Ⅲ
「伏せろ!」
盾にされていた女に声をかけるが、即座に反応できるわけもない。だが、頭を上げなければそれでいい。
女の頭越しに剣を突き出す。
顔を強く突くのは間違いだ。骨で刃が欠ければ、槍でも剣でも思わぬ時に折れてしまう。
柄の長い特別製の剣は、額に礫を受けてふらつく男の両目の間を打った。
殺すための一撃ではなく、意識を失わせるための一撃だ。
そのまま女の横をすり抜けると、へっぴり腰で槍を構える男の穂先を切り落とし、返す刀で喉仏を切り裂く。
あと一人。素人でも、さすがに山刀を振り上げている。
だが遅い。
男の土手っ腹に穂先を突き立てると、そのまま右に切り払う。
力を失った山刀を後ろに飛び退ってかわすと、男の手からポロリと刀が落ちた。
男は両手で腹を押さえるが、その隙間から白い芋虫が外に出ようと暴れている。自分の腸を相手にしているうちは無害な存在だ。
女のすすり泣く声。喉から空気を吸っている男の甲高い呼吸音。腸を戻そうとする男のヌチャヌチャという音。
「そこの女たち、助けてやる。俺についてこい」
すすり泣きながら、二人の女は俺の方へ駆け寄ってきた。
逆らうと恐ろしいからなのか、助けてもらったと思っているのか。そんなことは、どうでもいい。
「洞窟の中には誰かいるか」
二人は首を横に振る。
「洞窟に金目のものはあるか」
二人は顔を見合わせて、控えめにうなずいた。
「町に戻っても、金がなければ生きていけないだろうよ。待っているから、できるだけ早く持ってくるんだ。あまり時間がないぞ」
自分で宝探しをする気にはなれなかった。
洞窟に戻るのかと思ったその時、女の一人が落ちている山刀を拾い上げると、自分の腸と格闘している男の脳天に叩きつけた。
頭蓋がパックリと割れ、血が飛び散って女を朱に染めるが意に介さず、そのまま洞窟の中に駆け込んだ。どんだけ恨まれてたんだよ。
「あんたらの名前をきいてもいいか」
山道を東へ進む道すがら、ひょんなことから助けた女たちと三人旅。とりあえず、この二人をなんとかしないとな。
「私はネリー。助けてくれてありがとう」
山刀で山賊の頭をかち割った女は、よくみると雛には稀な美人で、まだ十八にもなっていないだろう。その瞳は強い光を湛えていた。チラリともう一人の女へ視線を送ると、おずおずと声を出した。
「お助けいただき、ありがとうございます。シーネと申します」
こちらは地味な女。三十路を越えているようには見えないが、もう一人ほど若くはない。
「とんだ災難だったな。あんたたちは、帰るところはあるのか」
シーネがわっと泣き出した。それが答えなのだろう。
「父が大きな商館をやってるから、連れ帰ってもらえればご褒美がもらえるはず」
こちらは大丈夫なようだが、金持ちの娘なら山賊なぜ身代金を求めたりしなかったのだろうか。
「いま、なんで身代金を取らなかったのかって考えた? 普通は金持ちの娘なら、親に身代金を払うように脅すだろうって」
心を見透かされ、苦笑する。
「普通はそうするものだけど、あのビーレアっていう腰抜けがビビって、身代金を強請ることもしなかった。それであたしは山賊共に――」
「山賊の親分は俺が殺した。もう忘れろ」
「ざまーみろ」
そういってネリーは大声でケタケタ笑う。勝ち気な性格なのだろうが、明らかに心の箍が緩んでいる。いや、壊れているのか。
「そっちのあんたは、頼る人はいないのか」
ボロボロと涙をこぼすシーネは、ポツリポツリと言葉を絞り出す。
「ラルマンドに仕事があるというので、主人と一緒に山道を歩いていたんです。その時、突然あいつらが現れて主人を殺して――。遠い親戚ならいますが、私が身を寄せるような所は――」
そこまでいうと、さめざめと泣き崩れる。
「いったん休憩にしよう。軽く飯でも食うか」
中食には遅く、夕食には早いが仕方ない。枯れ木を集めて火を起こし、湯を沸かすと干し肉、煎り麦、岩塩、食べられる野草を鍋に放り込む。満腹になれば、気も晴れるかもしれない。
鍋の用意ができると、煮立つのを待つ間に、先ほどネリーに渡された袋の中身を見てみることにした。山賊のお宝だ。
「たしかに、大した山賊ではなかったようだな」
ヴィーネ金貨は一枚。正銀貨が十五枚、銅貨が少し、鐚銭が沢山。腕輪や指輪、首飾りはあるが、値段の高そうなものはない。ネリーの方を見ると、いつのまにか指輪と首飾りを身につけていた。自分のものというわけか。まあ、別にかまわんが。
「ネリーさん。あんたの家が金持ちならば、この金はシーネさんに渡そうと思うんだが、かまわないか」
変なものを見るような顔で、ネリーはつっかかってくる。
「あたしたちを助けてくれたんだから、あんたがそれを取るべきじゃないの。金が必要ないなら、なんでわざわざ山賊を殺したに来たの」
なぜか、と問われると難しい。そうするのが正しいと思ったからだ。
「自分が正しいと思うことをする、それが任侠の道だ。金のために荒事をしたとすれば、それはただの傭兵じゃないか」
気取って見せるのは、男一匹金など無くとも生きていける自信があるから。そして、シーネという女には、そんなものはないだろうよ。




