1-3 理想の高校生
クラスメイトの女子と遊ぶことは、果たして合コンと呼びうるのか。
そんな疑問を口にしなかっただけ空気を読んだことを褒めてほしい。参加した男子の誰もがその事実から目を逸らして、自らが参加する催しは合コンであるぞ、と豪語したのだった。
高校を入学したばかりの男子にとって、あるいは女子にとっても、異性と何かすることは特別感があるのではなかろうか。中学校以上に、恋愛というものが身近になる。身近な経験か、問題かはさておきだ。
けどまあ、特別なことなんてないようにも思う。友達になれば普通に遊びに行くんだし、あんまり異性を特別に思わない方が身のためという気がする。
じゃあなんで来たかと言えば、ついつい頷いてしまった以外がなかった。
青春なんてものに憧れていたわけではない。高校生活は難なく過ごそうと思っていた。が、どうにも以前、猿神に憑かれるより前にどうしていたかが思いだせないでいた。
感覚の違い。見えるもの、触れるもの、聞こえるもの……第六感。そうしたものが、俺の見える世界の認知を変えている。常に神通力を用いているようなもので、いま俺が見えているものは、他の人が見えているものと異なっているのだ。
だから、なのだろうか。思い出も遠いものに思えているし、目の前の課題に焦りがあまりない。
つまるところ、現実感を喪失している。
ふう、と吐いた息が白かった。合コンの会場はすすきののカラオケ店だった。格安でドリンクバーも使えるものの、階段は外に露出しているため凍える。
なぜ階段にいるかと言えば、端的に言って、一時間で場違い感を抱いてしまった。流行りの曲とかドラマの主題歌とかさっぱりだし、アイドルも興味がない。そもそも音楽とは、いったいみんなどこで仕入れてくるのだろう。家で聞くものと言えば……アシッドジャズ、とか。
歌う、ということにまったく不向きであるということに気づき、二曲程度をどうにか歌ってから抜け出したという具合だった。
踊り場でひとり、スマートフォンを開いた。母親から数週間前の送られてきた桜の写真を見る。地元の岡山ではもう散っているようだが、こっちではようやく咲く兆しを見せはじめた程度だった。
満開になるのはゴールデンウィークも終盤という頃らしく、PIRO北海道支局では花見をしてはどうかという話があがっている。
「あれ、葉沼、ここにいたのか」
後ろから声がした。階段を上った先に、俺と同じブレザーを着た者がいる。
一緒に遊びに来たクラスメイトの、確か……。
「近石か」
「カラオケ苦手なら言ってくれればいいのに」
「……やっぱりわかる?」
上手く隠してたつもりもなかったけど、しっかり見られていたことに少しの恥ずかしさを覚える。
近石栄司。俺の隣に座る男子だ。騒がしいタイプではないが、よくしゃべる方だろう。
俺の隣にやってきた近石は、疲れたようにため息をついた。
「俺も苦手なんだけどな」
「ヒーローものばっかり歌ってたけど」
「ほら、みんなが知ってる曲と言えば……な?」
なるほど、確かに。むかしに見ていたものは、わりと共通しているものだ。それに、いまでこそその歌詞を理解できるというものでもある。カラオケでどう選ぶかはセンスが問われるところではあるが。
「好きなのか、日曜日の朝のとか」
「俺としては土曜日の夜だけどね」
それもなんかわかる。わかるけど、いまは少し、タブーになっている。
怪獣が現れてからこっち、怪獣モノの特撮やアニメなんかは規制されていると聞く。
『甲府の惨禍』から一年が経とうとしていた。あのとき現れた鳥型の怪獣ヤタガラスによって、特殊害獣という存在が認知された。それから全国各地に怪獣が現れて、国家として致命的な被害が出ながらも、どうにかやっていけている……というのが現状だった。
地震や台風と同じ災害であると考えられつつも、何らかの意思を持ち、それは自分たちの予測し得ないものであるという恐怖が人々の間に流れていた。
そして、この札幌という街もそうだった。一月に現れた冷凍怪獣シアンカムイは、このすすきのからすぐ近くにある大通公園で暴れたのだ。幸いにして、被害は最小限であったものの、それでも大きな爪痕をつけていった。この都市の象徴たる札幌テレビ塔が破壊されたのは、札幌の住民たちに深く刻まれた記憶だった。
