Ⅰ
芋の味で思い出した。俺はこの村に来たことがある。
いや、はじめからわかっていた。この芋の味は、それを確信へと変えたのだ。
「俺が子どもの時、この村で暮らしたことがあると思う。あんたたち、俺のことを覚えていないか」
四つの瞳が集まるが、やはりことばは通じていないようだ。みな、すぐに食事に注意を戻す。
子どもたちが時々なにかをいうが、女にたしなめられて黙ってしまう。食事の時に喋るなという教えなのだろう。意思の疎通ができないことがもどかしい。
夕飯が終わると、板の間の上に布団を敷いた部屋に案内される。ここで眠れということなのだろう。いい感じに酒がまわっていた。天井がグルグル回り、すぐに眠りについた。
物音で目を覚ます。日はすでに高い。物音の正体は子どもたちのようで、俺が視線を向けると笑い声とともに姿を隠した。昨日の囲炉裏のある部屋に行くと、女がちょうど入ってくるところだった。顔を洗う身振りをすると、井戸の場所を教えてくれる。顔を洗い、冷たい水で喉を潤す。
家に戻ると、朝食の用意が整っている。甘い芋に、野草の汁。素朴な味わいだが二日酔いの体には心地よかった。
居候は得意中の得意。食客として、各地の顔役の家を渡り歩くのは渡世人の処世術。飯や待遇に文句はいわない。気に入らなければ、出て行けばいいのだ。ちょうど食事を終える頃、巨人が俺に表に出てくるよう身振りでうながした。家の主人に頼まれたことはやる。これも居候の心得。
靴を履きなおして表に出ると、巨人は昨日の丸太と鋤を担いで待っている。背には大きな籠。農作業でも手伝えということか。周囲を見回して、鋤か鍬を探すが見当たらない。仕方ないので、若木の棒を手に取ると、違う違うと首を横に振る一つ目。スッと突き出された右手が指さした先には、俺の大身槍があった。
昨日の再戦か、いやちがう。戦うなら鋤など不要。狩りにでもいくのか。残念ながら、俺は獣を狩るのは得意じゃないぞ。
まあいい。
なにがあるのかはわからないが、ついて来いというなら、ついて行こう。武器を持っていけということであれば、なにか化け物でもいるのだろうか。鋤を抱えた大男と、二人楽しくお散歩だ。
山地にある森の木々は高くそびえ、下生えがほとんどないので歩きやすい。しばらく進むと巨人は足を止め、なにも生えていない地面をいきなり鋤で掘りはじめた。
べつに手伝いを求められてはいない。とりあえず観察だ。少し掘っては止め、掘っては止めを繰り返し、なにかを引っ張るような動きとともに、大きな芋が姿を見せた。巨人は、人間の腕くらいの長さがある芋を折れないように引き抜くと、そっと背中の籠へ入れる。
これがあの甘い芋か。村に畑は見えなかったので、森に入って芋を掘っているのだろう。ならば、なぜ町を襲って家畜を奪うのか。芋の不作が原因なのか。それとも別の――。
突然甲高い叫び声に思索が遮られる。音は木の上から、そこに何かがいる。
猿か。
木の枝を、両手を器用に使って移動する姿は、大型の猿のようだ。
再び何かを命ずるような甲高い叫び声が響くと、木の上からバラバラとなにかが降ってきた。
投げたというより、ばら撒かれたそれは、風を切って我々の頭の上へ降り注ぐ。
数は多いが、速度はそれほどでもない。大きく間合いを取れば、避けるのは簡単。バラバラと地面に短槍のようなものが突き刺さる。巨人は、丸太をブンブン振り回して落ちてくる短槍を弾き飛ばしていた。
なるほど、これは槍というより手矢の類いだ。粗末な木の棒に石の鏃という簡単なものだが、高さがこの手矢に恐るべき威力を与えている。
木の上の相手には、一つ目の膂力も役に立つまい。ひょっとして、この猿に困っているから、なんとかしろということか。
半弓でもあれば、あのくらいの猿くらい射落とせるだろうに。一つ目たちは弓を使えないのだろう。仕方ない、一宿一飯の義理だ。
大身槍を左に持ち替えると、隠しから礫を取り出す。少し遠いので、腕全体を使って思い切って投げつければ、ギャッとひと声を残して猿が木から滑り落ちる。
高さが手矢の威力につながっているのだから、落下は命取り。猿も木から落ちるということ。
グシャリという音とともにまき散らされる血、血、血。ああ、この高さならすぐには死なないのか。
もう一つ礫の贈り物。
ギャッ、グシャ。
隠し《ポケット》にはあと五つか六つは石がある。それが無くなれば撤退だ。
また鋭い叫び声。手矢のばらまきは止まり、猿たちは森の奥へ逃げ出した。
追撃はできない。仕方ないので、地面へ叩きつけられた二匹へ向かう。
全身毛むくじゃら。知能はそれほど高そうではない。これだけのケガだと命も助かるまい。楽にしてやると、次の猿の襲撃に備えた。




