命は脳と心臓と 起
今回は完結したいものですます。
――六月二十一日。
――予巣市某所にて死亡していた中年男性の遺体が発見されました。
――死因は喉を切られたことによる窒息死。尚、遺体には脳と心臓が抜き取られた後があり、警視庁は連続殺人犯の仕業ではないかと捜査を進めています。
「だってさ。どう思う?」
僕は昼過ぎにもなって寝続ける、ベッド上段の親友に聞いた。
「……うるさい。寝かせろ」
親友はもぞもぞと寝返りを打ち、八度寝に入った。
「そろそろ起きなよ」
「いやだね。ボクは土日は布団つむりになると決めてるんだ」
新種の生命体の誕生だった。
「しかしね、朝も昼も食わずじゃさすがの君も身が持たないよ」
「いいんだよ。ボクはダイエット中なんだ。なにせ、ライト級の試合を控えてるからね」
「君、ボクシングしてたっけ」
「ワニワニパニックをよくしているよ。巷じゃ有名で、ミニミョルニルと呼ばれてる」
若干噛みつつ言ってたので『みにょみにぃにゅ』とか訳の分からない単語になっていた。
せっかく僕が付けた中二ネームなのに。
「あっそ。でもやっぱり体重関係ないじゃん」
そこで僕の短気な親友は布団を蹴ってキレた。
「だーっ! もう、学は本当にうるさいな! しつこいぞ! ていやっ!」
枕が飛んできた。
で、キャッチして投げ返す。
「いいか!? 君は全く睡眠というものぼっ!」当たった。
「あーあ、また当たっちゃったな」
「ぶっ殺す!」
親友は激怒した。
おお、見事な大の字ダイブである。ゴウランガ! なんたるプロレスめいた情景か。
そう、何ということだろうか、地上から約1メートル76センチの二段ベッドから心は降ってきた。
相田心。僕の三つの時からの大親友である。
身長1.46メートル。体重40.2キロ。
性別は女。性格は活発的でボーイッシュ。ショートカットの髪はばさばさと揺れ八重歯は剥き出しで噛みつかんばかり。
「うらぁぁああああ!!! 往生しろやぁああ!」
「うわー危なーい。……と、見せかけて避けるというね」
「つぺっ!」僕が華麗に避けたことで心が床に落ちた。
絨毯はこの為に厚手のものを敷いている。更にはマットも用意済みだ。大丈夫、問題ない。
「なんで避けるんだ!」
「危ないから」
「人が降ってきたら受け止めろって言うだろ! ワクワクが走り出すんだぞ!?」
「炭鉱にも飛行石にも縁がないからしない」
「チッ! 無気力主義め!」
盛大な舌打ちをして心は床を殴った。
相手は凶暴さ故に女子寮を追い出された化物だ……慎重になれよ僕。
すると助け舟を出すかのように彼女の腹の虫が鳴った。
くぅ~キュルル? みたいな音。
「もうお昼過ぎだ。冷蔵庫は空だし、たまには外で食べないかい?」
「……金がない」
「奢るよ」
心の目が輝いた。
現金な奴。
「何食べようか」
「ステーキ。それかカツ丼だね。肉こそ食だ」
「おいおい……ダイエット中じゃなかったのか?」
「馬鹿言えボクは痩せ型だぞ? 適正体重にあと数キロ足りない。その分食べないとだ、な?」
心は得意気に胸を張って笑う。
タンクトップと下着のみという色っぽい格好なんだからもう少し隠せよと思う……いや見えるのは嬉しいけどさ。
眼福だけど、恥じらいがないのはなんだかなー。
「なら常松屋で」
「異論はないね。よし、行こうか」
心は僕の腕を掴んで扉の方へと歩いた。
「いや、待て」僕は心を呼び止めた。
「なんだい。今更になって割り勘だとか言ってくれるなよ?」満面の笑みである。
「言わないから取りあえず服を着ろ」
「ん?」と言って心は自分の首から下を見る。
「ああ、これはしまった! 失敬失敬、こんな格好じゃドレスコードに引っ掛かるよ」
わっはっはっと笑う心に羞恥心はない。心は17歳だ。思春期の乙女なので本来なら僕に寝間着姿を見られるのも嫌がるだろう。
だが、これには複雑な理由がある。
心は精神が歪んでいる。……らしい。
昔、心には双子の弟がいた。それは間違いない。しかし僕が知らないところで何かの危険に遭って弟だけが死亡し心は生き残った。
それまではフリルとぬいぐるみ好きのおしとやかな女の子だった心はその事故以来一転してスポーツと虫好きのお転婆になり、服も男っぽいものだけを着るようになった。
医者の話では『弟が死んでも自分が生きていることに耐えられなくなり自分が死んだ弟と一心同体になったと思っている』そうだ。
それから十年もたった今も心はそのままだ。
とは言うものの日常生活に支障はなく、一見すると彼女はただ単にボーイッシュなだけの少女に見えるだろう。
「よーし着替えたぞ。これでいいだろう?」
パーカーに無地の黒シャツ、ジーパン。女の子らしさは皆無だけれど、心は華奢で小柄で童顔なので背伸びしたようでもあり、子どもっぽくもあり、まぁ悪い気はしませんね……。
でもブラジャーはしてるらしい。時々見える。その辺よく分からないけど、まぁいいかな。
「うん、それじゃあ行こうか」
「ああ親友。頼りにしてるよ」
笑う心は無邪気で可愛らしい。でも彼女は彼女であり彼女ではない。
それは、いつも僕の心を苛む忘れられない事実だ。