夜明け前の空に佇む
それからしばらくたちました。ハールはもうすっかり森での生活に慣れたようでした。川を泳ぐこともできるし、木に登ることもできるようになりました。いつどこでどんな食べ物が手に入るのかとか、すぐに火をつけられるコツや、掃除も洗濯もいつどこですればいいのか、そういったことも把握していました。
それと引き換えに元の世界のことをほとんど忘れていきました。叔母さん、学校のみんなや先生、町での暮らし。どうやらハールはそれすら気づいていない様子でした。季節の歪みは前よりさらにひどいものに変貌していましたが、それでもハールはこの森でセンセイやコトリたちと一緒に過ごすのか楽しいようでした。
久々に夜中に目が覚めた日のことでした。前日は早くにやることが多く、疲れていたので早めに眠りにつきました。また眠ろうと思ったのですが、頭がすっきりしていたのでそのまま起きることにしました。外に出ようと思い服を着替えようとすると、畳んで置いてあった自分の服が目に入りました。久しぶりにそれを着てみると、あの幼虫たちから作られた服とは違いゴワゴワしていましたが、それでもしっくりきました。ただ、外は少し寒かったので幼虫たちの服を上に着こみました。
外は真っ暗でした。化学的に純粋な黒は存在しないはずなのですが、その日の夜の黒さはまさに純粋な黒といっていいようなものでした。ですから余計に星たちの輝きは増して見えました。
ハールはふとあのフクロウたちに会いに行きたいと思いました。なぜかはわかりません。一度怖い目に会っているから大丈夫という確信があったからかもしれません。ただ、あのフクロウがどうしているのか気になったのです。
あえて火は持たないで森に行くことにしました。慣れた手つきで森の中をかき分けて進むとあのフクロウが木の上に佇んでおりました。もうハールもフクロウも警戒する様子はなく、お互いに見つめあっていました。ふと、枝の影からまだ毛の生えそろっていない小さなフクロウが姿を現しました。どうやら子供のようです。子供はハールの存在を気にすることなく親に甘えだしました。ハールはそんな親子の様子をぼんやりと眺めていました。
いつも間にか、あれだけ真っ黒だった空に青みが掛かってきました。少しづつ夜明けが近づいてきていました。風に吹かれて流れていく雲の姿が見えてくるようになりました。夜明け前に見える雲は、光のもとに見える白くてふわふわとした姿と異なり、青白く重たい色をした煙のようでした。それは遥か彼方の銀河からやってきたかのような神秘さと荘厳さを持っているようでした。
ハールはその今にも飲み込まれてしまいそうな青白い雲の流れをうっとりと眺め続けました。
ありがとうございました。