「こういうときこそ、ヒーローが必要なんだと思うけどな」
光の巨人でなくたって、ロボットでも何でもいいんだ。近石が言った。
「ヒーロー、か」
「いてもおかしくないとは思うんだけどなあ。自衛隊の活躍でどうにかなってる、みたいに聞くけどさ、そうじゃないって噂もあるくらいだし」
表情にリアクションを出さなかったことを褒めてほしい。というか、心臓に悪い。
そうか、噂になっているのか。わからなくもない。自衛隊が倒したにしては、爆撃機は飛ばないどころかヘリのひとつも来なかった。代わりに不可思議な落雷が観測され、倒されたシアンカムイの姿は凍りついたものだったのだ。もし誰かが目撃して、それが自衛隊の手によるもの、と信じる者はいないだろう。
それに、情報統制だって完璧ではない。いまの時代、インターネットという塞げない穴がある。自衛隊内でもコンプライアンスがあるだろうが、それでも守ることのできない漏洩リスクがある。
シアンカムイを倒したのは、自分たちPIRO北海道支局だ。それに何人かの助っ人を得て、どうにか倒すことのできた相手である。
だがしかし、ヒーローか。
もし本当のことを知ったら、近石はどう思うのだろうか。
「なーに話してんの?」
さらに声がかかる。今度は女子だった。
「柊じゃん。どうしたの」
「どうした、はそっち。二人とも戻ってこないから、帰ったんじゃないかって言ってたよ」
「多村だろ、言ったの」
近石は少し拗ねて言った。
柊和穂、俺の後ろの席の女子である。ショートボブの髪型が朗らかな声によく合っている。スポーツでもしていたのだろうか、階段下から眺める健脚が眩しい。
「で、どうしたの二人とも」
「息切れした」
俺が答えると、柊さんはへえと言った。
「苦手だった、カラオケ?」
「やっぱりバレてるのか」
「顔見ればねえ」
それは生まれつきなんですけど。
だけど、空気は壊してたんだろうなとは思ったよ。
「意外だよね。葉沼くん、こういうのに参加するとは思わなかった」
「俺が誘ったんだよ、な?」
そういえば、そうだった気がする。人数合わせっぽい感じだったけど、一緒に行こうぜと言われて頷いてしまったのだ。
「席、前後なのに全然話さないしさあ」
「そう、だっけか」
「いろいろ聞きたいことはあるんだよね、咲楽井先輩のこととか」
「あ、それは俺も聞きたいわ」
などと、柊さんと近石は口を揃えて言う。
咲楽井、と言われてパッと出てこなかったけど、響子さんのことか。
「俺もあんまり知らないんだよな」
なんていう風に言えば、二人はえっという反応を見せる。
「いやいや、ネタは上がってるんだよ」
「白状したらどうだ」
「取り調べか」
ナイスツッコミ、と言ってくれたのは柊さんだが、近石の追及は半ば本気のようだった。
「付き合ってるんじゃないの?」
「俺が、あの人と?」
付き合ってるどころか、友人ですらないし。学校の先輩後輩というよりもバイトの同僚のように考えるのが妥当か。しかしそのバイトも、内容を聞かれると困る。
説明するのも面倒だけれども、この事態とどっちがマシかと言われると困る。
「そういう関係じゃない。ただ、顔見知りというか」
「あの人、転入生らしいけど……あれ、葉沼くん岡山出身だっけ」
よく覚えてたな。自己紹介でちょっと言ったくらいだったんだけど。
しかし、やったぞ。これで切り抜けられそうだ。
「そ、そう。他所から来た者同士、同じ人のお世話になってて、そういう顔見知りなんだよ。だから、まあ、あんまり詮索しないでもらえると助かる」
「そっかそっか。悪いこと聞いたね」
柊さんの方は納得してもらえたようだった。近石もしぶしぶとではあるが引いてくれた。
危ない危ない……なにが危ないって、そんな噂になってると響子さんに知られた後が危ない。焼死体がひとつ、夜のすすきのに転がってることだろう。
「柊さんはどうしてここに?」
話題を変えよう、と思ってつい蒸し返してしまった。
けれども、柊さんは嫌な顔をせず、けれども少し困ったように笑って言った。
「んー、実はね、私もちょっと苦手かも、こういう遊び。高校生って難しいね」
近石が柊さんとまったく同じ笑い方をした。たぶん、俺も同じ顔をしている。
難しいよ、俺たちが思うような高校生になるのって。




