41 宣戦布告
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「……」
オリヴィエの高らかな宣言を、オルヴァドは眉間に皺を寄せて聞いていた。
隣にいるレジスが何かを言いたそうな視線を送っていることに、気づかぬ筈もない。
―――オリヴィエは、救世主に操られていたはずだ。
よもや、魅了されたまま帝国の騎士についた訳ではあるまい。話を聞く限り、救世主……いや、悪魔メフィストフェレスの狙いはフェリス=ブランシャールの魂だ。そして魂を喰らえば世界は終焉を迎えるとも。
ならば彼女を殺せば目的は達成される。一介の騎士が皇帝に剣を向けたとて、それは蛇足でしかない。
では自力で洗脳を解いたとでもいうのか。
強さを誇るザドーも、明敏な頭脳を持つシェルも、この場にいる数名の仲間も、彼女の仕掛けた不可思議な術から抜け出ていないというのに。
オルヴァドはじっと、オリヴィエの真っ直ぐな瞳を見つめる。
凛然とした瞳だ。思わず愛した妻が脳裏によぎるほどに、その瞳、顔つきは似てきている。
潔い覇気が萎んでしまったことに気付き、悪魔の力が干渉していると判明したときは、正直前線から退け、安全な場所で監視すべきだと思っていた。
戦で死んだ妻を想えば、同じ過ちは繰り返したくない。
そしてなにより、愛する我が子を利用されたくはない。
救世主から命じられた、リゲルの一件が終わればそうするつもりであった。
だが九死に抗う姿。決して心折れんとする誠正しき騎士道。
―――それでこそ我が娘だと、誇らしくなる。
澄み切った同色の瞳を持つオルヴァドは優しげに目を細めると、父親の表情から一転、冷厳な表情へと変えた。
「それは我が皇国に対し、謀反を働くということか」
「無論!」
オルヴァドの放つ戦意に、怯む様子は微塵もない。
―――オリヴィエは『栄誉ある剣』を垂直に構えると、誓いをするように告げた。
「間違いを正すことこそ、騎士の務め。私は先人の騎士達に倣い、今こそ皇国の輝きを取り戻す!」
「―――よくぞ言った、その忠勇見事である」
オルヴァドの重低音が、場に響き渡る。
腰から剣を引き抜き同様に掲げたオルヴァドへ、レオ皇帝陛下は目を見開いた。
「時は来た」
その言葉に反応を示したメフィストフェレスは、視線だけをオルヴァドへと投げる。
「レオ皇帝陛下、そして我が国を脅かす悪魔よ! これより十二勇将オルヴァド、隊長の座を退き、暴政強いる王への叛臣となりましょう! 真に国を想い、憂いているのは果たしてどちらか!」
―――これは元より覚悟してのことだ。
民の混乱は収まることも無く、国は失政に陥った。ならば先に見えるのは崩壊だ。
抗う末に騒乱が起きるのは、最早必須。
誰かが反旗翻すというならば―――国に忠誠誓った騎士でなく誰がするという。
「―――オルヴァド」
「父上……」
リゲルの唖然とした表情、そして驚きに目を丸くする娘の前で、勇姿は長年の想いを込め今こそ咆える。
「我らこそが正しき騎士であり、これこそが正しき忠道である! この意思に賛同する者あらば、名乗りをあげよ!」
言い終えた瞬間、一斉に剣を引き抜く音が鳴り渡った。
栄誉ある剣が天へ掲げられ、声高に名乗りがあげられる。
「―――副隊長レジス、貴殿への忠義のままに」
「騎士ガーランド、我が剣に曇り無し」
そして深手を負っていながらも、自らの剣を掲げてみせたエリックもまた、賛同の意を示す。
「……っ、騎士エリック、……この身は、誇りと共に……っ!」
他十二勇将は、ただ静観に徹する者、茫然とただ見つめる者、状況を愉しむように笑う者と分かれていた。
メフィストフェレスは己の手中に無い者の抗いに、無様な足掻きだと嘲笑を浮かべる。
「国とか騎士とか、もう関係ないっていうのが分からないの? この世界は滅びるのよ! 終わりなの!」
「フェリス殿はまだ生きている」
オルヴァドの厳格な声に、メフィストフェレスは眉間に皺を寄せた。同意する声がレジスからもあげられる。
「そうだねえ。話を聞く限りじゃあ、フェリスの魂を喰らえば終わりってことだろう? ならフェリスが死ななければ、魂も喰らうことができない」
「……」
その沈黙を肯定ととり、レジスはにやりと笑った。ならば猶予はある。その猶予を用いて、最期まで騎士道を貫くのも粋ではないか、とレジスは剣を構えた。
オルヴァドもまた剣先を悪魔へと向け、告げる。
「フェリス殿の抗いこそが、我らの希望。人間の足掻きを甘く見ないでもらおう!」
「……出来損ないの愚か者が、神に仇名すと言うのかッ!」
吹き上がる魔力の渦を前に、オルヴァドは剣を振り上げた。




