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33 エリック


 ―――草原広がる大地。そよ風吹く昼下がり。人気のない、穏やかな空気。

 そんな道を、黒馬に乗った三人と一匹が往く。


 港町バルトへ着くには、ロンスヴォーという地を通らなければならない。フェイは、使者の首を持った騎士達はそこで昨晩野営をしたのではないかと読んでいた。付近に町や村といった宿営施設がないからだ。

 今は太陽も頂点に差し掛かった頃合い。故に、追いつく可能性も捨てきれないのだが。


「いいか。俺はフェイの騎士で、フェイの唯一無二の男で、フェイの運命の相手なんだよ」

「救世主様、この男の精神はとち狂っているようです。距離をとられた方がいい」

「誰がとち狂ってるって? 帝国騎士とやらは話も通じないようだな」

「それを言うならば、皇国騎士というのは大層野蛮な奴らばかりなのだな。先の町での一件、そして貴様といい理解に苦しむ」

「お前よかましだ、食い逃げ野郎」


 後方でのやり取りは、町を出てから三日三晩―――それはもう休む間もなく続けられている。

 昨晩の野宿では、ついに剣を交え始めたのだ。体力も有り余っているのだろう彼らは置いておくにして、これではフェイの気の休まる時などない。


「ねえ、もう喧嘩やめてさ。いい加減仲良くやろうよ」

「無理だ」

「それは不可能です、救世主様」

「諦めろ、フェイ。精霊に相性があるように人間にも相性というものがあるであろう」


 隙のない否定と思いもがけないエルの反論に、フェイは口をへの字に結ぶ。

 二人はともかくとして、精霊すら匙を投げる仲の悪さとは相当である。これはもう致し方ない問題かもしれない、そう思って肩を落としたときだ。


「あれ……?」


 前方に一頭の馬―――そして馬上に跨る人影に気付き、声を上げた。その人物は、道の真ん中で通せんぼをするように止まっている。

 男はこちらへまっすぐな視線を向けていた。確認できるのは、腰に刺している剣と馬が黒いということだけだ。


 黒馬。

 それは、十二勇将の象徴ともいえる馬だ。慌ててリゲルの方へ顔を向ければ、険しい面持ちでフェイの前へと進み出る。


「―――誰だ」


 高らかに告げるリゲルは腰の剣に手を当て、いつでも鞘から抜けるように身構えている。

 そして、前方の男は問いに答えるより先に、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 次第に鮮明となってくる人影に、フェイも、またアレットも身構える。


 装飾の施された剣、皇国の騎士特有の甲冑、そして黒馬。

 男は間違いなく、十二勇将の人物だった。ただ敵意すら感じない、隙ばかりの姿勢にフェイは怪訝に男を見つめる。


「……エリック」


 そう呟いたのは、リゲルだった。

 なぜここに、という意図が込められたような口調に、思わずフェイの意識が向けられる。


 エリック、と呼ばれた男は姿勢を正したまま、神妙な面持ちで口を開いた。


「君を連れ戻しにきた。リゲル……僕と一緒に帰ろう」

「何言ってるんだ、エリック。俺はとっくに手配されてる人間だろ? ザドーとシェルがそう言っていたぞ」


 リゲルの言葉にエリックはわずかに顔を俯かせた後、フェイとアレットを交互に視界に入れた。


「……フェリス=ブランシャール、そして帝国騎士……か。君は一体なにが目的で彼らと共にいる」

「こいつはともかく、フェイは俺の主となった。騎士として忠実に従ってるまでだ」

「……なにを言ってるんだ?」


 首を捻ったエリックは、眉を寄せる。心の底から疑念を抱くような瞳で、リゲルを見ている。

 ―――なにか、噛み合わない。二人の会話を静聴していたフェイは成り行きを見守ろうとした気持ちを捨て、口を開いた。


「ええと……エリックさん? 貴方は他の十二勇将みたいに剣を抜かないの?」

「救世主様」


 嗜めようとしたアレットに手を振って、相手の出方を待つ。エリックは端正な顔を曇らせ、黙して首を振った。


「僕にそのつもりはない。ただリゲルを説得しに来ただけだ。……それに、リゲルに挑むほど無謀なことはしない」

「説得……って」

「悪いけど応じるつもりはないよ。十二勇将も皇帝への忠誠も国もどうだっていい、フェイと共にいれればそれでいい」


 あっけらかんと言い放ったリゲルの言葉に、エリックは悲痛に顔を歪ませ、アレットは驚きに目を見張っている。

 およそ、同じ騎士という称号を持つ彼にとって、国よりもひとりの女を選んだリゲルに驚異を抱いているのだろう。アレットの気持ちになんとなく予想ついたフェイは、されどひどく悲しそうに顔を歪めるエリックの気持ちだけは察することができなかった。


「……変わった。君は本当に変わってしまった。僕とオリヴィエ、そして君とで立てた騎士の誓いを忘れたっていうのか」

「憶えてるよ。でも『そんなこと』よりフェイの方が大事なんだ」

「っ……リゲル。あの時、城でなにがあったんだ? なにをされた。僕を庇って、まさか君はあの―――」

「エリック」


 鋭い口調が、エリックの言葉を止める。


「無意味な説得は時間の無駄だぞ? それに仮に今戻ったところで、俺に居場所はない」

「『計画』はどうするッ! お前もオリヴィエも抜け、戦力は激減だ!」


 突如として声を荒げたエリックに、フェイは肩をびくつかせた。

 ―――計画? 戦力は十二勇将のことを指しているのだろうが、話が全く見えない。


 心変わりしたリゲルを連れ戻す話なのだが、別の論点に移っている気がする。それをリゲルがはぐらかしているような。


「そのオリヴィエだけど―――向こうから会いにきたみたいだ。どうせだから一緒に説得してみれば?」

「なに?」


 含み笑いと共に言い放ったリゲルに、真っ先に反応したのはアレットだった。


「ッ!」


 蹄が地を蹴る音が聞こえ、フェイが背後を振り向くと同時にアレットが身を乗り出し、フェイの乗る馬の手綱を引く。

 突然動いた馬に揺られるまま道から逸れたフェイの目に、こちらへ猛突進する黒馬が飛び込んだ。


「リゲル―――ッ!」


 怒声と共に、引き抜いた剣が光を反射している。

 ―――馬上の人物は、紛れもなくあの日宿で襲撃してきた女騎士オリヴィエであった。


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