蛹の日
すっかり日が上がって森の中を明るく照らしだした朝と昼の間くらいの頃でした。ハールは食材集めを兼ねて森の散策に出かけていました。センセイほどではありませんがそれなりに食べられるものとそうでないものの区別がつくようになりました。
ハールとしては木に登りもっと美味しそうな食べ物を手に入れたいと思うのですが、まだうまくいきません。特に大きな木になると枝がハールの手の届かないところにあるため、どこを手掛かりにしていいのかその感覚がうまく掴めないのでした。とりあえずは手の届く範囲で採れるものを集めて行きました。
ジャムにできるつぶつぶした赤い木の実、様々な形をしたドングリ、キャンディのような形をした渦を巻いた草など、それでもたくさんの種類の食べ物が集まりました。キノコも集めたいところなのですが難しいのでセンセイに見てもらいながらでないとできません。それもハールにとっては悔しいところなのでした。あやうくコトリの好物を取り忘れそうになり、また頭を突かれてしまう、と慌てて集めに戻りました。
家に戻る途中、あの虫たちのいる小屋からなにやらがちゃがちゃと物音がするのでハールは立ち寄りました。
小屋の前では大きな窯の下でセンセイがなにやら火を起こす準備をしていました。
「ああ、ちょうど良かった。ハール、水を汲んできてくれないかな」
センセイはハールに気づくと、大きな瓶を渡してきました。
ハールは何か不穏な予感がしながらも水を汲みに行きました。
水を汲み終わったハールが戻ると、窯の下から火が点き始めていました。
「ありがと、ハール。それじゃ、それを中に入れよう。重たいから一緒にやろう」
センセイとハールは瓶の両端を持ち上げて、水を窯の中へ入れました。
すると、センセイが小屋の中に入っていきました。ハールも慌ててセンセイの後について行きました。
小屋の中では、白い糸ですっかりと包まれた幼虫たちが幾つも眠るように転がっていました。センセイはいつもと違って鋭い眼差しで幼虫たちを見て回りました。
「うん。いいかな。ハール、虫たちを集めてよ」
センセイは大きな袋をハールに手渡しました。ハールは虫たちを袋の中に入れていくうちに、言いようのない不安に駆られました。
小屋から出ると、窯の中の水はすっかり沸騰してボコボコと音を立てていました。
「センセイ……」
ハールはこれから何をしようしているのかわかってしまいました。
センセイはハールの気持ちを無視するかのように、袋の中の幼虫たちをさっと手際よく窯の中へ入れていきました。
「センセイ、何してるの!!」
ハールは悲鳴にも似た声で叫びました。
「ん? どうしたの。そんなに慌てて」
センセイはハールのうろたえぶりを諭すように、落ち着いた様子で作業を続けました。
「これは、糸を取ろうとしてるんだよ」
「糸?」
「そう。後で教えるけど、ここから糸を作って、それを布にしていくんだ。その布を使って服を作るんだ。君の着ている服もこうやってできてるんだ」
「そうじゃなくて、さっきまで生きてたんでしょ。いいの!」
ハールはいきものを殺して食べ物を得ていることを知っていました。それが服もそうしてできていることは知らなかったのです。ですから、ハールは自分がいかに馬鹿なことを言ってるのかわかっていました。でも、言わずにいられませんでした。それはセンセイへの八つ当たりでもあり、甘えのようでもありました。
--そんなにセンセイを責めないでよ--
すると、小屋の方から声が聞こえてきました。あの心に語りかけてくる虫の声でした。
ハールが小屋の中に戻ると、部屋の隅に木で編まれた箱がありました。その中には白い繭で包まれた二匹の幼虫が入っていました。
「あなたたちは?」
ハールも語りかけました
--私たちは次の私たちを産むためにいるんだ。またこうしてここで生きるために--
「でも、それは……」
ハールは、またこうして糸にされてしまうのに、それでいいの、と言おうとすると幼虫たちが遮りました。
--私たちは君の言うセンセイを恨んではいないよ。おいしい葉っぱもたくさん食べさせてくれるしね。センセイは私たちを殺して生きることの苦しみを理解し受け入れているから……それは言葉ではなく魂で受け入れているということなんだけど……そして前の私たちは次の私たちに変わっていく。それがずっと続いていくんだ--
「僕たちの世界ではそういうことをしていると、なんて残酷なことをしてるんだ、という人たちが大声で叫んでくるんだけど、どう思う?」
ハールは幾分落ち着きを取り戻しました。
--他の人がどう思っていようが関係ない。自分自身がそのことを分かってさえいれば……その服を着るときのほんの少しの間だけでもいい。服になった私たちのことを忘れないで、覚えててくれればそれでいいよ--
ハールは幼虫のつがいと別れ、外に出ました。
そこには愛おしそうに窯の中の様子を見守っているセンセイの姿がありました。
ありがとうございました。