命は脳と心臓と 承
突然だが僕の大親友たる心の話をしよう。
彼女は生物学上間違いなく女であり、知能肉体ともに正常だが一つ欠陥がある。
それは性別やそれに伴う感情を認識出来ないこと。
彼女は人間を人間としてしか見ていない。というのは医者の言だ。
これは性の芽生えである五〜七歳の時期に男である弟と女である自分の自我を同一視した結果だという。
これで何が問題かというとそれは、男女の違いをいまいち分かっていないこと。そして、親しいものに対して男女の隔てなく接してしまうことだ。
「わはははは、ははは! 遊園地はテンションが上がるな学!」
そう、すなわち彼氏でもない僕にテンションが上がっただけで抱きつくとかしてくるわけだ。
中学生の頃は色々大変だったなぁ……。
こいつ風呂も入ってこようとするし、普通に添い寝するし。
なのに「僕達……付き合ってるのかな?」という初心な僕の言葉を「何を言っているんだ。ツキアウ? 悪巧みでもするのか? 嫌だね」と訳の分からない返しで粉々に打ち砕いてくれたりした。
しかし周りには「彼女いていいなぁ」だの「お熱いことで」だの言われて中学生の僕はかなり参っていた。
「学? どうしたんだ、学?」
ああ思い出すな。
あの頃、色々と……「目を覚ませ!」
ぶたれた。
「おふっ……!?」
「大丈夫か学!」
鳩尾に頭突きをかました心が一転、本当に心配そうに僕を見上げていた。
「あ、ああ。大丈夫。ちょっと感傷に浸ってただけ」
「そうなのか? ボクはてっきり夢の国に魂が持って行かれたのかと……」
「そんなファンタジーな死に方はしない」
「そうか? それならいい」
あの後どうしたかというと、「よし食ったら力が湧く。遊ぼうか!」という心に引っ張られて遊園地に来ていた。
遊園地とは言うもののその規模は極小。
肝心の遊具は大きいアパートに負けるサイズの観覧車。色褪せてなんだかホラーチックになったメリーゴウランド。あとなんか横にグルグル回るブランコと環境問題推進型ゴーカートのみ。
係員のおじいさんも「ああ、また君らか。二百円ね」と言ってお金を払うとそうそうに寝てしまった。
まぁ二桁超えそうなくらい通ってる場所だ。
遊具の動かし方なら高校入った時に習ったし。
整備やらはしっかりしてるし。
「よし学! サインЙ(ィー)だ!」
「うーっす」
ブランコ、観覧車の順で二つ回せという意味である。
という訳で僕は、新種の枝垂れ柳みたいな器具の外円上にある管理用の管制室……という名の机に座る。
電源のツマミをパチリと上に弾くとたちまち楽しげなパレード曲が鳴り響き、薄曇りの空の下寂れた灯は滔々と光を放つ。
「心、乗っていいよ」
すると心はサーッと椅子に座り足をぱたぱたと幼げに揺らす。
こういうところも昔から変わらない。
で、僕はスイッチを二つ押してレバーを下ろす。
ジリリリリ!
警告音が鳴る。
ここからが勝負だ。
僕は台を蹴って管制室の表から飛び出し、走る。
丁度ブランコがゆったりと動き始めた。
その速度が上がる前に、急いで乗り込む。
「ふうっ、間に合った……」
「いつも思うけど、危ないよね」
前で揺れている心が振り向いて言った。
「仕方ないだろ。管理人さんは歳なんだ」
「82だっけ? むしろよくここに来てるなと思うよ」
「家にいたら奥さんがうるさいんだってさ」
「ふーん、大変だねー」
遊具はいつしか速度を上げていて、僕も心も斜めになりながら振り回されている。
「いやっほー! この鎖の軋む感じがスリリングでいいねぇ!」
「…………」
実は僕は高い所は苦手だ。
でもこれに乗るのは管制室で座っててもつまらないからなので、実は嫌いじゃないのかもしれないが、怖い。
大丈夫かこの鎖? すげー軋んでるけどもげないよな?
「どうした学! 顔が青いぞ? 君はいつもそうだな!」
心が振り向いて意地悪に笑う。
心は高い所も怖いのも得意だし好きだ。
耐えろ僕。なぁにこの遊具は一分足らずで止まる。
そう、ならばどうしてその程度耐えられないことがあろうか。
「学……大丈夫? 大丈夫だよね?」
よほど死にそうな顔をしていたのか心が本格的に不安そうだった。
「大丈夫さ。ちょっと血の気が引いただけ……ん」
気晴らしに周りを眺めていたらおじいさんがいる建物から人が出るのが見えた。
僕らを残して帰るとか運営者としてどうなんだろう。
うわー足元がなんかすーってしてきた。
あ…………。