4 脱走2
二人分の体重が、地面へ転がる。
受け身を取ることもできなかったために、体中のあちこちが痛みを訴えたが、構うことなく上半身を起こした。
「う、……」
見たところ擦り傷、打撲程度で済んだようだ。逃げるには支障はない。
一安心したところで、下に敷いてしまった人物を、起き上がって見る。
「……」
男だった。
しかも、大分鍛えてあるようで筋肉もしっかりついている。
念の為に身体のあちこちを見てみるが、大きな怪我もなさそうだ。
「よかったよかった」
そっと立ち上がり、その場から離れようとした矢先―――。
「居たぞ!」
「―――っ、しまった、追いつかれた」
憲兵の轟く声と迫る足音に、慌てて逃げる―――が唐突に腕を引かれ、勢いそのままにフェリスは体制を崩し、よろめいた。
背中への痛みを覚悟したのだが、フェリスの小柄な身体は倒れる前に何かに支えられたようだ。
「こっち」
背後を振り返ろうとするより早く、その人物はフェリスの腕を掴んだまま門とは別方向へと駆け出した。
抵抗を試みるが、男の力は強く、腕を振りほどく事すらできない。フェリスは引きずられるようにして、狭い路地へと身体を滑り込ませた。
路地を抜けると、そこには質素な馬小屋が建っていた。
三頭の馬が、現れた男とフェリスをじっと見つめてくる。
男は勝手にも、馬小屋と併設されてある小さな小屋へズカズカ上がり込むと、簡素な調理場の床板を外し、その中にフェリスを押し込んだ。
「なに、……!?」
薄暗い地下へ落とされたフェリスは、身を起こして男へ非難の声をあげようとする。
だが続いて彼もまたその中へと入り込み、内側から完全に封をしてしまった。
「……」
「……え、と……なに? なにをする気?」
男の不気味な強引さに、フェリスは身の危険を感じ後ずさる。しかしあまりの狭さに、すぐに壁と背がくっついてしまう。
もぞり、と動いたローブの下のエルに胸を撫で下ろした直後―――ドアを蹴破る音と、数人の足音が聞こえ、身を固くした。
「むごっ!」
声を発してもいないのに、男の大きな手がフェリスの口元を覆う。
暗くても分かるほどに顔を寄せられ、小さく囁かれた。
「静かに」
―――してるわっ!
胸中で苛立ちを吐き出すと同時に、入ってきた者が口々に叫び出す。
「もし! どなたかいらっしゃいませぬか!」
「くそ、ここにもいない……一体どこへ、」
「もうひとつの別邸へ急ぐぞ!」
忙しない数人の足音が遠ざかり、暫しの静寂が訪れた後―――ようやく、男は身じろいで蓋を持ち上げた。
暗闇に慣れてしまったせいで、室内の明かりといえど眩しく感じる。
目を細め、光を遮ったフェリスは、伸ばされた手に気付いた。
「もう大丈夫だよ。おいで」
「あのねえ、あんた―――……」
手から視線を上げたフェリスは、そこでようやく男の顔をしっかりと見た。
端正な顔つき、自信に満ちた眼差し、柔らかな茶色の髪、そしてなにより、蒼く澄み渡った瞳が綺麗だと―――思った。
短いので、また夜に更新しようと思います。