Ⅵ
俺の役割は、テンドウ爺さんの後ろでうなずいていること。交渉は全部お任せだ。
そろそろ日も暮れるので家の中に入れてもらいたい。そんなくだらない事だけを考えていると、クチャクチャしゃべる声が途切れた。
「孑孑の、大体のはなしはついたぞ。一つ目たちには、ワシの示す目印より奥には進まなければ、猿に襲われないことを伝えた。もう一つは、人間の町を襲わない代わりに、月に一度豚一頭を人間が送る。一つ目たちは対価として、なにかを渡すということにしたんだが……なにを渡せばいい?」
お互いに利益がなければ、取引は成り立たない。豚一頭は正銀貨一枚半といったところだ。毎月正銀貨一枚半に相当するようなものを一つ目たちは供給できるのか。いや、無理だろう。
「だったらこうしよう。一つ目たちは、豚への対価として夕露草を大籠に一杯摘んでくる。夕露草がなければ、豚もなし」
爺さんが巨人と再び交渉をはじめた。
夕露草はケガを治す薬の原料になるが、籠に一杯集めても精々銅貨十枚。豚一頭の十分の一の価値もない。森の奥にはいくらでも生えていたので、集めるのは難しくないだろう。それでも、交易がおこなわれることに意義があるはずだ。驚くほど単純で力こそ全てと考える一つ目たちに、奪い取る以外に食料を手に入れる方法があるということを理解させることができれば、人間との共存という道も出てくるのではないか。
「よし、ゲライトも納得した。これではなしは終わりだ」
「ゲライト――?」
「このデカブツの名前がゲライトだ。交渉がまとまったんだから、ワシとお前を招いて酒席を開きたいんだとよ」
断る理由はなかった。わざわざテンドウ爺さんを一つ目の村に連れてきた、本当の目的を果たすのだ。
「これは強い酒だな。どうやってつくっているか、ゲライトにきいてもらえませんか」
一つ目巨人ゲライトが振る舞ってくれた酒は、かなり強くて喉を焼いた。緊張しなければならない時は過ぎたのだ。老人には敬意を。
「甘い芋でつくるそうだ。確かに強い酒だな、こりゃ」
「蒸留する技術があるということでしょうか。これくらいの強さになると、醸造するだけでは無理でしょう」
爺さんは、しばらく巨人とはなしをしていたが、首を捻った。
「こいつらには、酒精を強くするための蒸留という考えがないようだぞ。どうやってこの酒を造っているのか不思議だ」
ジジイの顔は朱に染まり、一つ目もなんだか楽しそうに見える。そろそろ本題に入ってもいいだろう。
「ところでテンドウさん。ゲライトに質問があるんですが、きいてもらえますか」
うんうんと上機嫌にうなずく爺さん。<言の葉>の贈物ならば、一つ目に疑問をぶつけることができる。
「この一つ目たちの村に、十年ほど前に人間が来て、武術を教えたことはなかったかきいてください」
ジジイはチラリと視線をこちらに向けたが、すぐに巨人へなにかをはなしはじめた。爺さんの問いに、巨人もこちらをチラリと見る。
「何故そんなことを質問するのか、といってるぞ」
「その人間は子どもを連れていなかったか。小さな人間だ。その人間は棒をよく使い、竜尾の技を教えたはずだ。その時の子どもが俺なんだ」
たったひとつの大きな目が一層大きく見開かれ、じっとこちらを見つめていた。テンドウの爺さんがはなし終わったとき、その瞳は優しくなり、こちらへ向かって静かに頭を下げた。
「どうやら心当たりがあるらしいな」
一つ目がなにかを語り始め、爺さんがそれを通詞してくれた。
十五年ほど前、一つ目たちは度々自分たちの森に入り込んでくる人間に手を焼いていた。食べるために殺すのはわかるし、腕試しをしたいなら自慢の棍棒で思い知らせてやることもできる。だが、人間たちは森にコソコソと忍び込んではぐれた仲間を殺し、その首だけを持っていくのだ。
村一番の剛力であった村長も、芋を掘りにいった帰りに人間に襲われて殺された。胸にひと突き。
人間はどうやって、あれほどの偉丈夫を殺したのか。悲しみと怒りが村を包んでいた。
そんなとき、ある人間が一つ目の村に堂々と訪ねてきたのだ。
いきり立つ一つ目たちを前にしても、その人間は恐れることもなく、古来の作法に則って腕試しを挑んできた。ゲライトの父親は得意の棍棒で人間を叩き潰すつもりだったが、その棒に体もなくあしらわれることになった。腕試しに勝っても、男は驕ることなく、それどころかゲライトの父親に棍棒での戦い方、そして棒術を教え始めた。
互いに腕に覚えのある男同士だ。武術にことばは不要。二十日ほど男は村で過ごし、いろいろな得物に対処する方法を指南した。
その後、襲われた一つ目たちが人間を何度か返り討ちにすると、次第に人間は森に入ってこなくなった。目的がなんであったのかはわからないが、命を懸けるほどのものではなかったのだろう。
男はなにも代償を求めずに村を去ったが、その男は小さな子どもを連れていた。




