金の鎖
~第一幕~
むかしむかし、ある国に、ひとりの美しいお姫さまがおりました。
お姫さまは、毎日を幸せにすごしていました。あたたかい日差しの下で読書をしたり、美しい庭を散歩したり。それはとても平穏な日々でした。
しかし、そのお姫さまにはひとつ、普通の人とちがうことがありました。
お姫さまは、未来を見ることができたのです。
その力は、生まれつきもっているものでした。なぜかはわかりません。
ときどき、寝ている時に夢の中で未来を見ることがあるのです。
幼いころは、見た夢のことを口にしたりもしていました。しかし母であるお妃さまが、お姫さまが未来を読めることに気づくと、お姫さまに夢の話を人に話すことを禁じました。それが未来のことであれば、とても危険なことだからです。
もしもだれかに知られたら?
その不思議な力を求めて、国中がお姫さまを手に入れようとするでしょう。
お妃さまは、そのことを恐れたのです。
禁じることで、お姫さまを守ろうとしたのです。
お姫さまはそれ以来、どんな未来が見えても人に話さないようになりました。
しかしある日のこと。
お姫さまは、とても恐ろしい夢を見ました。
それは、お妃さまが死んでしまう夢でした。
それがただの夢なのか、未来のことなのかは分かりません。しかし恐ろしい気持ちを消し去ることができず、いてもたってもいられなくなったお姫さまは、すぐにお妃さまに会いに行きました。
「お母さま。お母さまは、わたしのそばからいなくなってしまったりしないわよね?」
心配そうな顔のお姫さまに、お妃さまはやさしくほほえんで言いました。
「なにか、よくない夢を見たのですね? 大丈夫、それはただの夢ですよ。母は、ちゃんとここにいるではありませんか」
しかしその言葉を聞いても、お姫さまの心はまだ不安でいっぱいでした。
もしもそれが未来についての夢なのであれば、どうしても止めなければいけません。しかし困ったことに、夢はとても短くて、静かにベッドの上で亡くなったこと以外、時間も原因もなにもわかりませんでした。
そこで、お姫さまはお昼寝をしてみることにしました。運がよければ、もう一度夢が見られるかもしれません。
――目を覚ますと、もう夕方でした。
お姫さまは、それに気づいてひどくあわてました。なぜなら、それは夕食の時に起こるということがわかったからです。
お姫さまはすぐさま部屋を飛び出しました。
廊下を転げそうになりながら走り抜け、お姫さまは食事の間の扉を開きました。
すでに、夕食は始まっていました。
スープを片手に座っていた王さまは、お姫さまが来たことに気づくとにこやかに言いました。
「おお、やっと来たか姫よ。女官がいくら呼んでも起きないようだったので、先にいただいているぞ」
その隣に座っているお妃さまを見ると、お姫さまはすぐに叫びました。
「お母様、なにも口にしてはだめ!」
しかしその時、お妃さまはいすからくずれ落ちました。
食事に毒が入っていたのです。
その夜、お妃さまはベッドの上で静かに息を引き取りました。
もう、なにもかも遅かったのです。
みなは「なぜ、お姫さまは食事に毒が入っていたことがわかったのだろう」とふしぎに思いました。
どんなに聞いても、お姫さまはなにも答えません。未来が見えるということは、決して人に話してはいけないからです。
犯人も見つからぬまま、数日がたちました。
だんだん、人々はこう考えるようになりました。
お姫さまがお妃さまをころしたのではないのか、と。
みなは、お妃さまの食事に毒を入れたことを後悔したお姫さまが、あわてて部屋に飛び込んできたのではないかと、そう考えたのです。
それを信じた王さまは、お姫さまを城のはずれの高い塔に閉じ込めようとしました。
たえられなくなったお姫さまは、ついにほんとうのことを言いました。
「わたしは、夢の中で未来を見ることができるのです」
しかし、王さまはまったく信じてはくださいませんでした。
お姫さまは、母親を失ったかなしみと、だれからも信じてもらえないかなしみにくれながら、塔の中ですごしました。
それから一年がたちました。
お姫さまの国で、戦争が起こりました。
お姫さまの国は、今にも負けそうでした。敵の兵の数が多すぎるのです。
王さまは、前にお姫さまが未来がわかると言っていたことを思い出しました。
信じてはいませんでしたが、いちかばちか、お姫さまにこの先のことを聞いてみようと思いました。もしかしたら、勝つすべを見つけることができるかもしれません。
「姫よ、未来が読めるというのなら、この先起こることを言ってみよ。われわれは勝てるのか?」
王さまが聞きました。
お姫さまは言いました。
「敵が攻めて来るのは山からではございません。はじめは山から来ますが、そちらに注意を向けたのち、一気に警備のうすい海の方から攻めてくるでしょう。ですから、今夜中に、兵をすべて海の方に集めておくべきです。そうすれば、勝つことができるかもしれません。」
王さまは、あまり信じてはいませんでしたが、窮地におちいっていたため、なんでもやってみようと思いました。
お姫さまに言われたとおりにした結果、国は見事に戦に勝つことができました。
王さまは大喜びしました。
そして、お姫さまを信じるようになりました。王さまは、お姫さまを塔の中から出しました。
「今までうたがってしまってすまなかった。妃が死んでしまったのは、そなたのせいではないようだ」
それからというもの、お姫様は国の未来を読み、国は大繁栄。食物豊富で、戦争にはぜんぶ勝ち、領地はどんどん広がるようになりました。
めでたしめでたし。
……うん? なんかおかしくないか?
