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アサルト・オン・ヤオヨロズ外伝 日華の蕾  作者: ジョシュア
第一話 Echo ,named loneliness.
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1-2 レトルト

 命がけの戦いをしたって、日常はやってくるものだった。

 ニュースを見れば、世界中で様々なことが起こっているけれど、俺の朝は変わらない。それは妖怪ハンターになって、怪異と戦う夜を過ごしても同じだった。

 学校生活は俺の寝不足を待ってくれない。先生の声はいい感じに眠気を誘い、黒板を写しとっては、聞こえる声は右から左へと流れていく。晴れて札幌の高校に通うことになった俺であったが、毎日の退屈さはあまり変わりそうになかった。


 俺が通う札幌市立「独鹿(どっか)第一高校」は偏差値七十手前の、市内でも屈指の進学校である。そのおかげか、学校内の雰囲気は落ち着いている。いわゆる不良学生というのはいないし、いたとしても多少服を崩している程度で、平和とはこういうものを言うのかと実感している。

 夜のすすきのの街で鬼と人が戦い、大女の怪異が現れたなど、誰も知らない。

 知らなくていい、とも思う。


 授業が終わる。昼休みがやってくる。数学は嫌いじゃなかったが、先生の教えるペースは教科書の範囲に対していささか遅いように感じられた。このままだと中間テストまでに範囲を終えられないか、終盤をかなり急ぎ足に解説することになるのではなかろうか。

 俺は軽く教科書をまとめると、食堂へと向かった。一緒に行く友人はいない。話をしないわけではないけれども、ともに食事をするほどの仲の者はいなかった。

 四月も末頃になるとそれなりに仲がいいグループができるもので、例えば席が近いとか、趣味が同じだとかで意気投合してくる。

 一方の俺はと言えば、どうにも上手く声をかけることができなかったし、学校が終わるのと同時にPIROに向かうもので、話す機会もあまり作ることができず、この有様である。

 とりわけ友人が欲しいと思ったことはない。中学校時代も、札幌に来てからはこんな感じだったが、高校に入ってからは異様に寂しさを感じるようになった。


 食堂に到着する。少し時間をずらしたおかげか、食券を買う列は混んでいない。

 一番安いメニューを注文し、カウンターで受け取る。トレイを持って辺りを歩くが、どこも人ばかりだ。

 食堂まで来ると学年を問わず人が集まっている。部活関連で集まっている人たちだとか、去年のクラスメイトだとか、そんな感じだろう。それ自体は微笑ましいが、四人がけ、六人がけ、のテーブルばかりで、俺の居場所がどこにもない。

 ふと、目に入ったのは柱の近くにある二人席だ。どうにか席数を増やそうという苦心がうかがえる。だいたいの席は埋まっているものの、一箇所だけ空いている場所がある。

 問題はその席が相席であり、もう一方の席に座っているのが響子さんであるということだ。


 咲楽井響子、俺と同じくPIROの妖怪ハンター……捜査員である。優れた術者であることは疑うべくもないが、日常の彼女もまた特筆すべき点が多い。

 艶やかな黒髪、冷ややかな瞳が特徴的な和風美人だった。蠱惑的、と言うのだろうか。すらりと背が高く細身な彼女は注目を集める。日常ではかけている伊達眼鏡も、知的な印象を抱かせていた。

 俺たちと同じくこの四月にこの学校にやってきたばかりであるが、彼女は三年生であり、転入生であった。そのおかげか、彼女のことで学内は話題が持ちきりになり、新入生になかなか注目がいかないなどという話をクラスで聞いていた。

 そんな彼女は本を読んでいる。食事はすでに片付けているようで、トレイと空いた皿だけが残されていた。

 近づきがたい雰囲気を醸し出している。一種の結界なのだと、響子さんは言っていた。結界というのは人々の無意識に働きがけ、一定の領域などに意識を向かせない、心理的障壁のことだ。

