幕間 そして国の行く末は
―――十二勇将の面々は一堂に会していた。
十二ある席はすべて埋まらず、ところどころ空席が目立つ。現在いるのは、彼らを束ねるオルヴァド。そして彼の副官でもあるレジス。他5名のみだ。
半数が欠けた現状に、レジスは苦笑を零した。
「……オルヴァド。君の娘はどうにもお転婆だねぇ」
「……」
返す言葉もなく、オルヴァドは無言で眉を寄せた。
オルヴァドの娘であり、十二勇将のひとりオリヴィエは行方を眩ませている。発覚してからすぐさま隠蔽したものの、時間を置かず事実は公になるだろう。
行き場は分かっている。リゲルを追いかけたのだ。―――ならば目指すは港町バルトであろう。
「ザドーさんと、シェルさん、エリックさんにオリヴィエさん……そしてリゲルさんと。こんなに不在なのはどうにも寂しいですねー」
間の抜けた声を発したのは、最年少のアルスだ。
人の良さげな微笑を浮かべ、まっすぐにレジスを見る。まるで何かを見透かしているような視線に、レジスは苦虫を噛み潰した顔でそっぽを向いた。
「しっかしザドーとシェルの二人だなんて相性悪すぎんじゃねぇか。あいつらまともに会話成立したことねぇだろ。なあ、そう思うだろ? ガーランドよぉ」
「……騎士であるならば、その口調をなんとかしろ。ガヌロン」
ガーランド、と呼ばれた男は腕を組み固く瞳を閉じたまま、無愛想に言い放つ。反応の冷たさを分かり切っていたのか、にやにやと口角を上げながら「はいはい」とガヌロンは手の平を振った。
「……なんで……呼ばれたのって、ノアが言ってる」
「……」
淡々とした口調で、ミラルドは隣にいた無表情の女性―――ノアの気持ちを代弁した。
まとまりない彼らと、更にはミラルドの問いにオルヴァドは遂に深い溜息を吐く。
「救世主様が我らをお呼びなのだ」
「っと、噂をしてれば……来たみたいですね」
アルスの言葉に、一同は顔を上げて扉の方へと視線を向ける。
そこには優美で、妖艶、不思議な美しさと愛らしさの対極を持ち合わせる少女―――救世主と呼ばれる人物が佇んでいた。
「お揃いのようね」
小首を傾げる仕草は、『作り物』だとすぐに見破れるものだ。だというのに妙に心をざわつかせる。なるほどこれが『魅了』かと、オルヴァドは目を細めた。
救世主は口元を綻ばせ、空席を順に目で追っていく。やがてそれらを見渡した視線がオルヴァドへ辿り着くと、彼女は意気揚々と命を下した。
「―――いますぐに、『刻印の者』であるフェリス=ブランシャールを追うわ。貴方達もついてきなさい。……面白いものをみせてあげる」
その場に動揺が走る。―――いや、走ったのは『魅了』されていない者だけだ。オルヴァドは比較的冷静に、されど厳格な口調で救世主へ意見した。
「恐れながら救世主殿。現在ザドーとシェル、そしてエリックを向かわせております。我らまで城を離れれば皇帝を護る者が不在となる故……どうか、冷静なるご判断を」
「あらぁ、大丈夫よ。皇帝はついさっき死んだわ。気が狂いすぎたのねー」
あっけらかんと言う彼女へ、オルヴァドだけでなく静観していた者達は一様に絶句する。彼らを置き去りにして、救世主はまるで道化を演じるように白く細い手を掲げた。
―――その先には、翳りをもったレオ皇子が佇んでいる。
「これより、レオ皇子が皇帝に就くわ。そう……私の加護を以て戴冠するのよ。そして今回の遠征にレオ皇帝陛下も同行されるのだから、貴方達は剣を持ち盾を持って護衛にあたるの。いい?」
有無を言わさぬ救世主から、レオ皇子―――いや、レオ皇帝陛下を目に映す。
以前の輝きなど失われてしまった影のある表情に、オルヴァドは悲観しそうになる表情を必死に保った。
―――ああ、なんということだ。
人目が無ければ、部下がいなければ、この場にレジスのみであるならば、オルヴァドは身体を崩し頭を抱えていただろう。
皇帝が急逝され、まだ年若いレオ皇子が国の要となるのだ。
数年前のレオ皇子であれば、今後の成長を祈る意味でも拍手を送れたかもしれない。だがしかし、今のレオ皇子にはあの頃の王族たる品格はない。理想を抱き、民を想い、真っ白で広々とした御心を持つレオ皇子は、救世主が現れた瞬間に消え失せてしまったのだ。
今目の前にいるのは、ただ救世主のためだけに動く操り人形に他ならないだろう。
―――この国はもう。
「……ならば、急がねばなりますまい」
なんとか絞り出した声が、静かな空気を震わせる。十二勇将、そして救世主と皇子はその言葉に『承諾』の意を汲み取って、各々部屋を後にしていった。
しかし、残されたレジスだけは、その意を『正確に』受け取る。
「……いいんだな」
声を潜めて念を押すレジスに、「ああ」と頷くと、オルヴァドは拳を強く握り締めた。




