3-3 そういうものだから惹かれてしまう
俺が卒業し、鶴喰がいまも通っている南茶良中学校は札幌市の北区にあった。
いまとなっては高校の方が長く通っていることにも驚いたが、学校を前にしてその景色が遠い過去のように思えてしまったことに動揺した。
そういえば、こんな学校にも通ってたんだったか……。
思い出の中と言うほど綺麗なものではないが、記憶から掘り起こさなければ、他所の学校であるような意識があった。
尤も、俺がこの学校に編入してから、四ヶ月……日数にして二ヶ月にも及ばない程度にしか通っていないのだったから、当然であるかもしれない。
身体は覚えていたのか、鶴喰とともに校門を潜る。守衛の人には「OBです」と告げただけで通してもらえたあたり、少しセキュリティが不安だ。
坂芝さんは近くにパトカーを停めて待機してもらっている。警察がいないことで捜査が捗るだろうということだから当然であった。無論、なにかあればすぐに飛んできてもらえるようにしてもらっている。
俺と鶴喰であれば、荒事ならば乗り越えられるだろうとは思うが。
放課後で生徒のほとんどは部活動へと出てしまっており、廊下は人通りが少ない。
その少ない生徒たちは、奇妙なものを見る眼を俺に向けている。
高校生がいる、というだけで異様である。それに、俺が着ている制服は独華第一高校のものだ。札幌市内では有名な公立進学校であるから、注目を集めてしまうのかもしれない。
あの人が、という声が聞こえた。
「ぱいせん、有名人ですから」
鶴喰はそう言った。俺がその真意がわからず視線だけを向けると、ため息をついて解説をする。
「変な時期に転校してきて、進学校の枠をひとつ取っていったんですから、当然です」
「……そういうもんか」
あまりにもかけ離れた感情だった。言われるまで思い当たる節もない。
むしろ鶴喰と一緒にいる方が注目に値するのではないか、とも思ってしまう。
俺ほどではないが、鶴喰も交流が広い方にはあまり見えない。友達に対する要求が高いのか、あるいは彼女の孤高とも言える態度が他の人からの接触を躊躇わせてしまうのか。
前を歩く鶴喰が口を開く。
「矢部さんは図書委員です」
矢部由貴、という女子生徒が狐の印の押された石を持っていた高校生、山井透子が最後に会った人物である。
図書委員、というイメージ通りおとなしい子であると、鶴喰は言った。
「琴音ちゃんとも友達で、私も話したことがあります。ただ、他にあまり友人がいた印象もなく」
「なるほど、そういう子だから押し付けたわけか」
「ぱいせん、言い方が悪いです」
けれど鶴喰は否定しない。
きっとそうなのだろうと彼女も気づいているからだ。
山井という人は、あの狐印の石が何物であるか気づいていたかは知らないが、危険なものであるという認識はあったのかもしれない。
俺たちは図書室へとたどり着く。結局、在学中に一度も踏み入れたことなかったこの場所に、PIROの仕事として来るとは思いもしなかった。
中に入れば、カウンターに座る少女がいた。何かに集中しているわけではなく、ただぼーっとしているようにも見える。
「矢部さん」
「あ……鶴喰さん?」
鶴喰が声をかけると、矢部さんという女子生徒は驚いたような顔をする。
確かに鶴喰も図書室に何かしらの用事があって訪れることは滅多になさそうだ。それも、俺を伴ってというのは予想していなかったかもしれない。
「いま、時間ありますか? 話があって」
「……少し待ってください」
そう言って彼女は、後輩に一声かけて図書室から出て来る。無言で歩く彼女は、話しをする場所に心当たりがあるのかまっすぐ進んでいった。
人の少ない奥の階段までやってきたとき、ようやく彼女は口を開いた。
「それで、鶴喰さんはなにを聞きたくて」
「辛いことを聞いてしまうようだけれど、先日、お知り合いが亡くなったと聞いて」
「……透子お姉ちゃんのことですか」
それはひどく非難の意思のこもった言いようだった。
「鶴喰さんも、そういう人だったんですか」
「い、いえ、そうではなくて」
うろたえる鶴喰の姿は珍しい。それだけに彼女の動揺ぶりが伺える。
