Ⅴ
十匹弱の猿を殺している。
人間に猿の区別がつかないように、猿にも人間の違いがわからないのかもしれないが、大身槍を持つ人間は滅多にいない。槍を見て、仲間を殺したのが俺だと気がつく奴もいるだろう。
しばらく小屋の中で待っていると、猿が数匹テンドウ爺さんの前に現れる。
クチャクチャ、クチャクチャ。
なにかを噛むような奇妙な声で、爺さんが猿になにかを伝えている。猿は興奮したような声で何かをいい返していたが、最後には落ち着き姿を消した。
「<言の葉>という贈物は凄いな。連中、なんていってたんだ」
興奮気味の俺を見て、小屋に戻ってきたテンドウは困った顔でいった。
「仲間を殺したのは許せないといってたな。だが、先に襲ったのはお前たちラケーナなのだから、相手は身を守ろうとしただけだ、といって納得させた。まあ、後で償いは必要だろうがな」
「あの猿たちとの会話は、どんな感じなんだ。頭はいいのか。それともタダの猿みたいなものか」
「本当に教えてもらいたいなら、まずは相手に敬意を払うべきだぞ、孑孑の」
確かに仁義は切ったが、礼儀がなっていなかった。年長者には敬意を。
「これは申し訳ありませんでした、テンドウさん。改めておうかがいします。猿とはなすのは、どういう感じなんですか。猿と会話ができるなら、犬や鳥、豚ともはなしができるんでしょうか」
動物に意思が通じるなら使役することもできるだろう。偵察に戦闘、思いのままだ。
「猿といっても、ラケーナたちは頭がいい。<言の葉>という贈物では、頭のいい種族とは会話ができても、動物と話をすることはできない」
そう都合良くはいかないか。しかし、猿と会話ができるのであれば、一つ目たちに質問することも可能だろう。俺の父ちゃんが一つ目の村に来たということを。
「まあ、なにもないところだが、飯でも食っていけ」
気がつけば、夜の帳があたりを覆いはじめていた。
「ごちそうになります」
蒸した芋、堅く焼いたパン、キノコしか入っていない汁。ごちそうとはいえないが、腹を満たすには十分だ。
「狭いところだが、敷き茣蓙がある。年を取ると、腰が痛くてかなわんのだ。客人に床で眠ってもらうのは気が引けるが、ワシが寝台でかまわんかな」
こちらは招かざる客。安全な場所で眠れるなら、文句をいう筋合いはない。礼をのべてから、茣蓙の上に横になった。
猿の気配を感じることはあったが、襲いかかってくる気配はない。ならば、日が暮れる前に一つ目たちの村にたどりつきたかった。猿の手矢を避けるためにつくった筏は、小屋に置いてきている。通り道に残した道しるべをたどるだけなので、帰りの速度は大幅に上がっている。
意外だったのは、テンドウの爺さんが俺に遅れを取ることがない健脚だったこと。
山奥での一人暮らし。体が弱ければ暮らしてはいけないということか。
「一つ目たちが町を襲う理由が食糧不足だというなら、町長に食料の供出を頼むこともできるはずです。無駄に殺し合いする必要はないでしょう」
息ひとつ乱さずに、爺さんは答えた。
「そう上手くいくかな。一つ目たちは凶暴だが殺せない相手ではない。食料を与えるために金を使い続けるのであれば、まとまった金を払って一つ目を皆殺しにした方が得だと考えるかもしれんぞ」
たしかに、それが合理的かもしれない。ひと月に羊二頭なら正銀貨二枚。一年でヴィーネ金貨一枚以上になる。ならば、傭兵を雇って一つ目を討伐することを選ぶかもしれない。
「お互いに利がないと、一時的なものになってしまうということですね。人間は提供するものがあっても、一つ目たちにはない。森でしか手に入らないなにかがあれば、交易になるのでしょうが――」
「そういうことだな。まあ、ワシからも一つ目たちにきいてみよう」
日が暮れるまでに、俺と爺さんは一つ目の村に到着した。
一番大きいのが巨人の家。数人の一つ目たちとすれ違うが、大身槍を持つ俺に襲いかかってくる奴はいない。テンドウ爺さんには、離れないように伝えている。
「あれが村長の家だと思う。一つ目の中でも一番大きかったし、俺に勝負を挑んできたんだ」
いったん敬語はお預け。なにが起きるかわからない。爺さんにもあらかじめ断りを入れている。
グワッグワッとヒキガエルのような声。横を見ると、テンドウの爺さんが家に向かって呼びかけている。
一つ目たちは、こんなことばを使っていたか? 疑問は、一つ目巨人が出てきたことで霧散した。
グワッグワッ、グワッグワッ。
内容はわからないが、ことばが通じていることはわかる。
「おい、孑孑の。ワシを見て、大きくうなずいてくれ」
俺は満面の笑みで巨人を見つめると、大きくうなずいた。




