Ⅵ
大身槍を手にすると、そのまま石突きを右に繰り出す。ためらいもなく、そうすることが当たり前であるという動きだった。
腹を突かれた男が苦痛で体をくの字にしたところを、返す穂先で首筋を切り裂くと、そのまま男の頭越しに突き出した。後ろにいた男の首に突き刺さった槍を軽く左に振ると、反動でポロリと首が右に傾ぐ。
二人の男の横を通り過ぎると、右手一本で家と家の間の路地へ槍を伸ばす。穂先が、吸い込まれるように走ってきた男の胸を貫くと、大身槍から手を離し、腰の剣を抜き様に男の首を刎ねた。
そうするのが当然のように頭を下げると、乾いた弓鳴りがして、矢が上を通り過ぎる。隠し《ポケット》から石を取り出すと、暗闇の中に飛ばす。ギャッと声がしたときには、弓を持つ男を斬り捨てていた。
「親分がやられた! 逃げろ! 逃げ――」
逃げようとした男の背に投擲された剣が突き刺さる。
寸鉄帯びない丸腰になったが、なんの恐れもない。大身槍の突き刺さった男のところへ行き、死体を仰向けにすると、胸を足で踏みつけて槍を抜く。
背中に剣が刺さった男に大身槍でとどめを刺し、剣を引き抜いて鞘に戻した。
扉の開く音、走る音。旗色が悪いとなれば、一目散に山へ逃げるのだろう。それが山賊というものだ。追いかけていくのも一興だが、皆殺しにしたいわけではない。
東の空が白白明るころには、村に賊は一人もいなくなっていた。
なぜ敵がいないことがわかるのか。五感は研ぎ澄まされ、今ならなんでもできる気がした。
家々から、女たちがゾロゾロと表に姿をあらわす。救われたと笑顔を見せる者もいれば、これからどうすればよいのかと絶望の表情を見せるものもいる。男が殺されたのであれば、半農半猟生活を営んでいた村人たちの生活は破綻することになるだろう。
「賊は皆追い出した。仲間を連れてくるから、死体の始末をする場所を決めておいてくれ」
この殺しには道理がある。逃げる必要がないのであれば、尻を拭いてやるつもりだ。鐘一つほどの時間も過ぎていないはずだが、まるで何年も経ったような気分だ。
ほんの僅かな時間ではあったが、間違いなく俺は次の域に達した。レッテ師匠のことばが思い出される。
「こう斬りつけられれば、こう受ける。こう斬ればこうなる。そんなことを考えている限り、お前は強くなれないぞ。まず、受けるなんていうことを実戦で考えるな。受けると剣は折れ、槍は曲がる。相手より先に槍を突けば、間違いなく勝てるんだ」
考えるなということばの意味が、初めてわかった気がした。なにも考えずとも体が自然に反応する。まるで、相手がどう動くかわかっているかのように。これが達人の域なのか。いつでも、あのような状態になることができれば、格段に強くなれるだろうよ。
杣道に倒れる、見張りの死体を通り過ぎると大声でオッサンに呼びかける。
「フゲンさん、全部片付きましたよ。出てきてください」
十一人の命の上に、俺は少しだけ前に進むことができた。この機会を与えてくれたオッサンに対して、自然と敬語がでてしまった。
「おう、無事に戻ってきたか。賊は何人くらいいたんだ」
ガサガサと木陰からオッサンが姿をあらわす。
「二十人以上はいたらしいが、細かいことはわからんな。十一人までは斬ったが、あとは逃げ出した。残念だが、男は全員殺されたらしい。あんたの訪ね人も、生きていないかもしれない」
辛いことだが、事実なのだから仕方ない。オッサンはなぜか平然としている。
「死体を片付ける必要がある。俺一人ではとてもじゃないが無理だから、あんたも手伝ってくれ」
依命扶翼牌の持ち主であっても、手伝いくらいはしてくれるだろう。いや、手伝わないといっても、無理にでも手伝わせてやる。
「まあ、細かい話はコブハ村でしよう。本当に賊はいないんだろうな」
命知らずが舞い戻っていなければ、いないはずだ。一軒一軒見回ったわけではないが、なぜか確信があった。
「ああ、行けばわかるよ」
道ばたに置いた弩を拾い上げると、オッサンに放り投げる。矢は込めていない。気が変わって、後ろから射られてもかなわない。
すぐにコブハ村が見えてくるが、暗闇の中で走り回っただけの場所だ。初めて見る村と変わらなかった。一番手前の家に押し入ったのは、ほんの少し前のことだとは信じられない。
すでに、女たちが死体を表に運んでおり、横たわる遺体は二、四、六、八、十人。
一人足りない。死んでいなかった奴がいるのか。まあいい。
「お前は、首を斬るのが好きなのか。どこもかしこも血まみれじゃな――」
油断した。
前方から走り寄る影。真っ直ぐに向かってくるのに、なぜ気がつかなかった。影はそのまま真っ直ぐオッサンに飛びついた。
抱きついた女を見て理解した。ああ、なるほど。殺気がないから気がつかなかったのか。
ちっこいが娘ではない。可愛らしいが、年齢はそこそこ重ねている女だ。オッサンには似合いの相手に見える。
「あんた! 助けに来てくれたのかい。手紙の返事がないだけで、こんな田舎まで――」
感動の対面に水を刺すつもりはない。
とりあえず、どこに埋めるのかを手近な女に教えてもらい、鋤を手にそちらへ向かうことにした。