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日常は通話と徒歩と 起

「……で、お前は情けなーくその親友に介抱されながら取り調べもスルーして家に帰ったってわけか?」

「言葉にするなよ。自覚するだろ」

「しろ。積極的にしろ」

 時は過ぎてあれから一日。

 警察で聴取を終えた僕は入れ違いで心が聴取されてると聞き暇してた。

 すると知り合いの上市清十郎とばったり再会したので閑散とした公園で話し込んでいたのだった。

「まーったくよぉ兄弟。お前この清十郎さんを尻目に女におんぶだっこかよ。なっさけねぇなぁ」

 上市清十郎。歳、十八。背丈は僕より高く、そこそこ美形でミリタリー系の服を好んで着る。主にポケットの多いコートとミリタリーブーツが特徴で、髪は黒く前髪を後ろに流している。

「そういう君は何してるんだよ」

「ああ、師匠んとこから逃げてきた」

「ボンクラめ」

 すると清十郎は肩を手に回して言った。

 怖気が走る。

「お前俺の師匠知らねーからそんなことが言えんだよ。あれ一人で四国ぐらいなら全滅だかんな?」

「物騒だな……名前と住所、連絡先を」

「誰が警官の小倅に言うかよ」

 そして職業は傭兵。

 あくまで自称だが。

「ふーん。ま、僕の目に入る範囲で何かしなけりゃそれでいいよ」

「あの女に何かしなければ、だろ?」

 清十郎はにやにやと骸骨を思わせる笑みを浮かべた。

「……まぁね」

「なんだよその返事は。お前まだ手ぇ付けてないのか? 馬鹿かお前は」

「なんだよ。こっちは色々複雑なんだよ」

「いいかよく聞け兄弟。いい女ってのはな、花なんだよ。だから虫は寄るし劣化もする。大事なのは一番いいときに独占することなんだよ」

「虫なんて寄らせないさ」

「ハッ、死人でイチイチ精神やられる奴が言うじゃねぇか」

「君こそいないのか。その、彼女は?」

「いねぇな」

 清十郎は即座に答えた。「でもいいなーと思ったら連れ込んでおさらばしてるから別に困っちゃねーぜ」

「最低だな君は」

「お前が最上って訳でもないだろう?」

「君よりはマシさ」

「どうだか」

 清十郎は笑う。

 僕は溜息を吐いた。

「で、聞きたいんだけどさ」

「なんだよ」

「最近話題の殺人鬼。君は知ってるよな」

「勿論。師匠が見たって言ってたぜ」

「教えてくれないか」

「んー……そうだなぁ」

 清十郎は軽く俯いて「よし、ラーメン奢ってくれよ」と言った。

「いいよ」と僕は五百円玉を投げる。

「おおい投げる奴があるか。連れてってくれよ、兄弟」と言いつつも清十郎は五百円玉を片手で受け取る。

「じゃあ先に話せ」

「いいぜ」

 意外というか、清十郎は素直に話し始めた。

「俺の師匠に殺し屋みたいなことをしてる人がいてな、その人がターゲットを殺そうとしてたら会ったらしいんだ」

 するとそこには頭と胸が抉られたターゲットが横たわりその横には黒いレインコートの男がいたそうで、『あなたは生きているのか? 何故、どうして、何を根拠にそう思う』と、そう師匠に聞いたらしい。

「で、その師匠って人はどうしたんだ?」

「殺したらしいぜ。その、えーっと……エスカルゴ?」

「コギトエルゴスム」

「そう、そのコギナントカを殺したらしい」

 なるほど、ターゲットを横取りされた殺し屋がただで済ます筈がないか。納得。

「いや待て」

「だよなぁ」

 清十郎は我が意を得たりとしたり顔だ。

「じゃあおじさんを殺したのは誰だ?」

「さぁな。ただ、師匠は言ってたぜ。『腹が立ったから細切れにしてやった』ってな。プラナリアでもない限り、コギトなんタラは間違いなくその時死んでる」

「なら複数犯だったか、それとも模倣犯が殺られたんじゃないのか?」

「いーや、師匠はその後ムカついてそいつらと思しき奴等を皆殺しにしてんだ。俺も手伝ったから覚えてるよ。ほら、ここ最近までおとなしかったろ?」

「なるほど……取りあえず君、自首しなよ」

「嫌だよ。まだ飯と宿には困ってねえ」

 するとなんだ? 今更になって模倣犯か?

 ……いや、それはないな。期間が空きすぎてるし素人に出来る犯行じゃない。

 なら生き残りか。

「悩んでるな兄弟。言っとくけど師匠と俺はその時コギトナントカのアジトまで潰したからな。むしろ表彰ものだぜ?」

「ありがとう、君のお陰でますます訳が分からなくなってきた」

「そうかそうかそれは良かった」

 清十郎はポケットから紙を一枚出して僕に渡した。

「お前がしようとしてることは大体分かったから忠告してやるよ。首を突っ込むなよ」

 名刺のようなその紙にはいくつかの番号が並んでいる。

「ま、お前のことだ。勝手に泥沼に沈むだろ。もし俺に頼る気になったらここに連絡しろ。報酬次第じゃ動いてやんよ」

「……僕は非合法に頼る気はないよ」

「ま、貴重な俺の名刺だし貰っとけ。ラーメンの礼その二だ」

 清十郎は僕のシャツのポケットに名刺を入れた。

「よーし、じゃあ食ってくるか」

「そうだね」

 僕がベンチから腰を上げようとすると、清十郎が肩を押さえた。

「いーや、お前とはここでお別れだ」

「ん? そりゃまた一体どうし――」

 僕のポケットからヴィヴァルディの『春』が流れる。

「電話だぜ。女を待たせるなよ、兄弟?」

「よく分かったな」

「俺ぁ未来が見えるのよ。……なぁんてな」

 ひっひっひっと笑いながら清十郎は「じゃあな」と簡単に挨拶して遠ざかる。

「じゃあね。死ぬなよ」

「おう。また会おうじゃないか、兄弟」

 彼のカーキ色のコートが風に吹かれ並木の影に消えていった。

「もしもし」

『どこにいるのさ』

 電話越しには心の澄んだ声が聞こえてくる。

「さっきの建物の裏の公園。暇だったからのんびりしてた」

『……ハッ……すぐ行く…よっと!』

 ゆさゆさと擦れる音と若干荒くなった呼吸をバックミュージックに電話は切れた。

 目的地を知った途端に走り出したな。

 なんだか犬っぽい。

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