3-2 まるでままごとだ
六月の中旬のことだった。
昨日の菜々実とのお茶会は中途半端なところで終わり、春日井さんを入れて少しの雑談をして終わるという、何とも締まりのない日となった。
もう少しで何かがわかるような気がする、という感覚だけが募り、焦りとなりそうなのを必死に抑える。しかし、それとは無関係に日々は過ぎていった。
ちらほらと期末考査の話が教師の口から語られて嫌な気分になる一方で、夏休みはどうするのか、なんていう話題も教室では聞かれる。
俺からしてみれば、PIROの仕事に多く時間を割くことができるので、稼ぎ時ではあるという認識ではある。だが、稼いだ金を使う道はあまり考えていないのが現状なのが、少し寂しいところだった。
教室の喧騒を他人事のように聞き流し、俺はこの日もPIROの北海道支局へと向かっていく。
まだ肌寒い気候が続く。夏服の着用も許可されたが、一部の運動部を除いてほとんどがブレザーをまだ着ている。大通公園へと向かう電車の中にいる学生でさえ、そういう有様だった。
いつもの雑居ビルを二階にあがり、扉をくぐる。しかし、俺より早く来ているであろう鶴喰はおらず、支局長の姿もなかった。
デスクの方から女性事務員の声がした。曰く、会議室にお客さんといるということだった。一礼をして、今度は会議室の扉を開けた。
中に入れば支局長と鶴喰、そして響子さんまでもが揃っている。響子さんは、今日は非番だったはずだが、果たして何かあったのだろうか。
その答えは対面に座っている女性にあるようだった。
「ああ、ちょうどいいところに。葉沼くんも聞いてくれ」
支局長が椅子に座って、俺の方を見ながら言った。
「こちら、北海道警察の方だ」
紹介された若い女性は立ち上がり、敬礼をする。
「坂芝青衣と申します。北海道警察生活安全課に所属しています」
「生活安全課?」
確か、生活安全課は青少年犯罪だとか、危険物だとか、そういうものを担当する部署だったはずだ。
見れば、年齢は二十歳過ぎくらいだろうか。人の良さそうな顔をしている。……のだけれど、化粧が濃い。顔は異様に白いし、それに対して口紅の赤は明るすぎて少し下品にも見える。たぶん童顔を隠すためなんだろう。しかし、男子高校生の目から見ても「下手くそ」としか言いようがない。
そう考えると、彼女の着ている警察の制服も、よくできたコスプレのように見えてしまう。
「お会いできて光栄です。葉沼吉暉さん、でしたね」
「どうも。……それで、話というのは」
「まだ自己紹介を済ませたばかりですので」
坂芝さんと支局長はそう言って、俺に座るように促した。
長机に、俺と鶴喰、響子さんが並び、対面に坂芝さんが座り、それを横から支局長が見ているという体制だった。
「折り入ってPIROの捜査員方に、協力してほしい事案があるのです」
そう言って坂芝さんが差し出してきたのは、一枚のファイルだった。
鶴喰が受け取ったものを、両端から覗き込む。
そこに書かれているのはいささか、ショッキングな内容だ。
坂芝さんはその内容を要約し、口にする。
「先日、ある高校生の死亡が確認されました。原因は交通事故によるショック死です」
痛ましい事故だったことだろう。紙面にも、病院へ運ばれて間も無く死亡が確認されたと記載されている。
だが、不可解なのはその下にあったことだった。
「そしてもうひとつ、まったく同じ死因のショック死……しかし、自身の部屋で発見された高校生がいました。推定死亡時刻は、ほとんど先の交通事故と同じです。奇妙なのはそれだけではありません。発見された高校生は、明らかに『交通事故に遭った』と思われる怪我が全身に見られること、そしてその怪我は、先に死亡した者とまったく同じものでした」
「……なるほど」
口から納得の言葉を漏らしたのは、響子さんだった。鶴喰はただ絶句している。
俺はというと、響子さんに近しい反応だった。納得ではなく、この二つの死にある相関関係についてだった。
明らかにこれは、俺たちの分野だろう。
「常軌を逸した死です。しかし私たち警察の出来うることには限りがあります」
つまるところ、呪いは法では裁けない。
間にある呪術的論理は法的に何ら根拠とはなり得ないし、そもそも実際にどのような呪術が行使されたかなど実際のところわかりようがない。
けれども放置することはできないから、PIROを頼りに来たのだ。
「そこで協力をお願いしたく……」
「だいたい推測はできるのだけれど、いわゆる人身御供ね」
坂芝さんの言葉を遮って、響子さんは言った。
少しだけ珍しい態度だった。基本的に、俺以外には礼儀正しい態度をとる響子さんがこのように無礼とも言えることをする場面を見たことがない。
自分でそう考えて、じゃあ俺は何なんだと悲しくなった。
鶴喰は響子さんの言葉に頷く。
「藁人形の呪いが代表的ですね」
「その通り。対象に似た物を形代とすることで呪いを送り込む呪術よ。元は神々への生贄とされる人間の代用として使っていたものね。藁人形は、対象の髪なんかを埋め込むことで藁人形を対象に見立て、害を与えたい箇所に五寸釘を打ち込むというもの。そういう意味では比較的原始的とも言えるわ」
「今回もそういうものであるということですか?」
