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1 はじまりは、2年後に。

R15あります。

 ―――2年後。


 二つの国による戦は続き、両軍共に甚大なる被害が出ていた。

 時同じくして、戦乱の真っ只中で高密度の精霊術が確認される。

 

 これにより、軍配が上がっていた筈の魔力を有するアダン帝国は、救世主の力と畏れ、休戦の申し出がイヴァール皇国へと伝えられる。

 刻印の者による事件が相次いでいたイヴァール皇国は、これを受理。

 正式に休戦の条約が結ばれるも、両国の一触即発の空気は変わらないまま、時は過ぎた。


 一方、休戦するきっかけであった高密度の精霊術は、救世主の御力と噂が広まり、人々の支持はより高まった。

 救世主は、演説の場でこう告げる。


『今は他国との戦争ではなく、神の裁定を重んじる時。このままでは刻印の者によって、内部から瓦解してしまう』―――と。


 それにより民の協力の下、次々と発見される刻印の者への弾圧、処罰が決行された。

 しかしながら、危険度が最も高いと言われている『フェリス=ブランシャール』は、未だ処罰されていない。



 人々の雑音で賑わう城下町を抜けると、大きな広場、そして荘厳たる城が見えてくる。

 少年は、顔が隠れてしまうほどに深く被っていたローブを僅かに持ち上げると、城を見上げて溜息まじりに告げた。


「……人の悪意は魔力となり、善意は精霊の源となる。悪意に立ち向かう悪魔とは、滑稽だね」

「どうやらやっと信じる気になったか。貴様を説くのに2年を要するとは思ってなかったぞ……まったく頑固な人間めが」


 ローブの下から、もぞもぞと動く物体が、少年の独り言に応える。


「エル、大人しくしていて」

「精霊という力の集合体である我を、このような狭い場所へ閉じ込めるとは―――貴様は、いつだって」

「静かにしてってば」


 肩口あたりを軽く叩けば、声の主は黙した。


 少年は再度城を見上げ、顎に手を当て思案する。

 城への入り口は、常にひとつしか開放されていない。広場から続く跳ね橋のみだ。

 高い崖の上に建ち、周りは厳重な警備を配している塀、そして見晴らしの良い草原に囲まれている。


 軍事的拠点としても最高の城壁と言われている城を前に、少年は口角を上げた。


「正面から行くのか?」

「まさか」


 短いやり取りを交わした後、少年は懐から奇宝石を取り出す。

 風を操り、広場に転がっていた小石をふたつ、みっつと浮かした少年は、それを門兵へとぶつけた。


「っ、誰だ!?」


 突如として叫ばれる門兵の怒声に、広場にいた民衆はきょとんとした顔を向ける。

 その中に潜む、居る筈のない石を投げた犯人を捜そうと、門兵は槍を握って再び叫んだ。


「名乗りでよっ! これは侮辱に値する!」


 何が起きたのか分からず、混乱する民衆。

 犯人を逃しはしまいと躍起になる門兵。駆けつける憲兵達。


 場が騒然となったのを機に、少年は人ごみに紛れ駆け出した。

 握り締めたままの奇宝石へ念じ、広場を囲む塀から飛び降りる―――だが落ちるのではない。風の流れに乗った身体は、城の一角にある外殻塔へと辿り着く。

 外壁にしがみついた少年は、風の向きが変わったことを察知すると、再び念じて塀をこえた居館へと侵入した。


 瞬間、使用限度を超えた奇宝石は、粉々に砕け散ってしまう。

 手の平で塵と化した石を見て、少年は名残惜しそうに払い落とした。



 ―――王城、救世主≪メシア≫の間に嬌声が響く。


「ああ、美しい……美しい、愛している、メシア様……我らが主、メシア様……」

「ふふ、もっとよ。あぁ……もっと私を賛美して」


 ベッドに横たわりながら睦言を繰り返す皇子の上で、メシアは悦びの表情を浮かべていた。

 身体の悦び、心の悦び―――メシアは、人がもたらす感情に酔いしれる。


 人の悪意は、最上の喜び。それはメフィストフェレスの力となる。

 人の善意は、無上の悲しみ。それは『あの方』の捨てた不用の力である。


 その善意の力を持つ人間を貶めることに、メシアは心から昂っていた。


「メシア様……なによりも、誰よりも輝く……光の御子……」


 ―――皇子がうわ言のように呟いた、その時だった。



「悪趣味」


 軽蔑を滲ませた一言が、皇子の言葉もメシアの歓喜に打ち震える声も制止させる。

 咄嗟に声の聞こえた方へ振り向けば、そこには窓枠に寄り掛かる、ローブを被った少年がいた。


「貴様、誰だ!」


 皇子は起き上がり、メシアを背後へ回す。

 向き直った少年のローブがもぞもぞと動くと、嗤い混じりに声が聞こえてきた。


「この国の皇子は、どうやら骨抜きにされてしまったようだ。悪魔の『魅了』に負けるとは情けない」

「仕方ないよ、エル。精霊の守りも加護もない人なら、強い心を持たない限り抗う術はない」


 どこからともなく聞こえる声に、皇子は信じられないものを見るかのように、目を丸くする。

 そして彼にとって、更に驚愕の事態が起こる。


「あ、こら」


 少年のローブの合わせ目から飛び出した『白い何か』は、勢い余って空中で何度か回転すると、「ぷは」と息を吐き出した。


 その姿。その形状。

 広大な世界に生息する生き物のどれにも当てはまらない姿に、皇子は悲鳴を上げた。

 背に生える羽、頭部についた三角の耳、柔らかな毛並みの動物は、愛らしい瞳を皇子に向けると「うるさい」と叱咤する。


「なな、なんだそれは……っ! 誰か、誰か―――ッ!」


 救援を求める皇子に対し、少年は懐から新たな奇宝石を取り出すと、近場にあった豪華な装飾の棚を浮かして皇子へとぶつける。

 鈍い音と共に声が途切れ、皇子はベッドから転がり落ちた。


「ごめん、ちょっと眠っててね」


 少年はベッドへ座ったままのメシアへ近づくと、冷酷な瞳をもって睨みつける。

 見上げるメシアは、目を細めた。


「久しぶりね。全然見つからなかったから、狼にでも食べられちゃったのかと思ってた。『それ』は現象化した精霊? 貴女って多才ねえ」


 くっくと嗤うメシアは、言葉を続ける。


「でも貴女、刻印を見る限りあまり『悪意』を貯め込んでないじゃない。これじゃあまだ足りないわ」

「っ、あんたの思い通りになんかなるものか! 刻印の仕組みも、世界の理も、全部エルに教えてもらった……!」

「……あら」


 世界の仕組み―――それは、神ルシファーが創ったこの世界は、別次元の世界を模して創られたというものだ。

 本来のルシファーは楽園から追放された存在であり、神たる力を有する悪魔だという。


 ルシファーは永い時を経て、この世界を創造した。

 人間をふたつに分け、片一方にはルシファーが天使であった時の力、人の善意を源とする精霊の力を与え、片一方にはルシファーの悪魔としての力、人の悪意を源とする、魔力を与えた。


 人の善。人の悪。

 果たしてどちらが勝るのか。

 どちらが生き残るのか―――それを知るために。


 その時は、近くして訪れる。

 故に。


「私は、この世界の神を殺す……っ! メフィストフェレス、悪魔であるあんたもよ!」


 高らかに、フェリスは宣言した。


今日の夜、もう一回更新できるようがんばります。

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