題名は「金の鎖」じゃなかったっけ。金の鎖なんかでてきた?
………はい、まだ物語は終わっていません。これは話の序盤部分。
ということで、
つづく。
~第二幕~
むかしむかし、ある国に、ひとりの王さまがおりました。
その王さまの国は、決して栄えているとは言えないような国でした。領地は狭く、民は食料不足で苦しんでいるというのに、大臣たちの中では権力争いがたえないというありさまでした。
ある時、王さまはあるうわさを耳にしました。
「北のはずれの国のお姫さまは、未来が読めるという。そのおかげで、あの小さかった国が今や大繁栄だ」
……と。
王さまは、そのお姫さまを手にいれたいと思いました。そして、王さまは部下に命令して、そのお姫さまをさらってくるように言いました。
お姫さまは、王さまのお城の近くの、古いはいきょに閉じ込められました。
そこは、むかしからユウレイが出るといううわさがあり、だれも近づこうとしない場所でした。
お姫さまの右足は、金色のきれいな鎖でつながれました。その鎖はどこまでも長く、お姫さまははいきょの中のほとんどの場所を自由に歩くことができました。しかし、決して外には出られません。たったひとつしかない入り口のところまでは、鎖が届かないからです。
お姫さまは、塔の中に閉じ込められた時よりももっと苦しい日々をすごすことになりました。だって、はいきょはとてもじめじめして、うす暗くて、気味がわるいのです。
王さまは、毎朝はいきょを訪れ、お姫さまにどんな夢を見たのか聞きました。
お姫さまははじめはなにも答えませんでしたが、お姫さまの国の王さまに刺客を送るぞ、とおどされると、仕方なく話すようになりました。
お姫さまの国の王さまは、お姫さまを助けるために、国で一番強いと言われている将軍をはいきょに送りました。
将軍は、もちろん純粋にお姫さまを助けたいという気持ちもありましたが、国にまた繁栄をもたらしてほしいとも思っていました。お姫さまがいなくなってからというもの、国は衰退する一方だったのです。
わるい王さまがいないすきに、将軍ははいきょの中にはいりました。
将軍はまったく物怖じせず、どんどんはいきょの中へはいっていきました。そして、ろうかを歩いているお姫さまを見つけました。
「姫様! もう大丈夫です。わたくしがお助けしにまいりました」
お姫さまは、将軍のすがたを見てたいそうおどろきました。
「まあ将軍! よく来てくれました。早くわたしをここから連れ出してくださいな。もう、こんな気味のわるいところにいるのはいやなのです」
「もちろんです。すぐにでもここから出して差し上げましょう」
将軍は、金の鎖を剣で切ろうとしました。しかし、一回では切ることができませんでした。
「どうしたことだろう。なんて頑丈な鎖なんだ」
将軍はおどろきました。
しかしいくら切ろうとしても、金の鎖はまったく切れる気配がしません。それどころか、きず一つつかないのです。
将軍はあきらめて、お姫さまに何度もあやまったあと帰ってしまいました。
お姫さまは、たいそうかなしみに暮れました。
やっとここから出られると思ったのに、それは叶わなかったのです。
そこで王さまは、国々にこう宣言しました。
「わが姫を助けてくれたあかつきには、その者と姫との結婚を約束する」
その話を耳にした隣の国の王子は、その姫を助け、長く続く戦争を終わらせたいと考えました。隣の国は、戦争がたえない国だったのです。
鎖が切れなかったことを知っていた王子は、国の秘宝である、たいそう丈夫で何でも切れるという、白く輝く伝説の剣をもっていくことにしました。特別に王さまからお借りしたのです。
王子ははいきょにたどり着きました。
そして、お姫さまを見つけました。
「わたしがまいったからには、もう安心です。この輝く剣に、切れぬものなどございません。すぐに、姫様をここから出して差し上げましょう」
お姫さまは喜びました。
「まあ、ありがとうございます! 確かに、その強そうな剣でこの鎖が切れないとは思えませんわ。早く切ってしまってくださいな」