「呪いによる痛みの転化、であるならばね。ただわからないのは、どうやって人同士にそういう縁を結ばせたのか、というところかしら」
鶴喰と響子さんがそう会話を進める。
すると、坂芝さんはもうひとつ、テーブルの上に物を置いた。
透明な袋に入れられたそれは、十円玉ほどのサイズの円盤だった。
「おそらく、こちらがその『呪い』につかわれた物品かと」
「拝見させていただきます」
鶴喰が手元に持ってくる。
それは奇妙だった。いいや、奇妙と言う意味では俺たちPIRO 職員は大概であるのだけれど、むしろその俺たちからしてみればおかしいというところだ。
「狐」と漢字の印が押された、真っ白な石である。おそらく機械か何かで加工されたのであろうそれは真円である。
俺の覚えた違和感とは、それがおもちゃのように見えてしまったことだ。
呪術に使われた物品というのは、藁人形を例に出したように古くから使われる物品であったり、そもそもが古いものである。昔から技術として継承されているものと、昔から存在し「神さびて」いるものとでも言えばいいだろう。
そのいずれでもないこれはいったい、何なんだろう。
「それは最初の、交通事故に遭った人が持っていたものになります。成分としては石灰岩です」
「材料も特別ではないですね。響子さん、いかがです?」
話を振られた響子さんは、その石ころをじっと眺める。
「……まるでままごとだ」
その声音は、静かで遭ったけれども怒っているようであった。
「この石が大切なのではない、とは思うけれど。何かしらの儀式をさせた人物がいるならば話は別ね。お守りは肌身離さず持っているべきではあるけど、呪術に使われたならば早々に処分すべきものですし」
「それがセオリーではあります。が、あえて伝えなかったと?」
「つい忘れてしまうのかもしれませんが、私たちは『異常』側の者たちですので」
そう、俺たちは一般人とは違う。
普通の人間は結界の有無などを気にしない。内側に潜む妖に悩みなどしない。呪術に警戒などしないし、摩訶不思議な出来事があったならば、その事象の解体などしないのだ。
響子さんの言葉はつまるところ、何者かが一般人の無知につけこみ、悪さをしているのではないか、ということだった。
響子さんは坂芝さんに向き直る。
「それで、私たちはどうすればいいのかしら。その死んでしまった二人の関係を探るの? それとも、これをばら撒いている人物を突き止めればいい?」
「実は、お願いしたいことというのはまさにそれでして」
彼女はちょっと困ったような顔を浮かべる。
「この石を持っていた子が亡くなる前に、接触していた人がいることがわかっています。一人は近隣の公立高校の女子生徒、もう一人は南茶良中学校の女子生徒です」
そう言って、坂芝さんはもう一枚、紙を取り出す。その女子たちの情報だった。
「え……」
鶴喰が思わず口から驚きの声を漏らした。
高校生の方は知らない。しかし、中学生の方は三年生、鶴喰と同学年だ。
「知り合い?」
「去年のクラスメイトです。特に仲が良かったわけではありませんが」
中学校と言っても、生徒の数が増える分だけそういう騒ぎに巻き込まれる者は出てくるものだ。しかし実際に身近で起こることは、ありえるだろうと思っていることとは別だ。
鶴喰は考えが上手く言葉にまとまらないようで、少しの間黙りこくる。
ここは代わりに俺が言うべきだろう。
「……つまり、この石を渡してきた何者かと、この石が渡った可能性のある何者かをあたる必要があるってことですね」
「はい。こちらも正式な捜査ができるわけではありません。それに、呪術のことももちろんなのですが、こういうことを警察に話すのって難しいと思うのです。そこで、PIROの学生の方々ならば頼りになるのではないかと」
尤もらしいことを坂芝さんは言う。
椅子を引いて、響子さんは立ち上がる。全員が彼女を見ると、わずかにこちらを見るだけで、すぐに扉の方を見た。
「中学校の方はそちらに任せるわ」
「響子さんは高校生の方を?」
「心当たりがあるのよ。それに、私は南茶良中学校とは縁がないので、そちらに任せた方が何事も円滑かと。よろしくて、鶴喰班長?」
響子さんはそれだけ言うと、鶴喰の答えも聞かずに立ち去ってしまう。
何かが引っかかったのか、苛立ち半分、もう半分は逃げるように、彼女はそそくさといなくなってしまった。俺たちは閉まった扉を少し見つめる。
俺は少なくとも、響子さんの仕事については信頼していた。あのように言ったからには必ず結果を出す人であるとも。
けれども、一抹の不安が過ぎったことだけは確かだ。
「で、では、私たちは中学校の方へ参りましょう!」
と、張り切って見せたのは坂芝さんだった。
彼女は椅子から立ち上がると、途端に姿を消した。べしーん、と大きな音が会議室に響く。
いなくなったのではなく、転んだのだと気づくのにわずかの時間を要した。
駆け寄った支局長が声をかける。
「大丈夫ですか?」
「うう、いたーい」
何もないところで転び、鼻を押さえて振り向く姿は幼い少女のようにも見える。
……本当に警察なのだろうか、この人は。鈍臭い印象があるし、運動が得意なわけでもなさそうだ。
この事件に対する不安が、まったく関係ないところでますます大きくなっていくのを感じた。




