29 紅蓮の炎と黒き炎
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―――打ち合う剣から火花が飛び散る。
対するザドーの猛攻に、リゲルは圧されつつあった。
ザドーの後ろではシェルとアレットが剣を交えることなく、精霊術と魔術でぶつかり合っている。
だが、だからと言って乱戦の状況が変わった訳ではない。
今だって気を抜けば、いつどこから精霊術が、魔術が、剣が飛んでくるか分かったものではないのだ。
そんな状況下に置いて、最も愉しんでいるのがリゲルと対峙するザドーであった。
「おいおいおい、どうしたんだよお、手でも抜きすぎちゃってんのかぁ!? なあ、リゲル!」
「―――く、」
突き刺そうと繰り出された一撃を、リゲルは刀身を弾くことによって防ぐ。
しかし背後に回った炎が背中を穿ち、衣服もろとも皮膚を焼いた。
熱く痛むそれを唇を噛んで堪え、離れようと地を蹴ったリゲルに、ザドーはしつこく付きまとう。
「っ―――」
「なんでだよお! 本気出してくれよ! じゃないと俺の炎が最強だってわかんねぇだろおおぉ」
嗤いながら、されど悲観に暮れながら、狂ったようにザドーは剣戟を見舞う。
それらを避け、時に剣を打ち合うリゲルは、ザドーの言う通り力を出してはいなかった。
理由はたったひとつ。
『私は『関係ない人』を巻き込むなと言ってるのよ……っ!』。
以前そう告げた主の命に、騎士たるリゲルは忠実に従っているのだ。
彼らが闘う場所は町の中心部。
木造建築の多いこのような場所では、リゲルが本気を出せば周辺の家々はあっという間に燃えてしまう。
それはフェイの最も忌み嫌う行為だ。言うなれば、そうすることによって口うるさく喚くザドーを黙らせることができても、フェイに嫌われてしまっては元も子もないと―――リゲルはただその考えだけで、力を自ら封じていた。
そして手を抜いていると見抜くザドーもまた、リゲルに合わせ力を制限している。
故に、いつまでも決着などつきようもない。
「いつもやってるみたいにさあ! ゴワーってブワーってやってくれよ! 俺それを負かしてやるからさあ!」
「ああ、もううるさいな! お前のそういうとこ、ほんっと嫌いだよ!」
苛立ち露わにリゲルはザドーの剣を跳ね返し、一閃奮う。
瞬間、血が飛び散りザドーの腕に赤が流れた。それを視界に収めたザドーは、にんまりと嗤う。
「そうそう、その調子だぜリゲル!」
―――いつからだったろうか。ザドーがしつこくリゲルに闘いを挑むようになったのは。
炎を剣に纏い、周囲を巻き込み、破壊行為を躊躇なく行う。
十二勇将の中で『似た戦闘スタイル』のリゲルに、ザドーはよく目の敵としていたのを憶えている。
それはやがて、ザドーの最強思想に火をつけてしまった。紅蓮の炎と黒い炎、どちらがより強く、より最強か。
事あるごとに闘いを挑まれては、ザドーを打ち負かしてきた。
しかしそれによって生じる被害に十二勇将の隊長は頭を悩ませた結果、『仲間内での戦闘行為禁止』という掟を設けたのだ。
それからは比較的穏やかに過ごしてきた。
今回の件でザドーと剣を交えるのは本当に久方ぶりだと、リゲルもまた、感慨深く思わないでもない。
だが、もうリゲルは『十二勇将』ではないのだ。お遊び程度で付き合っていた彼との決闘も、目的を違えた以上付き合ってやる義理は無い。
自分にはいま守るべき主がいて、惚れた女がいる。
彼女は今頃、自分の名を呼んで苦しんでいるかもしれない。
早く助けにいきたいのだ。
颯爽と彼女の危機に登場し、窮地を救いたいのだ。
フェイには自分だけだと、リゲルだけなのだと、いっそ依存すらしてほしいのだ。
―――そうすれば、フェイは自分のものとなる。
リゲルがいなくては生きていけないようになる。その身を溺れさせ、綿のような鎖で四肢を絡めて、どこにも行けないように。誰にも見せないようにすることができる。
そうだ、唯一願うは彼女の心だけ。
故に。
「こんなとこで……油を売ってる訳にはいかないんだよッ!」
この機を邪魔するなと、リゲルはザドーに咆えた。
―――握る剣に炎が集まる。空気を取り込み、紅蓮の光が激しく揺らめく。
その輝かしい光を目に焼き付けたザドーは、口角を上げたまらなく興奮した。
「ああ、もっとだもっとだよリゲルーッ! その炎で俺を包め! 焼き焦がせ! 俺はそれを越えて……最強になるッ!」
瞬間、彼の刀身に巻きついていた黒炎が制御を失ったように暴れ狂う。
宙へ上る黒炎は凄まじい熱量を以てして、リゲルの炎を上回っていく。それはやがて形を成し、蛇のように、龍のように、細長い胴体をザドーの身体に巻きつけ、牙を向けた。
「俺の炎を受け取ってくれええぇぇリゲルううぅッ!」
「っ―――!」
奔る炎に、リゲルは己の炎を以てして食い止めようとする―――がしかし、紅蓮の炎は黒き炎に喰い破られ、取り込まれてしまう。
驚愕に目を見開くも束の間、リゲルの身体は黒き龍に飲み込まれた。