俺はそっと助け舟を、いいや、もっと問題をクリアにするために言葉を挟んだ。
「俺たちが知りたいのはそういうことじゃない。これを知ってるか聞きたいんだ」
スマートフォンで撮影した、狐の印が押された石の写真を見せる。
今度は矢部さんが動揺する番だった。
「どこでそれを」
「流行ってるんじゃないのか?」
「そういうものだとは聞いてません」
「じゃ、どういうものなんだ?」
はっとする矢部さんに、俺は確信を得る。
この子は隠し事をしている。そしてそれをやましいことだと思っている。
「教えてほしい。これはいったい、何なんだ?」
「わかってて聞いてるんじゃないんですか」
「だったらこんな回りくどいことはしない。それに……山井さんにも関わることだと思う」
そしてそれは、矢部さんが一番よく知っていることだ。
心当たりがあるから、こういう反応をするんだろうということはわかる。
自分の性格の悪さにも辟易しながら、それでもこれが最善であると信じて尋ねる。
矢部さんは躊躇いつつ、こちらを見ようともしないまま言った。
「それは、コックリさんに使う道具です」
「……え?」
コックリさん。それくらいは俺でも知ってる。五十音の書かれた紙に十円玉を置き、指で押さえながらコックリさんなるものに願い、様々な問いに答えてもらうのだ。
けれどそれも、ブームがやってきたのはずっと昔のことだ。俺の親より少し前の世代だろうか。
スマートフォンが流通するこの時代にそぐわない、ずいぶん古典的な物だ。案外、そういうものだから惹かれてしまうのかもしれない。
「これを使って、コックリさんを?」
「はい、そうです。この石に指を乗せて、使いました」
「この石はいま誰が持ってるの?」
「それは、わかりません」
鶴喰が聞けば、矢部さんは首を横に振る。
俺たちが一番に知りたいのは、まさに石の在り処だった。この石がコックリさんに使われたのであれば、それは早急に処分しなければならない。
「私が受け取ったものではあるんですけど、透子お姉ちゃんがあんな風になるなんて知らなかったので、そのままにしてしまって……」
「そのままにしたって」
「私、先に帰ってしまったので」
やはり、他に協力した誰かがいるのだ。コックリさんは一人で行うものではない。三人ないし四人を必要とする。
俺と鶴喰は少し視線を交わす。これ以上、矢部さんを問い詰めても無意味だろう。
「その、他の人は誰なんですか?」
「……田城さんと荒木さん、春日井さん」
重い沈黙が訪れる。鶴喰の顔から感情が抜け落ちた。
俺はあわてて鶴喰の前に出る。
「ありがとう。また何かあったら図書室に行くから」
「いえ……やっぱり、その石のせいで透子お姉ちゃんは」
「わからないけど、大丈夫だから。うん、じゃあ、また」
強引に鶴喰を連れてその場を去る。
手を引いて向かったのは、階段の最上階だ。屋上は封鎖されているが、その前の踊り場は無人のスペースになっている。
……懐かしい、とここに来てようやく感じる。
この場所は、猿神の制御が安定しないたびにやってきては、鶴喰が呪具を巻き直してくれた場所だった。
数少ない、この学校での思い出だった。高校に上がることで、あるいは俺が実力をつけるたびに失ってしまったものでもあるし、それを喜べばいいのかはわからなかった。
俺は鶴喰の顔を見た。動揺はしているようだが、先ほどよりかは落ち着いている。
「大丈夫か」
「その、ごめんなさい。もう大丈夫です」
俺を突き放すように、鶴喰は言う。
まったく頼もしくない。放っておく方が危なっかしく思えるが、変に手を差し伸べてしまうことも憚られる。
頬を叩いて、鶴喰は気合いを入れる。俺に背を向けてわずかに赤く染まった頬を隠した彼女は、階段を降りて言う。
「田城さんのところへ行きましょう。いまならまだ間に合います」
「いいのかよ、春日井さんは」
「琴音ちゃんなら、連絡すれば会えますので」
言い捨てるように鶴喰は言った。
いち早く疑いを晴らしたいに違いないのに。なによりも鶴喰の方がずっと確信したく思っているのに。
階段を降りていく彼女の小さな背中を追った。




