始まり
「私と共に悠久の時を生きて欲しい」
深い森の中、昼間であるというのに陽の光が木の葉に遮られてまるで真夜中のように感じる暗闇で、吸血鬼の真祖たる女が俺にそう言った。
ーー正直に言って彼女からそう言われたことが嬉しくて、されど不安でもある。
吸血鬼の真祖、それは夜の支配者にしてその中でも力を持った生まれながらの王。
圧倒的な量の魔力を持ち、不老不死とも言える不死性を持つ。さらに真祖にもなれば陽の光や聖水、にんにくなどの弱点も持たず、正に完璧な生命体とも言える。
そして今、目の前の数百年の時を生きている吸血鬼の女は俺の返事を緊張した面持ちで待っている。
ーーそんな顔をしないで欲しい。もう答えなんて決まっているのだから。
だけど、返事をする前に改めて彼女を見る。
黒いドレスに身を包み、銀の髪を肩まで流している。その髪がサラサラと触り心地が良いのは何度も体験した。紅い瞳は綺麗ではあるが全てを見通しているような怖さを持っている。少しつり目のおかげで、可愛いと言うよりも綺麗であると言う方がしっくりくるその顔は人形のように整っている。 腰回りは細く、だけどそれはまるで芸術品であるかのようなしなやか曲線を描き、胸には大きな膨らみがあるが全く下品ではなく侵すことの出来ない高尚さを感じさせる。
ーーなんだかただの農民の俺なんかが釣り合いを取れる気がしないけど、今更そんなことは気にしない。
「答えなんて決まってるさ」
彼女は固唾を飲んでより一層緊張した面持ちになる。額から頬を伝って、汗の雫が一滴落ちた。見ている方にまで緊張が移りそうなくらい、緊張しているのが目に取れる。
「俺なんかで良ければ、一緒に悠久の時を過ごそう」
瞬間、彼女はまるで花が咲いたかのような笑顔になった。だけどすぐに不安な表情へと変化する。
「ほ、本当? もし貴方がわたしの眷属になれば、人間をやめることになるのよ」
真祖の眷属になるということは、人間を辞めて吸血鬼になるということだ。
「人かどうかなんてどうでも良いよ。 貴方と一緒にいられるのなら」
自分の答えは絶対に覆さない、という決意をした表情でそう答えた。
「ありがとう。 愛してるわ、永遠に」
とても艶っぽい表情をした彼女が、俺の首筋へと顔を埋めた。
その日、俺は人間を辞めた。