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3-1 貴方は呪われたわ

「占いの本質は相手を呪うものなのよ」


 俺に向かってそう言ったのは、天使のような容姿に悪魔のような笑みを持った少女だった。

 戸来菜々実、と名乗る彼女はどこの人種か判別ができない。日本人のようでそうでないような、というより、六大陸の人種すべての特徴を持っていて、すべての特徴を失っているという不思議な塩梅を覚える。

 さりとて、美しいという事実に変わりはない。よく彼女を観察しない、すれ違っただけの人などは、天使のような少女を見た、と感想を述べるだろう。

 まるで、そのようにつくられた造花を思わされる。

 都市圏であればどこにでもあるチェーンの喫茶店に、俺と菜々実はいた。飲み物を受け取って席について、菜々実が開口一番に述べたのが、占いについてだった。


「どうして急に、占いの話を?」

「熱心にカードのことを調べていたな、と思って」

「タロットカードではないけれど」

「変わらないわよ。まあ、本道の者と、そうでない者とでは大きく意味が異なるものね、占いというのは」


 少しレクチャーをしましょう、と菜々実はオレンジジュースを啜る。

 俺はコーヒーにミルクを入れてかき混ぜ、菜々実の言葉を待った。


「占い、というのは大きく分けて二つあるわ。この時代の言葉で言うなら、統計学と魔術よ」


 魔術、すなわち本物の「占い」については千差万別だから触れはしないけれど。

 そう言うと菜々実はストローをまっすぐ上に立てる。口の部分に指を当ててつついて遊んでいる。


「古くはナイル川の氾濫を予測した古代エジプト文明がそうであるように、太陽と星々の動きを関連付け、暦を作った」

「太陽暦だな。いまも使われている」

「その通り。彼らは天の動きと川の氾濫に関連性を見出した。身を守るための経験則として、空を観測したのよ。天文学の生まれは暦の必要性からなの。星座占いも似たようなもので、羊飼いたちは星空の運行を神々の意志と見ることで、地上や人間の動きの関連性を知ろうとした。これはシュメール……メソポタミア文明の話ね」


 これこそがすなわち、占星術と言う。

 日食が起これば洪水の兆し、赤い星が昇れば凶事の前触れ。経験と記録から、人々はこれから訪れる出来事を知ろうとする。


「歴史を語ると、呪いとしての占いにも触れてしまうけれども」

「そう考えると四千年とか、五千年の歴史があるんだな、占星術というのは」

「ええ、そう思った時点でもう、貴方は呪われたわ」

「……え?」


 俺がぽかんとすると、菜々実はにやりと笑った。


「未来に対する不安、未知数に対する恐怖、可能性への期待……人類というのはね、安心するためなら何だってするのよ。例えばね」


 そう言って菜々実はスマートフォンを操作する。

 差し出してきた画面を見ると、有名なポータルサイトの星座占いだった。


「あなた、誕生日は?」

「10月の18日だけど」

「そうしたら、てんびん座ね」


 俺は自分の星座の欄を見る。

 その日の総合評価や、一番みんなが気にするであろう恋愛運、仕事運、金運について段階評価され、開運のまじないとラッキーアイテムについて書かれている。

 恋愛運はまずまず、仕事運は悪くない。金運は……思わぬことで財布が軽くなる、と書いてある。


「例えば、だけれど。もしあなた、このあと財布を落とすようなことがあったら、この占いのことを思い出すんじゃないかしら」

「……ああ、なるほど。嫌なことがあったときに、星座占いを理由にして安心するのか」

「ご名答。この占いサイトがいかなる方法で運勢を決めているのかは知らないわ。コンピュータが叩き出した数字と文言の組み合わせか、本当の呪術師や魔術師がいるのか。でも、本当はどちらでも関係ない。たったいま、あなたは今日一日起こる出来事を、この星座占いに関連づけるように呪われてしまった」


 これから仕事関連で運がいいことがあれば、俺は占いの結果だ、と納得をする。

 逆にお金を失ってしまうことがあったならば、占いに出ていたな、と自分の不幸に理由をみつける。

 あるいは……。


「そういう未来があると覚悟ができる」

「あら、ご明察。そのとおり、占いにはそういう呪いもあるのよ」

「呪術と言うより、心理操作って感じがするけど」

「人にそう思わせる、世界に働きかける。それが呪術ではなくて?」

「占いを信じるのも人それぞれで、程度があると思う」

「もちろん。その鈍感さが、呪術への抵抗力にもなりうるの」


 そう考えれば、俺は敏感すぎるようなきらいがある。あるいは、鋭いというか、繊細とでも言うのか。

 ……鶴喰に言わせれば、鈍感らしいが。そんなことはないんだぞ、と言いたい。


「そして、これが一番大事なのだけれど。勝手に他人を占うことは、本当に呪いになることがある」

「占いが精神に働きかける呪いなら、その結果を知っている人しか効果がなさそうだけれど」

「いいえ。占いとは未来視とは異なるわ。何かしらの媒介……多くは神と呼ばれる者や動物の守護霊を借りて未来を知りうることになる。わかる? それはすなわち、神との契約に他ならない」

