四つの季節の森
そうしてハールが自分の中の暗い感情に浸っていると、みんなの姿が見えなくなっていることに気付きました。
我に返ったハールは、みんなが進んでいった方へ慌てて追いかけました。けれど、どんなに進んでも誰の姿も見えませんでした。立ち止まって周りを見回してみましたが、見えるのは生い茂る木ばかりで人の影すら見えません。足音でも聞こえないかと耳を澄ましてみても、聞こえてくるのは、木々のざわめく音や鳥たちの鳴き声ばかりでした。
ほんの少しだけでも誰かの姿が見えることを期待してハールはもう一度ぐるりと見回しました。それでも、目に映るのはさっきと同じような光景でした。
ハールはすっかり肩を落としました。先生には怒られ、みんなからは後ろ指を刺され、失望した表情をした叔母さんの姿が次々とハールの脳裏に浮かびました。
散々思い詰めた挙句、ハールは学校に戻って待つことに決めました。自分の記憶を頼りに、元来た道を引き返し、目印にした大きな岩のある場所までやってきました。ハールは胸を撫で下ろしました。これで何とか戻れる。後で怒られるだろうけれど、とりあえずこれで森から出られる、と息をつきました。
ところが、どれだけ岩のまわりを歩いてみても鬱蒼と茂る木々ばかりで道がありませんでした。もちろん引き返す道を間違えたのかもしれません。ですがこれだけ大きな目印を間違えることはありません。やはり道がなくなっているとしか思えませんでした。
すっかりしょげてしまったハールは近くにあった小さな岩の上に座り込みました。自分の仕出かしたことを悔やみ、顔を手で覆いました。相変わらず森は、ハールの存在を無視するかのようにいつまでもざわめいていました。
(でも、もともと一人になりたかったんだ。みんななんて知らないや。僕の望みは叶ったんだ)
ハールは無理やり気持ちを落ちつけると、今度は開き直って見せました。岩から勢いよく立ち上がり、地面を蹴り付けるように歩き出しました。風が少し治まり、さっきまでせわしなく枝を揺らしていた木々も落ち着きを取り戻し、その身に咲かせた花を煌びやかに見せていました。
安心して休める場所を求めてハールは歩き続けました。徐々に気温が上がり、汗が額からこぼれ落ちてきました。たまらず上着を脱ぎ、水筒の水を飲みました。
小さな動物でも飛び越えられそうな細い水路を跨ぎ、高木の隙間から差し込む僅かばかりの光を頼りに生育している幼木の枝を掻き分けていきました。しかし、休める場所は見つかりません。しかたなくハールは腐って折れた倒木の上に座り込みました。
いくら日が上がって気温が上がったとしても、さすがに暑すぎるとハールは気味の悪さを感じました。注意深く周りを窺ってみると、鳥の鳴き声の中にジリジリと鳴く蝉の声が混じり、小さな虫があちこちに飛び回っていることに気づきました。さらに、気のせいか森がさっきよりも深くなっているようにも見えました。
木が成長して生い茂っている? こんな短時間で?
ぼたぼた落ちる汗を拭いながらそんな自問自答をしていると、今度は「寒い」という言葉が頭の中によぎりました。いつの間にか汗も引いていました。
寒い?
ハールはその言葉を明確に意識すると、自分の体がぶるぶる震えていることに気づきました。急いで上着を着こみました。それから、今度は息を吸う音も立てないくらい警戒して森の様子を窺いました。
あれだけ生い茂っていた木々も赤い花をつけた木も、枝だけの姿になって淋しそうに佇み、騒がしがった鳥たちや虫たちの鳴き声も聞こえなくなっていました。気味の悪さを感じながら、ふと空を見上げると白い粉のようなものがゆらゆらと降っていることに気づきました。
ハールがその白い粉を掌で触れてみるとあっという間に溶けて、透明な液体になりました。その透明な液体はハールの掌を伝って滑り落ちていきました。白い粉が降り止む様子は一向に無く、木々の枝や地表に生える植物たちの上に積もってがらりと、森の様子を変えてしまいました。
こんな景色をハールはついこの前に見ていました。それによって白くなった学校や叔母さんの家でした。ハールはこの白い粉が何なのかうっすら感づいていました。けれど、先生の授業でこれから暑くなる、ということを学んでいたので認めたくありませんでした。しかし、この白銀の空を見上げていると、どうしてもこの言葉を言わずにはいられませんでした。
雪だ。
その後も雪は降り止む気配はなく、降り積もった雪で辺り一面が真っ白になりました。
一歩一歩進む度に足が雪の中にズブズブ沈むようになり、ハールは身動きが取れなくなってしまいました。運良く近くに根本が雪で積もっていない大きな木があったので、ハールは力を振り絞ってそこに逃げ込むことができました。そこには平べったい石がありました。疲れてふらふらになったハールは石に付いた汚れも払うことなく座り込みました。
でも、これからどうなるのか、また、どうしたらいいのかすっかりわからなくなってしまい、ハールはうなだれてグスグスと泣き出してしまいました。
ありがとうございました。