意識が飛ぶようないいパンチだ。

 うるさい! と事務の人にこっぴどく叱られたのは、そのすぐ後のことだった。

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