「……『イーリアス』のカサンドラがそうであったように?」

「さすが、ギリシャ神話には詳しいわね」


 くすり、と外見年齢に似合わぬ笑みを浮かべる菜々実に、俺はため息をついた。

 自称は約五百歳。日本で言えば室町時代から生きていたことになる。

 さすがにそれは冗談だろう、と思いながらも、見た目通りであると考えることはやめていた。


「強制的に神と関係が結ばれた、つまるところ、神咒を受けた者は、どんな未来を辿るのかしら」

「……案外、能天気かもしれない」

「それは結構」


 菜々実がケーキに手をつけた。フォークを縦に入れて、欠片を口に放り込む。

 自分の胸に手を当てる。どくん、と同じリズムを刻む心臓に、少しの安心感を覚える。


「葉沼先輩?」


 ふと、そう呼びかけられた。

 俺のことを先輩、と呼ぶ人物は限られている。なにせ中学校は三年生の十二月に転入という、後輩とまったく触れる時間はないタイミングであった。いまも高校は一年生であるから、俺を「先輩」と呼ぶのは、中学校の短い期間に交流のあった者のみである。

 しかしながら、鶴喰は俺のことを「ぱいせん」と呼ぶ。

 となると、声をかけてきた人物で心あたりのある人物は、ただ一人に絞られる。


春日井(かすがい)さん?」

「はい。お久しぶりです」


 春日井琴音(ことね)、と少女の名前は言った。

 俺が卒業した南茶良中学校の三年生である彼女は、鶴喰の友人であった。

 四月には「同じクラスになれたんですよ〜」と名指しで言われるくらいには仲がいい友人のようだった。親友というやつなのだろう。

 鶴喰とは真逆のイメージの、ふわふわとした印象を抱く子だった。


「よく俺がわかったね」

「写真、見せてもらってましたから」

「え、ど、どれ?」

「いろいろです」


 そんなに見せてるのかよ! と内心で叫んでおく。

 俺の質問はにっこりとした笑顔で躱されてしまう。

 恥ずかしい写真がいくつかあったような気がするし、いつ撮ったのかわからないようなやつもあったような。


「雪花ちゃんはここにはいませんよ。本を読みたくて立ち寄っただけですので」


 きょろきょろと視線を向ければ、春日井さんは言った。

 この子がいるならば、近くにいるのではないかと思ったのだが。


「それで、そちらは……」


 春日井さんが尋ねたのは、菜々実のことだった。

 見慣れぬ制服、どこの国の者とも思えぬ顔、ツンとしながらも人目を引く彼女は、一度目にしてしまえば気になってしまうだろう。


「俺と鶴喰の知り合いだよ」

「そうなんですね。はじめまして」

「うむ、雪花の友人ね。ふうん」


 菜々実もまた、彼女にしては珍しく、興味深そうに琴音を眺めている。少々不躾なほどにだ。

 俺が注意しようか、と思った矢先、菜々実の視線を追えばあることに気づく。


「指先、怪我してるのか?」

「え、あ、はい。朝にちょっと、オウムにひっかかれて」


 少し戸惑ったように言う。左の指先には絆創膏が貼られている。

 それにしてもオウムを飼っているというのは珍しい気もする。この子と鳥のイメージはぴったりだが。


「さて、ここで私はヨシキの、男としての度量を見せてもらいたいのだけれど」

「え?」


 俺は菜々実の言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間を要した。

 春日井さんを見る。荷物も置かず、先ほど買ったばかりであろう本が入っているビニール袋があった。

 どうやら来たばかりで、注文も済ませていないことは推測できた。


「……何か飲む?」

「そ、そんな、お構いなく」

「いいよ。ほら、こういうときしか先輩面できないし」


 鶴喰ならこういうとき「いいんですかぱいせん!」と調子に乗って高いものをねだるようなやつだ。

 こういう謙虚なところがあれば、少しは可愛げがあるもんだが、友人であっても似た者同士というわけではないのだろう。

 むしろ違うところがあるからこその、友人関係というものだろうか。

 後ろで満足げな笑みを浮かべる菜々実を睨みつける。

 占いは呪い。まったくその通りだ。

 俺の財布は予想より、ちょっとだけ薄くなったのだった。


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