1話:運命の分岐点
「レーマー! お昼ご飯持ってきたよー!」
茶髪を結い上げ、垂れた目が可愛らしい女の子が昼食を包んだ布を手に走って来る。
向かう先には1人の青年がいる。
「おう。 ありがとうミナ。 それじゃあ休憩するか」
持っていたくわを肩にかけ、顔をあげた男は名をレーマといい、この世界には珍しい黒髪ではあるが、その顔は至って平凡であり、他に上げるべき特徴もない。
「お疲れ様ー」
2人は畑の脇に置かれた木のベンチに腰掛けて、昼食の準備をする。
「調子はどう?」
「今年はどこのうちも凶作だな。 これじゃあ森へ狩に行く頻度も増やさないとだな」
布の包みの中から出てきたのは具の入っていないおにぎり。それをミナから手渡されたレーマは口に含みつつ、そんなことを口にする。
「えー。 森は危ないよ。 最近また森に狩をしに行った男の人が何人か戻ってこないんだよ」
ミナはおにぎりを頬張りつつ、顔をしかめる。
そのほっぺたについているご飯粒をレーマが自然な動作で取ると口に含んだ。
「あ……」
ミナは顔を赤らめながら抗議の視線を送るが、レーマはどこ吹く風だ。
「って言ってもこのままじゃどっちにしろ俺は飢え死にだ」
幼い頃に両親を流行り病で亡くしたレーマは天涯孤独の身である。今までは周囲の助けを借りつつも、なんとか農作業を継いで生活してきたが、どこの家も凶作の今年ではそれもあてにすることはできない。
「じゃあ! 狩りに行くときは私も一緒に行くよ!」
名案を思いついたとばかりにミナの顔は明るくなる。
「ミナは運動音痴だからなあ。 ミナが居たら狩れる物も狩れないよ」
「もう!」
頬を膨らませて不満を露わにするミナではあるが、やはりレーマはどこ吹く風である。
「ごちそうさま! 今日も美味しかったよありがとな!」
おにぎりを食べ終わり、礼の言葉を述べたレーマはそそくさと走り去って行く。
「あー! レーマ!」
♢♢♢
午前中に農作業を終えたレーマは森の中へと繰り出すことに決め、一旦家へと戻ってきた。
農業というものは、明確な休みがない以上いつでも休むことができるが、1日でも休むと畑はその分悪くなってしまう。
だからこそ、しっかりと農作業を終えた後の空き時間を利用している。
「ふう、 ミナには悪いけどやっぱり1人で行くか」
隣の家に住んでいる昔からの幼馴染であるミナは事あるごとにレーマの世話を焼いてくれる貴重な存在だ。
そんなミナを、最近動物を狩りに行って帰ってこない者がいる危険な森へと連れて行くわけには行かない。
そんな思いからレーマは、森に行くと伝えれば絶対についてくるであろうミナには黙って行くことに決めた。
「よし、 準備はこれくらいでいいか」
弓と数本の矢、それに色々なことに使えるナイフを携えて家を後にする。
「目標はうさぎ、できれば熊がいいな。 そうすればミナの家にもおすそ分けができるしな」
森に着いたレーマは、普段から狩りの時に巡回する経路を歩く。
この村に生まれて15年、両親を亡くしてから5年も経つレーマとしてはこの辺の森は慣れたものだ。
「村の男たちはなんで帰ってこないのかね。 この辺は魔獣もそんなに多くないし、 危ないのは熊くらいだってのに」
この世界には魔獣というもの存在する。普通の動物との違いは魔力を持っているということだ。
そのために普通の動物よりも強く、唯の人間には手に負えない。
森の中を進んで行くレーマに葉の擦れる音が聞こえる。
「こっちか」
レーマは音のした草むらの方へと静かに寄っていく。さすがに慣れているだけあってこんなことで慌てたりはしない。
音のした方へと近づいていき、その正体を見ようとしたレーマだったが、ある異変に気付く。
木々や葉の擦れる音が段々と大きくなっているのだ。
急いで走って行き、草むらを抜けた先の光景を見たレーマはしばし呆然とする。
種類問わず様々な動物達がある方向から一直線に走っているのだ。
それはまるで何かから逃げているようであった。
どういうことかとレーマは、動物達がやってきた方を向く。
そして先程よりよもさらに呆然とするのだった。
そこには一体の魔獣がいたのだ。
その魔獣はブラックウルフと呼ばれる狼型の魔獣だ。ただ魔力で強化されたその身体能力は狼の比ではない。
「なっ! 魔獣だと! なんで森のこんな浅いところに!」
レーマは言うな否や、他の動物と同じように踵を返して一目散に逃げようとする。
だが、ブラックウルフの圧倒的な俊敏性の前にそれは無意味だった。
ブラックウルフの前足がレーマ目掛けて振られ、肩に直撃したレーマは近くの木へと吹っ飛ばされる。
「かはっ!」
ブラックウルフは標的をレーマへと定めたようで、木を背にして倒れているレーマの近くへとやってきて佇んでいる。
「くそっ……戦うしかないのか」
魔力を持たない唯の人間であるレーマが今持っている弓矢とナイフだけである。それだけで目の前の魔獣に挑むのはあまりに無謀な行為だ。
だがそれでもやるしかない、そう覚悟を決めたレーマは背にある木へと登る。
なんとか木を登ったそこから矢を番え、照準をブラックウルフへと合わせる。
「くらえ!」
放たれた矢は一直線にブラックウルフへと向かう。
だが、ブラックウルフは苦もなく横にを跳んでそれを避けると、レーマの登った木へと走りだす。
木の根まで辿り着いたブラックウルフは、そこからレーマ目掛けて跳躍した。
「ーー狙い通り!」
ブラックウルフが跳躍したの同時に、レーマは弓矢を投げ捨て木から飛び降りる。
そして、レーマとブラックウルフが交錯する刹那、レーマは手に持っていたナイフをブラックウルフの目に振り下ろした。
『グギァァァァ!』
そのまま重力に身を任せてレーマとブラックウルフは着地した。
しかしレーマが、作戦が成功したことを安心したのも束の間、ブラックウルフが首を大きく横にに振ることで、レーマは大きく後ろに飛ばされた。
「ちっ!……」
ブラックウルフの目を傷つけた代わりに、レーマは武器を失った。
態勢を立て直し、改めてブラックウルフに対峙するレーマではあるが、その顔に焦燥に駆られている。
「やばいな、これは……」