王子は金の鎖にむかって剣を一振りしました。
しかし、いくら切ろうとしても、金の鎖はまったく切れる気配がしません。きず一つつきません。
「いったい、どういうことだ。どうして切れぬのだ」
そこで、王子は思いつきました。
「そうだ! 鎖が切れぬというのなら、鎖がつながれている根元をたたき壊せばいいではないか」
そう言うと、王子は金の鎖の根元をたどっていきました。
金の鎖は、とてもとても長いものでした。
いくつもの階段をのぼり、部屋を通り抜け、また階段をおりました。
気がつくと、王子はお姫さまのもとに帰ってきていました。お姫さまと反対方向にたどって行ったはずのに、鎖の先にあったのはお姫さまの足でした。
「おかしい。いったいどういうことなのだ」
王子はそれから何度もはじめからやり直しましたが、何度たどっても、最後にはお姫さまのもとへ帰ってきてしまうのでした。
王子は気味がわるくなりました。
「さっぱりわけが分からない。まるで、まやかしにでもあっているようだ」
隣の国の王子は、とうとう帰ってしまいました。
お姫さまは、またかなしみに暮れました。
いつになったら、わたしはここから出られるのでしょう? 永遠に、出られないのかしら。
他の国々も、隣の国の王子の話を聞いて、助けようとすることをやめてしまいました。
それから一年がたちました。
今も、お姫さまは古いはいきょの中で暮らしています。訪れる人と言えば、毎朝未来を聞きにくる王さまと、食事を運んでくる兵士くらいです。
その王さまの国は栄え、お姫さまの国は衰えるばかりだそうです。もとはと言えば、お姫さまのふしぎな力に頼っていた王さまがいけないのですけれどね。自分で政治を行う力を、王さまはもともともっていなかったようです。
南のはずれの小さな国に、ひとりの心やさしい王子がおりました。
ある時、王子は、お姫さまが閉じ込められているという話を耳にしました。
あまりにお姫さまの国から遠かったので、なかなかうわさが伝わらなかったのです。
王子は、お姫さまの話を聞いてたいそうおどろきました。
「もう一年も閉じ込められているのか! なんとかわいそうなお姫さまだろう。よし、わたしがなんとしてでも助けよう」
「しかし王子、姫の国の将軍も、その隣の国の王子も、助けることができなかったというではありませんか。これは、もはや助けることは不可能なのでは」
部下が言いました。
王子はゆずりませんでした。
「だからと言って、ほうっておくのか。わたしは、なんとしてでもお姫さまを助け出す。助け出すまで、帰ってくるつもりはない」
南の国の王子は、お姫さまを助けに行きました。
はいきょを訪れると、お姫さまはベッドの上で静かに眠っていました。
眠っているお姫さまの美しい姿を見て、王子は一目で恋に落ちました。
「お姫さま、お姫さま」
王子がやさしく声をかけると、お姫さまは目を覚ましました。
「まあ、あなたはもしかして、南の国の王子さまかしら? 今、あなたがここへ来ることを夢で見ていたところなの」
「はい、その通りでございます。わたしは、他の者たちとはちがいます。あなたを助け出すまで、帰る気はありません」
「なんとやさしい方でしょう! 鎖が早く切れるとよいのですが……」
王子は、さっそく剣で鎖を切ろうとしました。しかし、やはり鎖は切れません。
「大丈夫です。切れないのならば、わたしは切れるまでここにいます。いつか、鎖の方もあきらめることでしょう」
王子は、何日もお姫さまのそばにいてくれました。毎日、必死になってとにかく鎖を切ろうとしました。
しかし一週間がたったころ、王子はついにあきらめてしまいました。
「すまない。わたしには、どうしてもこの鎖を切ることができないようだ。ほんとうに、すまない」
王子は、とうとう自分の国に帰ってしまいました。
国に仕える将軍でも切れず、伝説の剣でも切れず、心やさしい王子でも切ることができない、金の鎖。
ではいったい、だれがこの鎖を切ることができるというのでしょう?
もう、お姫さまは永遠にこのままでいるしかないのでしょうか?
