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32 知られざる町の救世主


「―――……っ、ィ……フェ……!」


 誰かが呼んでいる。浮かび上がった意識がその声を捉えるけれど、瞼が重くて開けられない。

 強力な術を発動したばかりなのだ。身体も気力も疲れ切っているのだから、もう少し寝かせてほしい―――フェイは睡魔に抗いきれず、再び意識を沈めていく。


 駄目だ、起きろと声の主は叫ぶ。


 酷なことを一方的に言うものだ、と諦めたフェイは言われた通りゆるりと瞼を開いた。真っ白な光が目を眩ませ、開きかけていた瞳を反射的に細める。


「フェイっ……!」

「救世主様」

「フェイ、早く起きろ」


 三種三様の声に導かれるように意識を戻せば、あれほど眩しかった光も徐々に薄れていく。

 そこには倒れたフェイの顔を覗き込む、泣きそうな……いやすでに目を潤ませているリゲルと、神妙な顔をしたアレット、そして相変わらず不遜顔したエルがいた。


「……ん、終わった?」


 寝呆けたままふわり、と笑いかければ、勢いよく頷いてみせたリゲルに笑みを深くする。ようやく安堵の笑みを浮かべたアレットもリゲルも服はズタボロであちこちに怪我をしている姿に、相当激しい戦いが繰り広げられたのだろうと察することができた。


 不意に、起き上がろうとしたフェイの身体が引っ張り上げられる。


「よかった……フェイが起きなかったら俺どうしようって」


 リゲルの声が間近に聞こえ、抱き締められているのだと遅れて気づいた。ふわふわとした意識が突如として鮮明になり、加えて彼の体温を感じとる。真っ赤に染まる顔に、羞恥に震える身体。そんなことなどおかまいなしに、リゲルは更に腕を強め―――。


「……好きだよ」


 耳元で囁かれた言葉を最後に、朝焼けを浴びる鐘楼に絶叫と平手の音が響き渡った。


***


 ―――それからフェイ達は町へ下り、シェルとザドーが乗ってきた馬を確保するために町の正門へと向かった。

 どうにかアレットの同行をリゲルに承諾してもらったのだが、目の前で繰り広げられる光景に幸先が不安になってくる。

 先程から絶えずして、リゲルとアレットはいがみ合い一触即発の空気感を醸し出しているのだ。

 その上聞けば、どうやら彼らの傷は十二勇将と対峙したものでなく、彼らに勝利した後に一悶着した末の結果らしい。

 折り合いつかず、互いを妨害しつつ鐘楼へ辿り着いたというのだから、犬猿の仲、犬も食わぬなんとやらだとフェイは溜息を吐いた。

 

 そんな時だ。


「フェイさん!」


 背後から大声で名前を呼ばれ、振り返る。そこには駆け寄ってくるカトリーヌがいた。

 随分と探し回ったのか、息を切らしながらフェイの前へと辿り着く。


「カトリーヌ……」

「もう行ってしまわれるんですね」


 名残惜しそうに呟くカトリーヌへ、「うん」と少し寂しそうに頷いた。


「……父の無念が晴らせて……わたくし、どうお礼をすればいいのか……」

「お礼なんていいよ」

「でも、」


 言い縋るカトリーヌに、フェイは肩に乗るエルへ視線を送る。

 そしてしばらく思巡した後、「じゃあ、」と切り出した。


「貴女に頼んでいいかな。あの香油に関して出来る限り不評を流して、町長にお父さんの研究資料を渡してほしいの。そうすればきっと、この町で出回ることもなくなると思うから」

「それは……」


 皮肉なことに『刻印の者』が遺した研究資料だ。訝しがられるだろうが、それでも『悪事』と通じれば即刻香油の流通は中断されるに違いない。

 だがカトリーヌは父の手記を胸に抱いたまま顔を俯かせ、黙り込んでしまった。きっと無残な最期を迎えた父を想っているのだろう。


「……やっぱり、お父さんを殺してしまった町の人達を許せない?」


 おずおずと問いかければ、カトリーヌは小さく首を振った。


「どのような最期であれ……父は町を愛してました。わたくしは、その意思を継ぐだけですわ」


 そう言って顔を上げたカトリーヌは、涙を浮かべながらもどこか晴れ晴れとした笑顔をみせる。

 つられてフェイも笑顔を浮かべたところで、黒馬を引き連れた二人がまだいがみ合いながら戻ってくるのが見えた。


「私、行くね。カトリーヌに会えて良かった」

「ええ……わたくしも会えて良かったですわ。きっとまた、どこかで……っ!」


 手を振り、カトリーヌと別れる。


 リゲル達の下へ駆け寄り、アレットの手から一頭の馬の手綱を受け取った。それを見ていたリゲルが、納得いかない顔で呟く。


「俺と一緒の馬に乗ればいいのに」

「絶対いや」


 大人しい馬の顔を撫でて、馬上へと跨る。続いてアレットも調達した黒馬へ跨り、手綱を握り締めた。


「では行きましょう、救世主様」

「ちょっと待てよ。なんでお前が仕切るんだ」

「喚くな、愚弄」

「なんだと、腑抜け」

「……」

「……」


 馬上から火花も飛び散る睨み合いが展開される。思わずエルと顔を見合わせて、やれやれと肩をすくめて笑った。

 使者の首を奪還し、帝国へ向かうまでこんな調子が続くのかと思うと辟易してしまうが―――止めるのも無理な話だろう。


 フェイは手綱を引くと、意のままに身体を動かしてくれる馬から彼らへ声をかける。


「行こう」


 手綱を打ち鳴らせば、力強い鳴き声を空向けて放ち、勢いよく走りだした。

 目指すは港町バルト。


 ―――そして知られざる町の救世主を、カトリーヌはいつまでも見送っていた。


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