命は脳と心臓と 転
「いや、なんというかその……大丈夫?」
おおよそ十分して、僕はようやく地に降りた。
妙な浮遊感が体に残っていまだにふらふらする。
「タイマーを間違えたんだ……久々……だったし……おわっ!」
「おお危なっ!」
倒れそうになっては心に支えられる。
とはいえ心は小柄なので少々厳しい。
「取りあえず管理人さんのとこで休ませてもらおう。観覧車は後でいいよ」
「いや、大丈夫、あのくらいなら……」
言葉と裏腹に足は軽妙なタップダンスを刻む。
心も呆れ顔だ。
「うん、休もう。いいね?」
「……はい」
なかば心に引きずられるようにして僕は管理人ルームに向かった。
管理室の扉は半開き。
防犯性ゼロだけど、中にはおじいさんいるし一応カメラもあるらしいから大丈夫だろう。
「おじさーん! 学がグロッキーだからちょっと休ませてー!」
返事はない。
「おじさんも寝てるのかな? まぁいいや、学。行こ」
僕の肩を担いだ心は頼もしげに言った。
でもちょっと重たそうだし手が触れる心の肩や背中はやはり、細く柔らかく、華奢な頼りなさを感じる。
本人の意識を置き去りにして彼女の体は日に日に成長している。
今はまだ、物凄くギリギリで誤魔化せてるけど、もうそろそろ限界かもしれない。そう感じた中学校時代から数年。
心も僕も変われないまま過ぎている。
いつになったら変われるのだろうか。
「……学、なにか変な臭いがしない?」
心が怪訝な顔で尋ねる。
そう言われると、微かに鼻を突くような異臭を感じる。この臭いどこかで嗅いだような気が……そう、例えば鉄や血。
「……心。ちょっとここで待っててくれないかな」
「え。学、大丈夫なのかい?」
「待てるね、心」
目を見つめて僕が言うと心は少し戸惑いながらも「……分かった。そこまで言うならそうしよう」と納得してくれた。
「ヤバくなったら呼んでよ。君の危機にはすぐに駆けよう」
「ああ、頼りにしてるよ」
僕はふらふらと壁に手を付きながら管理人さんがいる部屋に向かう。
玄関から入って廊下を右に曲がって扉を開く。
ゴトゴト揺れる石油ストーブ。どこか虚しいラヂオ競馬の喧騒の中、管理人さんは座椅子に腰掛けていた。
いつも通り、十年前以上からの日常だろう。
彼の額から上があって、開いたシャツの間から血が噴き出していなければの話だけれど。