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2-2 ルピナス

 とても苦しい弁解の末に、俺と鶴喰の関係は「親同士が知り合い」で落ち着いた。いや、鶴喰が俺の家へとやってきて面倒を見る背景程度の説明にしかなってない。まったくもって落ち着いてなどいない。

 思えば響子さんとの仲を疑われたときも同じようなことをしていた気がする。

 ひとまず追及からどうにかして逃れた俺たちはとっとと昼食を済ませたのだった。


「それにしても、思ったより物のある部屋でびっくりしたなあ」

「あ、わかるわ。なんか葉沼って、何にも興味なさそうな雰囲気あるもんな。ベッド以外なにもないんじゃないかって思ったくらい」

「それ! 洋服とか教科書とか床に置きっぱなしみたいな!」


 そんな雰囲気あるのか、と思ったが、思い返してみればシアンカムイと戦う前くらいはそんな感じだった気がする。

 さすがに家具や家電のいくつかは用意してあったが、俺が自分で持ち込んだものと言えば服くらいなものだった。


「学校じゃあ、ぼうっと外眺めてるだけだし?」

「ちゃんと授業は聞いてる」

「うっそ、現代文とかずっと寝てるじゃん」

「あれは仕方ないわ。話が長えもん、あのセンセ」


 近石は同意しつつも、葉沼は寝すぎだけどな、とざっくりとトドメを刺してくる。

 ふと、鶴喰が顔をあげる。

 学校の話をしてしまえば、彼女は蚊帳の外になってしまう。

 この集まりに勝手に居座ってるのはこいつの方ではあるけど、少し忍びない。


「ぱいせんは高校では、いかがでしょうか」


 その問いかけは、中学生の後輩がするにはいささか不相応だったかもしれない。そこにあった感情は好奇心ではなく心配の色である。

 俺は口を挟む気力を失った。これで茶化すような雰囲気であったら機嫌を損ねるところだったが、心配の気配を出されてしまえば何も言えまい。

 もう好きに聞いてくれよ。なんでも答えると思う。こいつらが。


「ふふん、興味ある? 私もよくわかんないんだけど。ちょっと浮いてるし」

「だな、よくわかんないんだよこいつ。プライベートが窺い知れないというか、日常感がないみたいな?」


 よくもまあそんなやつの家に来るもんだ、と感心してしまいそうだった。

 むしろ興味というやつが働くのだろうか。


「休み時間とかぼうっとしてるし、移動教室もひとりで気づいたらいなくなってるし」

「あー、でも意外と運動神経はいいな。体育でバスケやってるけど、バスケ部のやつが褒めてたぜ」

「へえ! ほんと意外。運動してたの?」

「中学のとき、長距離やってたな」

「それはやってそう」


 ちなみに私、短距離ね。柊さんはそう言ってくすくす笑う。

 うん、それはやってそうだ。

 運動神経は、元はそこまでよくなかったのだ。中学校では校則で強制的に部活をさせられていたし、ただ飽きることがない、という理由で長距離をやっていた。

 猿神の影響か、俺の身体は変異してしまっている。運動神経はもちろん、視力や聴力も、気を抜けば人の比ではないほど遠くを見聞きできるほどに。

 良いことなのか、悪いことなのか。

 そういえば明日は、PIROの定期検診だった。


「あと、美術の先生がけっこう気に入ってるよね」

「あのじいさん、変なやつが好きなんだよ」

「なっ、お前、いま変なやつって、傷つくぞ」


 俺の言い方がツボに入ったらしく、柊さんと近石は笑った。

 くそ、拗ねてやるからな。


「というか、むしろ俺らの方がお前のことを知りたいんだけど」


 近石がそう言った。言い方がちょっとキモいぞ。

 そんなにわかりづらいものなのだろうか。自分ではけっこう顔に感情が出る方だと思ってるし、普段の俺だって見せている以上のものはない。


「趣味とかないの?」

「……趣味、と言えるかはわからないけど」


 俺は視線を、部屋の端に送る。

 そこにあったのはバスケットであった。活けられているのは白色の花たちだ。

 へ、と二人は口にして、膝をついてその花に近づいていく。


「これ、よっしーが作ったの?」

「そうだよ。フラワーアレンジメント。実家が花屋だから、続けてるんだ」


 おお、と柊さんは声をあげる。近石は花のことはよくわからないみたいだが、まじまじと眺めていた。

 その花をひとつひとつ指差しながら、柊さんは名前を挙げていく。


「これがカラーで、これは菖蒲……あれ、これなんだっけ」


 そう言って指差したのは、多くの花を円錐状につけたものであった。目にすることはあっても名前を知る機会はあまりないかもしれない。


「ルピナスだな」

「へえ、花言葉とかある?」

「……自分で調べておいて」


 考えないわけではないが、自分で口にするにはあまりにも恥ずかしいものであった。

 なにより鶴喰の前で、そういうロマンチックなことを言うのは恥ずかしすぎる。


「実家、花屋だったのか」


 近石がそう言った。いかにも意外、という顔である。


「そうだけど……何だと思ってたんだよ」

「地主かと思ってた」

「あー、わかるわかる! 自分の家の子供を一人暮らしさせるくらいだし。実家、岡山でしょ? 札幌はぜんぜん違う?」

「うん? まあ、寒い」

「そりゃそうだ! 私たちでもそうだもん!」


 話がコロコロと変わる。

 柊さんのテンションに、俺はどうもついていけそうにない。

 というか、こいつ本当は酔ってるんじゃないか。さっき飲んでたの、本当に烏龍茶だろうな? どさくさに紛れて酒とか入れてない?


「よーし、今日は晩御飯もお願いします!」

「いいな! 俺も俺も!」

「構わないけど……鶴喰は?」

「私は、その、これから予定がありまして、これで失礼します」


 鶴喰が言った。そういえば、夕方からはPIROで業務だったな。


「うう、少ない時間を縫ってダメ男の面倒を見るなんて……」

「自覚はある」

「あるんかい!」


 三人が声を出して笑う。せめて鶴喰はフォローしてくれよ。

 賑やかだった。こんな賑やかな我が家は、いつぶりだろう。

 少なくとも、札幌に来てからは初めてのような気がする。鶴喰や菜々実はたびたび家にやってくるけど、ここまで騒いだりはしないし。

 たまにならいいかな、とは思う。

 俺が烏龍茶を口にすると、鶴喰がニコニコとしていた。

 どうした、と目線を送ると、彼女は俺だけに聞こえる声量で言う。


「ぱいせんのことをいっぱい見てくれる友達で、よかったです」


 なんだよそれ、よくわからないんだけど。

 俺は二人を見た。今度はゲームを始めるらしい。どのソーシャルゲームがいいか、などと吟味していた。


「うん、まあ」


 俺がそう答えると、鶴喰は満足げな笑みを浮かべて立ち上がる。

 では、また。そう言って部屋を去っていく鶴喰を見送る。二人は座ったまま。俺は、一応は玄関の外まで出て、階段を降りていくまでを見届けた。


「あ、招待送ったから、そこから始めて」

「ちょ、柊、ずるいぞ。初心者勧誘の特典狙いだろ!」

「よっしー、選んでよ。近石くん?それとも……私?」

「柊さんだな」

「即答かよ!」

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