日常は通話と徒歩と 転
「なんだい嫌に落ち込んでさ。ツマンナイなぁ」
「死体を見た翌日に元気でいられる訳ないだろ」
「そうだねぇ、学が喜ぶことと言ったらなんだろ。昔はボクの下着を見てなんか嬉しそうだったな……そうだ! 学、ちょっとこいつを」
「やめろ馬鹿」
おもむろにロングスカートの腰部分を降ろしかけた親友の頭を僕はぶった。
それでも手を緩めないので手首を掴んで止めた。
「叩くことはないだろ!」
「スカートを脱ごうとするなよ!」
「なんだ! 見たくないのか!?」
「ぐっ、見たくな……くはない」
「じゃあ手を離せ」
「嫌だ」
「何でだよ! 君は見たい、ボクは見せたい、Win-Winじゃないか!」
「何で見せたいんだよ!」
「テンション上がるじゃないか!」
「えぇ!?」
謎の押し問答は続く。
心は何故か露出癖があるのだ。僕が思うに彼女の最大の問題点がこれだ。可愛くて無防備で華奢な娘とか危なっかしくて見てられない。
「ええい離せ馬鹿! どうせ掴むなら服にしろ!」
ただ心は見た目に反して力が強い。
僕もそこそこ鍛えてはいるけど拮抗状態なのである。さすがは剛勇でならした女金太郎。
痴漢の腕をへし折り、140㎞の速球を打ち返すだけはある。
クソっ、僕が押されているだなんて……いや別に見たいから加減してるとか人目がないし別にいいかなとか思ってないけどね。
思ってないけどね?
でも心の腕っぷしに負けつつあるから仕方なーく、本当は嫌だけどしょうがなしにそう、負けたなら仕方ないもの。
戦いは非情さ。
「ふっ、ボクの勝ちだな。刮目しろ! ボクの肉体美に!」
言われずともである。
そう思った僕の眼球が活性化するのも束の間、おおよそ一メートル先の電柱に車がぶつかった。
キキーッ……ドムッ!! ガシャアン!
音文字にするとこんな感じだけどその時は何かがひしゃげる音としか認識できなかった。
そんな脳の処理が遅れるほどの豪快な場面だった。
「ち、違うぞ!? ボクは何もしてないからな!」
「なんで慌ててるのかさっぱりだよ……」
しかしこんな分かりやすい丁字路で単独事故だなんて相当な不注意だな。
酔っぱらいか高齢者、はたまた無免許に違いない。
「逃げようか」
「……大丈夫ですかっ!」
心はもうすでに車によってドアを叩いていた。
いい子だ。
僕と違って。
「でも、こうなりゃ仕方ないな」
僕も車に近付いた。
少し古めの軽自動車で、被害はざっと見たところ大したものじゃない。
ボンネットがちょっとグシャッとなっただけで、エアバッグも正常作動。無傷もあり得る。
案の定予想は当たったようで、ドアは程なくして勝手に開いた。
「オイっす、少年」
「あ、三木先生」
「おす、先生」
知り合いだった。
気だるそうな雰囲気の地味な眼鏡の女性医師。
年齢不詳。見た目からするとおよそ27。ただしそれより上だと思う。
白衣にパンツスーツ。髪は黒で後ろで簡単に括ってる。肌が綺麗なのがチャームポイント(本人談)。
心の元担当医で、破天荒な性格が面白く結構今でも会ったりする人だ。
「なかなか豪快なハンドルワークですね」
「いやーそれがねぇ。ミラー越しに若いのがいちゃついてたから見てたらぶっかっちゃったのよん」
テヘペロ☆ と先生は横ピースをする。
なんでこの人は事故しといてこんな余裕なんだ。
「それはそれは、昼間から大変な人もいたもんですね」
「あら他人事? なんなら写真撮ってるけど? ん? ほら何か言いなさいよ?」
どうして僕の知り合いはドヤ顔する人が多いんだろう。
「へぇー見して見してー」
「やーよ」
すっくと先生は運転席から立った。
そして車を見て一言。「あ、壊れてるわ」
「「それ今言うことなのか!?」」
「あやややや……どうしようかしらねぇ。そうだ! ねぇ少年」
先生は振り向いて不敵に笑った。
「この車あげるわ」
「結構です」
「じゃあ心ちゃん」
「ボクもいらないなぁ」
「キャー! 心ちゃん可愛い! なにその服? いやん乙女!」
先生は心に抱きついた。
「こ、この服は学が着ろって……別に、ボクの趣味じゃない」
「グッジョブ少年、車あげる」
「自分で処理してくださいよ」
「えー面倒くさーい」
「……チッ、行かず後家め……」
すると先生は心から離れて僕に抱きついた。
「少年、判子貸せ」
「……何故に!」
「死ぬかあたしを貰うかしないと気が収まらない」
「レッカーなら呼びますから勘弁してください」
「それじゃねえよ」
耳元でドスの効いた声が響く。
「なに抱き合ってんのさ。ボクをハブるなよ」
心が助け舟を出してくれた。
心ってばマジ天使。
「はーい、寂しんぼだね心たんは……少年、次はないぞ。必ず殺す」
心に笑顔、僕にメンチを切って先生は忙しげだ。
「で、この廃車どうするの」と心。
「ん〜? 学のだから学に聞くといいわよ」
「先生に返す」
「少年、やる」
「いらない」
「あげるって言ってるんだから貰いなさいって」
「いえ、必要ないので。それに免許もないですし」
「仕方ないわねぇ。ちょっと離れましょ」
百歩ほど車から離れる。
「よし、このくらいでいいかしら?」
「何がかな」
「あの車の自爆に巻き込まれない距離」
「やめろ馬鹿!」
なんだか物騒なドクロマークのスイッチを先生から取った。
あと二秒遅れてたら死んでた。
「なんでそんなもの付けてんですか!」
「知り合いが付けたのよ。『解体は爆破が一番!』らしいわよ」
「テロリストかなんかですか」
「さぁね〜」
先生はけらけらとどこか無邪気に笑う。