 俺の右腕に巻かれている呪符も同じ効果を持っている。猿神を封じ込めるのはもちろん、周囲から俺の右腕への注目を避ける効果もあった。

 少しだけ逡巡して、俺は響子さんの前にトレイを置いた。


「ちょっと」

「なんでしょうか」

「なんでさも当然のような顔をして私の前に座ろうとしてるのかしら」


 本から顔を上げた響子さんが言った。度の入っていないガラスの奥にある瞳が光ったように感じられる。かけている伊達眼鏡は、何らかの文様が浮かんでいる響子さんの瞳を隠すためかもしれない。


「ここ、いつも空いてますし」

「喧嘩売ってるなら買うけれど」

「そんな滅相もない」

「もういいわ。好きにしなさいな」


 そう言って、響子さんはため息をついて本を閉じた。許可ももらったことだし、俺はようやく食事にありつける。


「なあに、素うどんなの? また?」


 響子さんは俺のトレイを見て言った。


「ねぎと天かす、載せ放題ですからね。お腹が膨れます」

「貧乏って嫌ね」


 そういう響子さんだって俺と同じ給料のはずなんだけど。副収入でもあるだろうか。


「ちなみに私はカツカレー」

「ここの揚げ物、美味しいですよね」

「揚げたてを提供しているそうよ。カレーは普通のレトルトなのだけれどもね、カツで許せるわ」

「確かに。揚げ物が美味いのは大切なことです」


 俺はうどんを啜る。うん、可もなく不可もなく。ちょっとしょっぱいが、まあ、昼ごはんにしては悪くなかろう。今日のところはこれくらいにしてやる。……毎日世話になっているけれども。

 食事にこだわりはあまりない性分なのもあるが、ひとりで食べることを考えると途端に金をかけることも力を入れることもやめてしまうのだ。

 ふと気になって、響子さんの読んでいた本に目を落とした。タイトルは『エレンディラ』とあった。作者はガルシア・マルケス。聞いたことがあるような気がする。有名な海外作家だろうか。


「昨日は活躍だったわね」


 唐突に、響子さんがそんなことを言った。

 昨日と言えば、虎熊建設の事務所に踏み込んだことだ。


「してましたっけ」

「皮肉で言っているのだけれど?」

「そりゃあ、どうも。あの大女、逃しちゃいましたね」

「八尺様と言うのよ。勉強不足ね」


 これまた聞き覚えがあるような、ないような。

 尺というのは、昔に使われていた長さの単位だったか。八と言えば、数字であるということ以上に「多くの」というような意味で使われるから、あの怪異の大きさからそう呼んでいるのだろう。


「次はあれを追うことになるだろうから、調べておきなさい。PIROのパソコン、あなたも使えるでしょう? データベースにいくつか載っているはずよ」

「今日はオフでして」


 昨日は全員出動であったが、普段は輪番で休みをとっていた。いま、PIROの北海道支局における札幌一帯の戦力は俺と鶴喰、そして響子さんしかいない。他にも何人かいるらしいが、北海道という広い範囲をカバーするために、あちこちに駐在しているようだった。

 戦士に休息は必要、というのは鶴喰の言葉であった。俺は遠慮なく休ませてもらうことにしよう。


「……あ、そう。じゃあ雪花ちゃんと二人きりかあ」


 響子さんはちょっとだけだらしない顔を見せる。趣味についてはとやかく言うまいが、鶴喰にはちょっと同情する。


「それで、入学して一ヶ月経ってもひとりでご飯を食べてるあなたは、どんなオフを過ごすのかしら?」

「響子さんも一人じゃないですか」

「あんたと同じにしないで。私は選んで一人なの」


 ぐうの音もでない。だが、残念でしたね響子さん。俺には切り札がある。


「俺には今日、予定があります」

「へえ? 聞かせてもらおうかしら」

「合コンです」

「は?」


 響子さんが露骨に嫌そうな顔を見せる。

 というかそんな顔、初めて見ましたけど。


「だから、合コンです。……クラスメイトと、ですけど」


 うん、わかってる。らしくないことを言ったなって自分でも思ってるし、なにより現在進行形でこのイベントを承諾したことを後悔しているのだから。

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