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2-9 自分を明かしたい

「……ろ、……ぬま」


 声が聞こえる。判然としないが、よく聞く声であることはわかった。

 うっすらと目を開いた。

 近石の顔がドアップである。


「起きろ、葉沼。風邪引くぞ」


 それは俺のセリフだったはずだが、いつの間にか近石が言った方がいいシチュエーションになっていた。


「……うん」

「起きたか、よかったぁ」


 心の底から安心したように、近石は胸をなでおろした。

 俺はベンチに座っていた。寝ている俺を起こそうとする近石という、奇しくもその位置は、大通公園にやってきたときと真逆だった。

 いいや、実際のところどこからが幻夢の世界で、現実なのかはうまく区別がついていない。

 もしかすると俺が大通公園にやってきたときからずっと夢を見ていたのかもしれない。


「全然起きないからどうなるかと思った、本当に。五月だっていうのにまだ寒いからな。このまま寝たきりだと風邪引くぜ」

「そ、そうか。血を抜いたから、眠かったのかもな」

「お前も病院帰り?」


 ということは、近石も病院帰りなのだろう。

 偶然の一致なのだろうか。


「ところでいま何時だ?」

「五時だけど」


 近石はスマホの画面を俺に見せる。ロック画面は仮面ヒーローのエンブレムだった。

 俺は二時間程度、このベンチで寝ていたことになる。おそらくは近石もそうで、あくびを嚙み殺していた。

 どっこいしょ、とおっさん臭い言葉を吐きながら近石は俺の隣に座った。


「まったく、変な夢は見るしな」

「どんな夢だったんだ」

「どんなって……どんなだっけ? やっべえ忘れた。葉沼は覚えてる?」

「何で同じ夢を見た前提なんだよ。俺も出てきたのか」

「そうだったような、そうじゃなかったような。あれ?」


 必死になって見ていたはずの夢を思い出そうとする近石の姿はちょっと面白い。

 夢の中とは言え、あんな鮮烈な戦いのことを思い出せないあたりに、やっぱり退魔師の才能はなかったんだな、なんて思う。そのことに少し安心してしまった。


「女の子と入れ替わってたとか」

「それ、今度やる映画だろ。興味あるのか?」

「映画が好きなんだよ。最近のも昔のも。このあいだは響子さんの勧めで『2001年宇宙の旅』を観てた」

「古い! でもいいよなあれ」


 けっこうわかるじゃん、とお互いに思ったのだろう。にしし、と笑った。

 今度の休みが合えば、近石と映画を見るのもいいかもしれない。


「お前さあ、もっと自分のこと話せよな」

「え?」


 予想外のことを近石に言われて、俺はちょっと驚く。

 自分のことを話す、という感覚がいまいちわからなかったのだ。ありのままの俺でいるつもりだったが、周りからすると違ったのだろうか。

 いったい自分のこととは何なんだろう。花を活けるのが趣味であることだろうか。家族構成のことだろうか。鶴喰のことは話せない、というのはわかるけど。


「映画とかの話をしたら柊とかもっと喜ぶと思う」

「あいつは何しても喜ぶだろ。箸が転がっても笑うだろうし」

「そうなんだろうけど、そうじゃなくてさ。俺も柊も、お前のことちょっとは心配してるんだぜ? ときどき心ここに在らず、というか、ここじゃないどこかを見てるというか」

「ぼーっとしてるだけだから、そんな心配しなくてもいい」


 うーん、と首を傾げる近石。

 やっぱりよく人のことを見てる。俺だけじゃない、柊さんのこともしっかりとわかってるんだ。

 ちょっと頼もしくて、ちょっと頼りない。

 その塩梅がちょうどいい感じで、俺には心地よかった。


「悪い、お節介な性分で」

「さすが、兄をやってるだけあるな」

「ん? 妹がいること、葉沼に言ってたっけ」


 あっ、と俺は声を漏らしそうになるのを抑える。

 そういえば現実の世界では、妹の話なんて聞いたことなかったんだ。

 思い返してみれば、クラスメイトを含めて学校で家族の話をしていることもほとんどない。高校生にもなるとそもそも家族を話題にあげるときなんてネガティブな話ばかりだ。

 一人暮らしの俺からしてみれば羨ましくあるし、たぶん柊さんもそう思ってる。

 近石は俺たちのことを、もっとわかってるんだろう。


「ま、いいや。妹がいるってのもあるけど、お前も大概だぞ。柊も言ってたなあ、庇護欲を刺激されるって、葉沼はそういうところある」

「独り立ちできるよう、頑張ります……」

「気をつけるように!」

「どこから目線?」


 友人に甘やかされては世話ない。

 庇護欲、というのはよくわからないけれど、きっと鶴喰も似たような想いを抱いてるのだろう、とは思う。

 ……ならば、ちょっとだけ。

 ちょっとだけ踏み出してもいいんじゃないか、と思った。

 友達と呼んでくれて、友達と呼びたい彼に、ちょっとだけ自分を明かしたい。

 もしかするときちんと伝えた方が、彼らも楽になるのかもしれない。


「妹さんはどんな子なんだ?」

「お、おまえ、年下趣味か!? 俺の妹はまだ中一だからな!?」


 墓穴を掘ったようだった。

 まあいいけど、と近石は言う。直接会うわけでもなし。


「いい子だとは兄ながら思う。真面目で物静かな感じ。学級委員長やってるみたいだし」

「そうか、なるほど……」

「目が怖いんだけど、葉沼」

「頼みがあるんだが」

「紹介はしないぞ! 俺の大切な妹を、お前なんかに渡さないからな!?」

「そんな頼みはしねえよ」

「流れ的にはそうだったろ、いま!」

「失礼な」


 ここまでひた隠しにされてしまうとむしろ興味を持ってしまうんだが。

 だけどきちんと教えてもらうのはまた今度でいいだろう。いつか近石の家に遊びに行くときでもあるならば、そのときに会えるかもしれない。


「そういう妹を持つお前にちょっと、相談に乗って欲しいんだよ」

「相談、って?」

「それは—————」


 俺がちょっと事情を話すと、ははーん、と近石は意地悪な笑みを浮かべる。

 ばつが悪い顔をするが、こういうことを相談できる相手は他にいない。


「そういうのは俺じゃなくて柊とか、直接聞いた方が早いんじゃねーの」


 と、案の定、近石にも言われてしまう。


「恥ずかしいだろ……」

「お前にそんな感性があったとは」

「俺を何だとおもってるんだ?」


 俺は思わず叫んでしまう。からからと笑う近石は、その理由だけは口にしなかった。

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