しかし、ついにこの鎖を断ち切る人物が現れます。
それはいったい……?
~第三幕~
お姫さまがはいきょで過ごし始めてから、三年がたちました。
もう、お姫さまはなにもかもどうでもよくなっていました。だれが来ても、なんの意味もないのです。どうせ鎖は切れないし、みんないつかはあきらめて帰ってしまうのです。
そんな時、四人目の客がお姫さまのもとを訪れました。
「あのー。もしもーし? だれかいますかー?」
ひとりの若者がはいきょの中にはいってきました。若者は階段を登っていきました。
そして、窓の外をほおづえをついてぼーっと眺めているお姫さまを見つけました。
「きみ、だれだい? どうしてこんなところに一人でいるの?」
若者はおどろいたように言いました。
お姫さまが振り向きました。お姫さまはおどろきもせず、むしろあきらめきったような顔をしていました。
「あなたで四人目ね。あなたが来ることはわかっていたわ。夢で見たもの。でも、どうせむだ……なにもできっこないわ」
若者は、お姫さまの足首が鎖でつながれていることに気づきました。
「……ふーん。そういうことか。どうだろう、ぼくは今たまたま剣をもっているんだ。切ってあげようか?」
お姫さまは、もうほとんど言葉を返す気も失せていました。
「ええ……やってみれば?」
若者は持っていた小刀で金の鎖を切ろうとしました。しかし、やっぱり鎖は切れませんでした。
「おっかしいなぁ。こんなに細っこい鎖なのに」
若者は首をかしげました。
「だからむだだって言ったでしょ」
お姫さまが言いました。
「じゃあ、ぼくがここにいてあげるよ」
「え?」
お姫さまは一瞬、若者がなにを言ったのかわかりませんでした。この若者の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったからです。
「鎖が切れないなら、ぼくがここにいてあげるよ。きみ、ずっとここに一人でいたんだろう? しかもこんな気味のわるいところに。話し相手になってやるよ。一人でいるよりは、少しは気がまぎれるだろう」
若者が言いました。
「え……ええ、ありがとう」
どうせこの若者も、あの南の国の王子と同じだろうと思いました。そのうちあきらめて、帰ってしまうに決まっている。
しかし、若者は一週間を過ぎても帰ろうとしませんでした。
若者は、毎日実におもしろい話をお姫さまに聞かせてくれました。
旅人だという若者は、これまで旅してきた国々や、お姫さまが知らない海の向こうの話をたくさんしてくれました。もともと好奇心が強かったお姫さまは、毎日夢中になって話に聴き入りました。
お姫さまも、お返しにと自分の話をたくさんしました。お城でのおもしろかった出来事や、これまでにあったつらいこともすべて話しました。
二人は、毎日のように語りあいました。お姫さまは、今までの生活がうそのように楽しくなっていることに気づきました。若者は、王さまや兵士が来る時は別の部屋に隠れ、ほかの時間はほとんどずっとお姫さまと一緒にいました。
外からおいしい食べ物をもってきてくれることもありました。毎日の似たような食事にあきていたお姫さまは、大喜びしました。
二週間がたちました。
お姫さまは、自分が若者に好意を抱いていることに気づきました。
そして、それは若者も同じでした。若者は、お姫さまがだんだん明るくなっていることに気づきました。そのことが、若者はお姫さまと同じくらいにうれしかったのです。
一ヶ月がたちました。
お姫さまは、ついに確信しました。
そして、若者に言いました。
「わたし、あなたのことが好きみたい」
それは若者も同じでした。
「ぼくもだよ。愛してる」
その時です。
パチンッと、なにかが弾けるような音がしました。
お姫さまが足もとを見ると、金の鎖が切れていました。
お姫さまはたいそうおどろきました。
「なぜかしら……? 剣もなにも使っていないのに……」
二人は喜び、お姫さまは若者と一緒にはいきょを出ていきました。
お城へ戻ってきたお姫さまを見て、王さまも国中の人々も大喜び。王さまは若者の栄光たたえ、お姫さまと若者はめでたく結婚をはたしました。
……その金の鎖を切るためには、どんな強い剣も関係ありませんでした。
また、お姫さまを利用しようとする心を少しでももっていれば、鎖をたつことはできません。
必要なのは、愛しあう心。
お姫さまをまっすぐに想う純粋な気持ちと、お姫さまがその者をだれよりも大切に想うあたたかい気持ち。その二つがそろってこそ、はじめて金の鎖を断つことができるのです。
そして、二人は末長く幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。