表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/49

 目が覚める。

 眼球だけを動かして、あたりを見回す。

 異音に目を覚ましたのではない。人の気配もしない。問題なし。

 体が強張っていることで、昨日は木の上で眠ったことを思い出す。軽く肩を回してから、縄を外して猫のように地面に降り立つ。

 虫、獣、蛇。樹上で眠ると多くの危険を避けることができるが、不自然な姿勢で眠ることは体への負担となる。常在戦場、いついかなる時と場所でも戦えるのが理想だが、毒虫に刺されることの方が恐ろしい。

 煎り麦、干し肉、水。朝に町を出たとしても、このあたりを通過するのは昼過ぎだろう。時間はある。腹がくちくなるまで詰め込んだ。

 腹ごなしに、槍の感触を確かめるようにふるう。しなる穂先は、気を抜くと明後日の方向へ。感触を思い出すようにいろいろな角度で一通り試すと、今度は背嚢の中からくだを取り出した。

 管の中に槍のを通し、滑らすように連続で突いてみる。戦場で槍を振るうわけではない。速く急所を突ければいいのだ。

 サンディアの町で、大身おおみ槍を持っている姿は何度も見られている。死体に大見槍の傷があれば、犯人だと白状するようなものだ。管槍くだやりなら、突剣レイピアで殺されたように見えなくはない。ひとしきり体を動かすと、待ち伏せ場所に向かった。


 アンダイエのような寒村に向かう人影は少ない。昼までに道を通ったのはたったの一人。アンダイエからどこかへ野菜でも売りに向かう農夫なのか、背中の背負子(しょいこ)には野菜や袋に入った荷物が山のように積まれていた。この農夫の帰りが、カルテイアたちの馬車と重ならないことを願う。無関係な人を巻き込むのは本意ではない。

 正午を少し過ぎた頃、遠くから音がきこえる。馬のいななき、車輪の音。

 この道を通る馬車は、ほとんどいないはず。ラジドル逓送便の馬車には赤に十字の印がある。

 素早く顔に布を巻き付ける。頭には赤い頭巾。

 カルテイアと護衛の二人は、()()()の側の人間だ。命を奪われても仕方ない。だが、カルテイア夫人と子どもは別。顔を見られなければ殺さなくても済むかもしれぬ。

 木立の中から、チラリと見えた馬車には赤に十字。管を通さぬ槍を左手、石を右手に、曲がり角で待つ。

 馬蹄の音が近づき、角を曲がった瞬間、馬車と二人の御者の姿が目に飛び込む。

 手前が手綱、奥が無手。

 右手を短く振り抜くと、手前の男の頭へ平らな石が吸い込まれる。

 痛打に眩惑げんわくし、手綱から手を離したのが運の尽き。馬に鞭を入れていれば、こちらは置いてけぼりになっただろうに。

 数歩併走し、槍で御者の喉を突く。

 そのまま御者台の手すりに左手をかけ、喉を押さえる御者の向こうへ槍を伸ばす。

 もう一人の御者が、どれほどの腕前であったかはわからない。

 手前の御者が影にならなければ、武器を取ったり、かわしたりしたのだろう。だが、横から肝臓を貫かれたのだ。少なくとも痛みで動けまい。

 短剣を抜くと車と馬をつなぐ輓具ばんぐを切り、尻を叩いて馬を逃がす。川原で殺した小男の短剣は驚くほどの切れ味だ。

 細い道の真ん中には、馬を失った馬車が鎮座。御者の一人は地面に倒れ、一人は御者台で死んでいる。馬車の中にはカルテイア一家がいるはずだ。

 できるだけ声色を変え、馬車の中に呼びかける。

「中にいるのはわかってる、カルテイアさん。一対一の戦いを所望だ。用があるのは、あんただけだ。中の家族には手を出さない。出てこないなら、馬車を焼くぞ」

 条件としては悪くないはずだ。差しの戦いなら勝ち目もある。槍の柄に管を通し、右手には石を握る。カルテイアが飛び道具を持っていないとも限らない。

「本当に約束を守るのか」

 馬車の中からきこえる声は、思ったより冷静だ。

「ああ、家族には馬車から顔を出すなといっておけ。姿を見られれば殺さなければならん」

 ヒソヒソと馬車の中でことばが交わされ、扉が開いた。

 肩幅は広いが背丈は十人並。右手には剣を握った男が、馬車から姿を現す。

 顔は見たことがある。間違いなくカルテイアだ。周囲をキョロキョロと見回す。

「仲間はいないのか」

 馬車の扉が、中から閉じられた。

「俺一人だ。心配するな」

 飛び道具はない。手のひらの石を隠し(ポケット)に落し、右手で槍の柄を握る。長さを生かすために、柄の一番後ろだ。左手で管を握りこむ。

「見たことのない男だな。ジョブロの身内か」 頭には赤い頭巾、顔は隠れている。表情は見えないはずだ。

 油断なく剣を構えるカルテイアは、確かに戦い慣れしている戦士だ。

 切っ先は肩の高さ、左手は軽く拳を握って胸の前に置く。

 心臓を守る構え。これは兵士が学ぶ剣術の基本だ。左手を失っても心臓を守ることで、少しは生き延びる確率があがる。

「軍隊流の剣術だな」

 どっしりと腰を落とした力強い構えは、鎧を着ての戦いのため。一撃の威力は高いが、動きは遅い。

 数歩間合いが近づくと、管槍から稲妻のような突きが繰り出される。

 右膝を軽く穂先がかすめると、バネが弾けたようにカルテイアの剣先が動くが、すでに槍は引き戻されていた。

 剣士の表情が曇る。

 槍使いに対する基本は、突き出された穂先を剣先で押さえ、手元に槍を引き戻すとき相手のふところに飛び込むことだ。しかし、カルテイアには突くのも引くのもわからない。光のような速さに、目で追うこともできなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