糸の日
しばらくの間、ごはんを食べた後、岩のところまで行くのがハールの日課のようになっていました。しかし、どんなにやって来ても相変わらず岩の先に道はなく、深い森があるだけでした。
徐々に行くことも減ってきました。そもそも帰りたいのかどうかさえわからないハールは行くのを止めてしまいました。
ある日の朝のことでした。あの小屋に向かい、幼虫たちに葉っぱをやりに行くと彼らの様子が変わっていました。あの雨の降るような音を立て、すさまじい勢いで食べていた姿はありませんでした。執念とも言えるほどの葉っぱへの関心が嘘のように無くなり、いつの間にか用意されていた小さな囲いの中に体をねじ込ませて、静かに白い糸のようなものを自分の体を纏うように吐き出していました。このままいくと虫たちの姿も真っ白な膜で見えなくなっていきそうでした。その変わり様は葉っぱを食べているときと、糸を吐いているとき、それぞれ別の生き物のように思えました。
ハールは虫たちに語りかけました。
「どうしたの?」
ー僕たちはこれから蛹になるんだー
「蛹って、あの蛹?」
ハールは綺麗な蝶々の姿を思い浮かべました。
ーそう、その蛹ー
「じゃあ、これから綺麗な虫になるんだね」
ー……うん、まあねー
「? 嬉しくないの?」
ハールは少し間があったことに訝りました。
ーごめん、ごめん。嬉しいよー
「そう、じゃあ、今度は綺麗な虫になったら会おうね」
ハールはそう言って小屋から出て行きました。