Ⅴ
「ここからは、お前が孑孑のウェイリンだ。自分では名乗るなよ、ボロが出る。返事をしないでニヤリと笑っていれば、大物に見える」
偽物の方がいい男だということにムカつくが、今は女にモテるかどうかは重要ではない。
次の町で、背丈ほどの樫の棒を手に入れ、爺さんのように杖をつきながらの二人旅。杖を使うと意外と楽ちん。これからは杖をつきながら歩こうか。
「ウェイリンさん、ひとつ質問してもいいですか」俺がうなずくと、ジェレーオは続ける。「自分が巡察官の代わりになるのはダメなんでしょうか。急に強くなれるわけでもないし……」
ごもっともな質問だ。
「それも一つの方法だな。だが、レストンド鉱山のフレネオという奴が巡察官を始末したいと思ったときに、お前を守り切る自信はない。それに、フレネオも護衛の男とは口をきかないだろうから、面倒くさい交渉をお前がやるはめになるんだぞ。ただの巡察官の男が、もの凄く強いということが今回の作戦の肝なんだよ」
口から出任せだが、いい返すだけの材料をジェレーオは持っていないだろう。申し訳ないが、この男は囮だ。せいぜい守ってはやるが、死んだとしても仕方ない。
「ウジウジと考える暇があるなら、本当に強くなって見せればいい」
そういうと樫の棒を放り投げる。ジェレーオが担いだ槍をどうするべきか逡巡している間に、棒は地面に落ちて乾いた音をたてた。
「いいか、ウェイリンの教えその一だ。槍を捨ててもいいし、棒を無視してもいい。どちらにしても自分で決めろ。お前は棒を拾うか槍をどうするか考えていただけで、どちらもできなかった。優れた戦士の条件は、素早く判断することだ。例え間違っていても、素早い判断は身を助けることになる」
ジェレーオは感心したような表情を見せた。これは御山で学んだことの受け売りだが、駆け出しには役に立つ教えだろう。
無限の選択肢の中から正解を選ぶ。これこそ武術の神髄。
しかし、コブハ村で経験したものは違った。はじめから正解がわかっており、その道筋をたどるだけ。あれが域に達するということなのか。
若者は槍をそっと地面に置き、代わりに棒を拾った。
俺は槍の石突きのところまで歩くと、軽く踏みつける。穂先が跳ね上がり、左手で槍の柄をつかむ。憧れるような視線が痛い。
「どうだ、格好いいだろう。だが、お前はやるなよ。自分の得物を手に入れてから練習しろ」
御山では武器を足蹴にするとゲンコツが飛んできたが、こっそり隠れ、様になるまで何度も練習したものだ。思えば若かった。
「ウェイリンの教えその二だ。棒術の要諦は前後がないこと。槍にも剣にもない利点だ」
そういうと、左、右と槍を繰り出す。打ち払えるように、わざとゆっくり。
鞘のままなので、もちろん安全だ。
本来、棒術では相手の武器を打ち払うことは悪手。木の棒では、打ち払うときに棒の方が折れる可能性が高い。そうならないように、薄い鋼で棒を覆うことも多いのだ。
だが、木剣でも棒でも、実際に打ったり受けたりすることには充実感がある。変な手癖がつく前に修正できるのであれば、やる気につながる良い方法だ。御山にも、木剣やたんぽ槍を使って打ち合いを奨励する師範がいた。逆に、真剣以外での訓練には意味がないと考える師範もいる。俺はどちらかといえば真剣派だった。実戦に使えない技術は不要であるという考えだからだ。しかし、こうして教える側になると、木剣も悪くないのではないかと思える。
せっかくだ。本当の槍使いを見せてやろう。
気合い一閃。電光石火の突きは、ジェレーオの腹を打つ。若者は苦痛に膝をつき、恨めしそうな顔をするが、いずれはこの程度の突きにも対処しなくてはならなくなるはずだ。
しばらく打ち合い、最後に大身槍の素振りをさせると、今日の鍛錬はおしまい。一朝一夕に腕前が上がるわけではないが、基本くらいは教えるべきだろう。
道中で半弓を求め、ジェレーオに使わせてみると、確かに悪くない腕前だった。ウサギや木の上の鳥なら射落とすこともできるだろう。一通り腕前を確かめると、弓は弦を外して背嚢に片付けておいた。いつか役に立つこともあるはずだ。
フゲンのオッサンに感謝しなくてはならない。人に教えるということは、存外楽しいものだった。二つ槍のレッテが、俺を連れて旅をしていたときもこうだったのか。
宿に泊まり、飯を食い、道中でジェレーオに棒と槍を教える。
町が村になり、宿屋がなくなる。寂れた村をいくつか通り過ぎる。
往時の名残か街道の道幅は広いが、土砂がたまり、轍は輪郭をあいまいにしていた。
鬼が出るか、蛇が出るか。
レストンド鉱山はもうすぐだ。フレネオという男が、まともな人間であることを祈ろう。




